異世界居合のおっさん、全部斬る!

雲江斬太

第1話 このおっさん、只者ではない!


 ボイジャン砂漠を渡る熱風を受けてたたずむ聖騎士パラディンサレジナは、砂にまみれてもやはり美しかった。


 風に靡く金色の髪。地平のかなたに鋭く注がれる血の色の瞳は、沈みゆく夕陽よりもさらに赤い。


 軽装鎧の上に羽織ったマントをはためかせて微動だにしない立ち姿は、まさにいにしえの戦女神である。

 ラコナンナは同じ女性として、そんな聖騎士にやはり憧れてしまう。


「腹が減ったな」

 美しき聖騎士がぼそりと口を開いた。

「やはり晩飯は、鶏肉のチリトマト煮にしよう」


「そんなこと考えてたんですか」

 ラコナンナは苦笑して、隣に立つ聖騎士の美貌を見上げる。

 ちょっと変なところも可愛い。


「いや。もちろん仕事のことを考えていた」


 サレジナの言う仕事とは、今回の依頼のことである。

 といっても正確には、依頼はまだ始まっていない。


 今回彼女たちの戦隊スコードロンが受けた依頼の主とここで合流するのが、いま現在の仕事といえる。


「少し遅れてますね」

 ラコナンナは背後の城門を振り返り、影の長さを測る。いつもなら最終の駅馬車がすでに着いている時刻だった。


「最近また砂漠に、『死者の葬列』が出たという噂だからな。大事をとって迂回したのかもしれない」


「でも、日があるうちに着かないとかえって危険ですよ」


 ボイジャンの砂漠には、死者の葬列なる魔族の行進が見られ、また砂に潜む魔獣も多い。彼らはだいたいが夜行性。夜動くのだ。


「場合によっては、救援に向かうか?」

 サレジナが背中に装備した大剣ブラスターソードをぽんと叩く。


「いや、それはいくらなんでも」

 ラコナンナは、ちょっとまってくれと苦笑する。


 依頼主とは、ガルガンナック城塞、東の城門外で落ち合う手筈になっていた。

 初顔合わせのためサレジナは軽装鎧とブラスターソードで通常武装し、その装備を依頼主に見分してもらうつもりでいるのだと、ラコナンナはてっきり思い込んでいた。


 が、どうやら違ったらしい。


 彼女は、場合によってはこのまま出撃して、魔獣に襲われているかもしれない駅馬車を救出するつもりでいたのだ。


 それに対してラコナンナは、お金持ちの依頼主に会うということで、しっかりおしゃれをしてきてしまった。


 持っている中で一番高い、花畑刺繍のラクダ毛カフタンに、麻のサルエルパンツで来てしまったのだ。靴も新しい方の編み上げブーツだし、靴下もお気に入りのモスグリーンだ。

 ま、編み上げブーツを履いているから、靴下は見えないんだけど……。


「まいったなぁ」

 ラコナンナが口の中でつぶやいていると、

「あ、来た」


 彼女の目に、街道を軽快に走る駅馬車の影がかすかに映った。

 道ともいえない、ちょっと色が変わったラインを、四頭立て六人乗りの大型の馬車が走ってくる。乗っている人数が多いのだろう。馬蹄と車輪が蹴立てる砂煙がいつもより多い。


「いよいよ、現ナマ到着だな」

 聖騎士にあるまじき物欲を噴射して、サレジナが笑う。


「そういう話は御本人のまえでは遠慮してくださいよ」

 ラコナンナはサレジナに釘を刺しておいた。


 


 駅馬車はすこし先の駅のホーム──というか、ちょうどいい塩梅の横長の岩に車体をつけて停車する。


 そもそもが、魔物との最前線であるガルガンナック城塞に来る観光客などいない。いるのは、行商人と傭兵勇者冒険者の類だ。そして、行商人はこのさきの北門で降りる。


 すなわち、この東門駅で降りるのは、彼女たちの依頼人か、酔狂にも最終馬車でやってきた傭兵勇者冒険者の類ということになる。


「今回の依頼人って、刀鍛冶なんですよね」

 ラコナンナは馬車の扉が開くのを待ちきれずに尋ねる。


「そうだ。王都では有名な人らしいぞ」

「え、そうなんですか?」

「みたいだぞ。『冒険者亭』の大将も名前を知っていた。だから、きっと金払いもいい」

「その話、当人の前では……」

「あ、あれじゃないのか?」


 サレジナが銀の篭手に包まれた腕をあげて指差す。

 なるほど。いま一人の男が馬車から降りて、馭者から旅行鞄を受け取っている。すらりと背の高い男だ。茶髪の天パー。


 その姿を見てラコナンナは思わず、「なんすか、あれ」と本音を漏らしてしまった。


「その言葉、当人の前では口にするなよ」

 サレジナがもの凄く嬉しそうなドヤ顔でラコナンナを見下ろしてくる。

 だが、その乗客は本当に、ナンスカアレな格好をしていたのだ。


 まず、砂漠というのに帽子を被っていない。茶髪の巻き毛を夕陽にさらし、にこやかに歩いてくる。たぶん、あのまま砂漠に出れば、日が昇り切る前に、日射病で倒れ干からびてしまうことだろう。


 しかも、上着は、赤い燕尾服。宮廷のパーティーに出るような正装だ。砂漠のドレスコードではない。


 下は土木人夫の履くようなニッカポッカ。足には革のトレッキング・シューズ。トレッキング・シューズは……間違いではないが、ぴかぴかの新品。眩しいくらいに夕陽を跳ね返している。


 そして、なぜか腰に二本の刀を差していた。


 細身の刀剣。ゆるく歪曲しているので片刃の偃月刀だろう。

 ひとつが長く、もうひとつが短い。二刀の形状はそっくりで、まるで刀の親子のようで、そこは可愛い。


「なんで刀を二本も差してるんですかね」

 ラコナンナが素直な疑問を口にすると、サレジナが静かに応える。


「刀鍛冶だからじゃないのか?」

 一瞬納得してしまいそうになったが、刀鍛冶は刀を作るのが仕事で、普段腰に差して持ち歩く職業ではないはず。


「砂漠で燕尾服を着てますけど。しかも、真っ赤」

 ラコナンナはとんだ素人が砂漠に来たもんだと嘲笑ったが。


「いや」

 サレジナは鋭い視線をその男に注ぎ、静かに口を開いた。

「燕尾服は直射日光を遮り、汗の蒸発もいい。砂漠では極めて快適だ。また、赤い色は夜行性の猛獣にとってもっとも見えにくい色。あの男、わかってやっているとしたら、只者ではない」


「え?」

 ラコナンナは驚いて男の姿をまじまじと見る。


 こちらに向かって歩いてくる刀鍛冶は、サレジナたちの姿に気付いたようで、顔に楽しそうな笑顔を浮かべて、「おーい」と手を振っている。


 若い男ではない。おっさんだ。刀鍛冶というとおじいさんのイメージがあるが、それに比べたら若いけど。

 が、目尻にちょっとシワのある、タレ目のおっさんだった。


「おーい」

 無視されているのに、性懲りもなくおっさんが手を振っている。


 しかたなくサレジナとラコナンナは、おっさんに手を振り返した。


「……おーい」と返すラコナンナの声は、ため息のように小さかった。


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