第15話 音楽室のラプンツェル-3

 工藤くんはピアノを弾くのをやめ、

 ラフマニノフの変奏曲に耳をかたむけていた全員が意外な事態にあきれ、

 私は……

 ――なんで? 

 小菜田こなたせりの行動をうたがった。正気がしれないとさえ思った。


 ――工藤くんの突発のリサイタルを中断させるとか⁉︎ なんのつもり?


 難しいピアノ曲にだんだん耳が慣れてきてたから、中断はすごく残念だったし……憮然とした表情のみんなの気持ちを代弁していたと思う。口に出さなかっただけで。


「小菜田さん」と工藤くんが言った。

 朝三人で登校するときの呼び方と違って聞こえた。もう少し親しげな。家どうしが近い、中学以前から知っている女の子に話しかける調子だったかもしれない。

 小田菜の方はふだんと変わらないぼぅっとした表情、工藤くんの演奏を中断しておいて謝りもしない。悪びれたふうもない。少し…いや、けっこう憎たらしかった小菜田せりが。


「……いや、ここでいいんだ。ちょうど、後半はから」


 まるでお菓子ケーキでも作っていたような口ぶりだが、ピアノ変奏曲の仕上がり具合とわかった。

 

 ――なんで? ここまで完璧だったよ。


 むずかしい、聴いたことのないラフマニノフの曲なのに、ミスタッチは無かったと思う。私は残念だし、不満だった。あとになって工藤くんは小菜田をかばうためそう言ったのかも知れない、と思ったけど。そのときはただもやっとした。他の部員も同じだったと思う。工藤くんは未完成と言ったけれど、器楽クラブに入部している音楽好き、クラシックに興味のある女子も山本くんも同じ気持ちだったろう。


「あ、あの……」小菜田が言いかけた。みんな、私もだ、小菜田に注目する。長い長い髪を後ろでひとつの三つ編みにした同級生。教室でみんなの前で発言なんてしなさそうなのに、発言したことあったっけ?

 で、結局何も言わなかった。ただ小菜田の目はピアノの前に座った工藤くんに注がれていた。


」と工藤くんは椅子を半回転させ小菜田を向いていた。

「ヴォカリーズがいいだろう? そちらを弾く」

「うん」と小菜田はうなづいた。 

 ふたりの会話は宇宙の会話だ、少しも理解できない。

 だがいらっとしたのは工藤くんが「せり」と呼んだから。

 私は失念していた、ふたりの家がとても近いことに。小菜田の親はあの薄べったいアパートに後から越してきたかもしれないけど、大きな、庭と駐車場スペースのある「工藤」と表札を掲げているちょっと古めかしい家はずっと前から建っていたにちがいない。

 私の知らない工藤くんのこと、工藤くんのさらっていたピアノ曲を前から聴いてるんだと勘づいて、彼のこと好きでもなんでもないのに嫉妬するように……。


 ヴォカリーズという曲を小菜田は知っている、聴きたいだろうと工藤くんは言った。私の知らない曲、私の知らないことを小菜田せりは知っている。

 演奏を中断させたことへのむかむかが増した。

 いじめられるのは、彼女の方にもやっぱり問題があるんじゃ……? どこか悪いところが。ぼやっとしてるから、みんなの邪魔をしても平気で、楽しかった私の気分までグレーっぽくして……


 許せない、このとき確かに思った。
















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