第4話「般若・真実の目」

 第10番札所 切幡寺きりはたじ

 観音菩薩になった機織り娘の伝説。

 次の札所まで徒歩10.0km。


 第11番札所 藤井寺ふじいでら

 四国八十八ヶ所で最古の本尊。

 次の札所まで徒歩13.0km。


 第12番札所 焼山寺しょうざんじ

 標高938mの山の中、徳島最大の難所。

 次の札所まで徒歩21.0km。


 藤井寺から焼山寺は『遍路ころがし』と言われる山道で人が一人通れる程度の道も多く徳島最大の難所である。

 タケゾウは、順調にお遍路を進めていたが、山道を完全になめていた。水も食料もろくにもたずコンビニで買えばいいと思っていた。

 持っていた最後の弁当も地面に落とし、もったいないので土がついたままで食べていた。

 夏の暑さは強烈で、持っていた水もすぐに無くなった。


 まいった……

 お遍路もろくに回ってないのに、こんな所で終わるのか?


 深夜、山の中でタケゾウが倒れている。

 熱と下痢に襲われ遍路道から外れ山の中をさまよっていた。


 救急車を呼ぼうにも電話がない。

 叫べば誰か来てくれるだろうか?

 朝になったら、どこかで電話を探し救急車を呼ぶか? だが、朝までもつかな……

 もう、動く力もない。


 時代は2013年、スマートフォンなどなく、携帯電話が発売されているが、まだまだ一般には普及していない。タケゾウも携帯電話を持っていなかった。


 売店のお婆さん「金剛杖こんごうじょうは弘法大師の化身だけど、卒塔婆そとうばの意味もあるのよ。昔は金剛杖に自分の名前を書き、険しい道中で亡くなった際のお墓としても用いられたの」そんなこと、言ってたな。

 まさか、お遍路で死ぬことになるなんて思ってもいなかったから聞き流してたけど、人生は、わからんものだ。

 俺も金剛杖を立てて置くか。名前を書いておけばよかったな……菅笠を金剛杖の上にかけておけば、そのうち誰かが見つけてくれるだろう。

 タケゾウは力をふりしぼり、土を掘り金剛杖を立てたが菅笠を乗せるだけの力が無かった。


 お接待でもらったお茶やおにぎりの中に毒でも入っていたのか?

 中国の武術の達人で武術では負け知らずで、他流派と試合して勝ちまくり恨みをかって、お茶の中に毒を入れられて亡くなった人がいたな……


 しかし、俺は有名人でもないし、ここでは恨まれるようなこともしていない。

 では、寺か? 何か神仏に祟られるようなことでもしたか? 知らず知らずに何か墓のような物でも壊したのか?

 ん~~わからん。


 あれか!? 手を洗う柄杓で喉が渇いていたから水を大量に飲んだからだろうか?

 外国で水を飲んだら腹を壊すと言うからな……


 タケゾウは疲れ果てて山の中で寝てしまった。


 寝ているタケゾウを誰かが見ている。


「こいつはお遍路か? なんでケツを出して寝てるんだ? 虫がいっぱい集まっているぞ」

 タケゾウの顔をじっと覗き込む魔物。

「なるほど、そういうことか。悪い奴ではないな。むしろ仙人の系統か、このまま死なせるのももったいないな」


 腹が痛くなり目を覚ますタケゾウ。

 夜になり、ずっと下痢が続いていた。


 自分を見ている者の気配に気がつく。

(強い気だ!虎や狼が襲おうとしているのか?)


「虎ではない。襲いもしないから安心しろ」


(俺の思考を読み取った? 妖怪か?)

「妖怪サトリだな!?」

 思い切って振り向いた。

 すると、目の前に恐ろしい顔で二本のツノを生やした者がいた。


 一瞬凍りついたが、時代劇で見たことがあるお面である。

「あ〜っ、ビックリした。般若の面を被っているんですね……」


「面じゃないよ。サトリでもない。お前はお遍路か? 金剛杖を地面に立てて、ここで死ぬつもりか?」


 面じゃない?

 確かにヒモで面をむすんでいるわけではない。まさか、本物?


「本物だよ」

(まただ、俺の思考を読んでいる)

「般若には、人の考えがわかるのさ。過去の事もわかる」


「それならば、俺はこれからどうなる。ここで朽ち果てるのか?」

「先の事というのはわからん。わかるのは過去だ」

 混乱しながらも、般若は自分を殺す気はないように思えた。

 タケゾウは習った格闘技で人間相手なら強くても、上級の魔物、般若が相手では、たとえ体調が万全だったとしても勝ち目はない。まして、立ち上がることもできない今の状態では、まな板の鯉である。


「俺は、夕べから下痢と発熱で、の便がでるようになった。ケツを拭く紙もなくなり、めんどうなので丸出しだ。もう長くはないだろう。俺が死んだら食べるのか?」


 般若はタケゾウの周りに散らばっている緑色の便を見て、タケゾウの顔に自分の顔を近づけた。


「お前、生の鶏肉や玉子とか、落ちてる物を拾って食ったり、生の野菜を洗わないで食ってないか?」

 

「地面に落とした弁当をもったいないから食った。前にお接待でもらったおにぎりも畑に落としてしまい、土がついたが食った」


「それだな。たぶん食中毒だ」


「食中毒? 便が緑色だぞ!」

「あ〜っ、食中毒で緑色の便が出ることがある」

「なんだ、ただの食中毒か。俺はとんでもない病気になって死んでしまうと思ったよ」

「緑色の便は死ぬこともあるぞ」


「えええ〜〜、食中毒で死ぬのか!?」


「薬草を煎じてやる。それで死なないと思う」

「俺は、あんたに助けられて、代わりに魂を取られたりするのか?」

「あたしは悪魔じゃない。般若は、もともと若い女だ。恨みつらみが強くて魔物になったが、若い男には弱いのさ」


 般若は動けないタケゾウに薬草と食べ物を持ってきた。

 徳島県には『藍商人は病気知らず』と言う言葉がある。徳島県はあいの生産地で藍染めが有名だが、葉を煎じてお茶として飲んだり、新鮮な藍の生葉を絞った汁を飲むと解熱効果や解毒効果があると言われている。


 般若の友達だと言う大蛇も現れタケゾウに巻き付いた。

 このまま絞め殺されて丸呑みにされるかと思ったが、意外と大蛇の体は心地よかった。


 🙏🙏🙏


 4日ほどで体調も戻ったタケゾウは、お礼に足心官道で般若の足を揉んでやると言った。般若も照れくさそうだが、足心官道に興味があるようで揉んでもらうことにした。


「魔物になって、人間の男に足を揉んでもらうなんて思いもしなかった」

 般若は巾着から何か取り出した。

「最近、仲間の般若が亡くなり形見に一つもらった物がある。般若には『般若の目』と言う過去を見通せる能力がある、これをやろう」

「般若の目?」

「“真実の目”とも言って相手の過去や弱点がわかる。魔物と合った時にも便利だぞ」


 タケゾウは恐る恐る般若の目をもらうことにした。

 般若は半透明の目をタケゾウの左目に被せると呪文を唱えた。

「のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おんありきゃ まりぼり そわか」


 特に痛みも違和感もない。

 タケゾウが般若を見ると娘だったころの顔が見えた。

「なんだ、美人じゃないか」

 タケゾウに言われて般若は照れながら「馬鹿〜」と言ってタケゾウの肩を叩いた。



 📜📜📜神仙道ワンポイント。

 菅笠すげがさについて。

 昔は、お遍路さんが死んだ時に、この菅笠で死者を覆い棺の代わりにすることから、死者を入れる棺に書く文字が菅笠に書かれています。


 まず、正面に梵字が一字入っています。この梵字は弥勒菩薩を表す梵字で発音は、

「ゆ」で、お大師様を表していると言われています。(弥勒菩薩とお大師様は同じ)


 そして、向かって右回りに、

 迷故三界城 (迷うがゆえに三界は城)

 何処南北有 (どこに南北があろうか)

 同行二人 (遍路は自分一人ではなくいつも弘法大師と一緒である)

 本来東西無 (本来東西は無く)

 悟故十方空 (悟るがゆえに十方は空)

 と書かれています。


「迷っているが故に自分を取り巻く環境がまるで堅固な城郭に閉じ込められているかのような圧迫感がある。その迷いを突き抜けて悟ってみれば、十方世界は空と同じように自由で伸びとしている」という意味です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る