マージナル・ランパート 〜放棄古城の主になったら、何故か美女たちが集まってくる〜

春風れっさー

第一話 運命

  努力ではどうにもならないことはある。

 少なくとも放浪者ロイド・エアにとってはそれが真理だった。


 気を抜けば萎えそうになる足を必死に動かし、ロイドは荒野を歩く。

 背負った荷物は軽いが、それ以上に疲弊しすぎた。

 もう一週間以上は歩き通しだからだ。


「……クソッ、この村もダメか」


 小高い丘から見下ろした家屋たちに人の気配のないことを確認し、舌打ちをする。

 ここには小さいが村があった……と聞いていたが、それは既に過去の話だったらしい。

 そしてそれは、ロイドにとってもう何度目かの繰り返しだった。


「逃亡兵か、匪賊か……根こそぎだな。うわ、井戸まで潰されている。正規軍の焦土戦術かもな……」


 一応廃村を歩いて確認するが、悲劇を再確認するだけに終わった。せめて食料と水があればと期待していたロイドは、肩を落とすことになる。

 略奪。それは今の世の中、珍しいことではない。


「俺みたいに逃げられていればいいが……望み薄か。この乱世じゃ、殺した方が早い」


 かく言うロイドも、そこから逃げ出してきた口であった。


 ロイドの生きる世は、乱世の只中にあった。

 少なくともロイドが生まれた頃にはそうだったし、知っている限りの範囲はそうだ。

 戦争が戦争を呼び、常に血風と戦塵が吹き荒れる時代。

 理由は様々にある。

 食料。資源。人種・文化の違い。イニシアチブ。

 しかしどれも下々の人間には関係がない。

 あるのは戦争のツケが自分たちに巡り巡ってくるという事実だけ。


 悪化した治安は匪賊を生み出し、その略奪の対象は末端の村々だ。

 ゆえにこの光景もよくあることで、そしてロイドの境遇もまた、珍しくもないことだった。


 ロイドの故郷も匪賊に襲われた。

 殺され、焼かれ、そして奪われた。今となってはきっと、何一つとして残っていないだろう。

 一介の村民では逃げ出すことが精一杯で、他のことを気にしている余裕もなかった。


「……親父」


 例え家族が散り散りになろうとも。

 ロイドは凄惨な風景を前に胸中へ湧いた苦みを飲み込み、廃屋の庇を借りて地図を広げた。

 そこには杜撰ではあるが、周辺の地形が描かれていた。


「この村が駄目だったとなると……もうこの辺りに人里はないな……」


 放浪生活の中、ロイドはいくつもの村を渡り歩いた。

 最初に難民として辿り着いた村では受け入れを拒否されたからだ。

 戦乱の時代、どこもかしこも余裕などない。あったとしても、それは自分たちのために使いたいのが人情であろう。

 一通りの旅装とこの地図を手に入れることができただけマシだった。


 以来ロイドは、安住の地を求めて彷徨い続けた。

 しかし今日に至るまで、それを見つけられていない。

 最初のように受け入れを拒否されることも、そもそも今のように滅び去っていることもあった。

 その度にロイドは次の村を目指して歩いた。

 全ては安らかに暮らせる場所を願って。


 しかしそれももう、限界に近い。


「どうする。もう飯も水もないぞ」


 生きていく限り、飲み食いはする。

 ロイドがこの先も彷徨を続けるというならば食料と飲料は必須であった。

 しかし当てにしていた村は既に滅びていた。

 地図にある次の村までかなり遠い。

 薄っぺらい背嚢に残された物資では、辿り着けないだろう。


「……どうする」


 杜撰な地図と格闘しながら、ロイドは自分の背後に死神が迫りつつあることを察していた。

 このままでは遠からずの内に死ぬ。

 それも飢餓と衰弱という、この世でもっとも惨めな死に様で。


 背筋に走る冷たい感覚に耐えながら、ロイドは頭を捻らせる。

 そして、地図の北部分に指を走らせた。


「この森に行くしかない」


 地図には山脈と、その手前に広がる森が描かれていた。

 人里ですらない、自然そのままの森だ。

 何が待っているか分からない。だが少なくとも動植物と水源はあるだろう。村落とは違い、一両日中になくなったりもしない。

 食料と水を得るにはそこへ向かうしかなかった。


「……魔獣に食い殺されたとしても、座して待つよりはマシだろう」


 ロイドは絶望的な希望を胸に、廃村を後にした。


 それからまた歩き続けること数日。

 ついに背嚢も水筒も空になった。


「本当の本当に限界か……」


 ロイドは自分の体のあちこちが危険信号を発し始めていることに気づく。

 特に水がないのは不味い。

 食事は数日ならどうにか我慢できるだろう。しかし水がなければ人は一日も保たない。

 限界ギリギリまで耐えたとしても、二日に伸びるかどうか。

 つまりそれまでに水場に辿り着けなければ、一巻の終わりということだ。


「川は地図に描かれていない。だが森があるならば、せめて湧き水はあるハズ。いや、なくては困る……」


 ロイドは微かな希望で己を奮い立たせる。

 その甲斐あってか、視界が聳える山脈を捉え始めた。

 裾野に広がる森の端も見え始める。


「よかった……」


 ひとまずは地図の情報が間違っていなかったことに一安心。

 しかし近づくにつれて、他のものが見え始めたことで、一旦足を止めた。


「これは……古城?」


 それは地図に記されていない代物。

 半ば森に埋まるようにして佇む、古びた廃城だった。


 この世には努力でどうにもならないことがある。

 それを人は時に、運命と呼ぶ。

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