第26話 白髪のツインズ

ゆっくりと木製の扉を押し開けた。

からんっ…――と、乾いた鈴の音が店内に転がる。


オランジェットが一歩踏み入れると、とても甘い木の香りと金属の油の独特な匂いが鼻をくすぐった。

その後ろからクラフティも恐る恐る足を踏み入れる。


目の前に広がった光景に、2人は呼吸が止まった。


そこはまるで宝の山だった。

天井まで届く棚に、ぎっしりと詰まった商品の数々――

古びたランタン、瓶詰めの光る粉、羽根のように軽い歯車、見たこともない果物の干物や、悲鳴をあげたまま死んだトカゲのような生物のミイラ、何かの爪、大きな目玉、本にバネにネジ…


色も形もバラバラで、どれもが「これは何?」とたずねたくなる不思議なものばかり。


『……これ…かわいい』

クラフティがぽつりと呟いた。

それは目の代わりにボタンを縫い付けられた、ピンク色の熊のぬいぐるみだった。

ついつい手に取り、握りしめる。


『なんでもあるなぁ……いや、“無いものを探す方が大変”だね』

オランジェットはあまりの物量に思わず笑ってしまう。

脳内のキャパシティを超えてしまったのだろう。


だがその笑いも、次の瞬間、ピタリと止んだ。


レジカウンターの奥――そこに、二人の“同じ人間”が立っていたのだ。


白髪のボブヘアー。

同じ背丈、同じ服装。

顔にはガスマスク。

唯一の違いは、片方のマスクが丸い目で、もう片方がつり目だった。


2人はまったく同じタイミングで声を発した。


『いらっしゃいませ、フィナンシェへようこそ。』


その声が重なり、響き、店の奥にまで反響する。

まるで機械仕掛けの人形が同時に喋ったようだった。

ハモリもせず、不協和音でもなく、寸分のズレも無い。


「……え?」

クラフティの背筋に冷たいものが走る。


丸目のマスクが一歩前に出て、淡々とした声で言った。

『私は店主のキット。』


続けて、つり目のマスクが口を開く。

『私はカット。どうぞごゆっくり。』


まったく同じ声質、抑揚よくよう、呼吸までがそっくりで、違いを感じさせない。


オランジェットとクラフティは思わず視線を交わす。

クラフティが小声でささやいた。

「……双子?」


「いや、クローンじゃない?」

「なにそれこわい」

「そんなこと言ったらまるでボクが…いや、何も言ってないか」

「うん、言ってないよ」


小声のやり取りをしていると、キットとカットが首を同時にかしげた。

その仕草すらも完璧にシンクロしている。


『どうかなさいましたか?』


「い、いえ!なんでも!」

クラフティは熊のぬいぐるみをギュっと握り、思わず姿勢を正した。


キットがニコリ(たぶん)と笑ったような雰囲気を出し、

『それでは、ご自由にご覧ください。』


そしてカットがすぐに続ける。

『気に入ったものがあれば、私かキットにお声がけを。どちらでも同じです。』


「ど、どちらでも同じって……そういう問題じゃ……」

オランジェットがぼそりと呟くと、クラフティが肘で小突こづいた。


「静かに!聞こえたらどうするの!」


そう言いながらも、2人の目はすぐに店のあちこちに吸い寄せられていった。

目移りとはこういう事だろう。


見たことのない古代文字が刻まれた本。

中で魚の骨のようなものが泳ぐ瓶。

「さわるな危険」と札がぶら下がった光る布。


まるで博物館とジャンク屋と夢の中が混ざったような空間は最高だった。

いや、最高でしかなかった。


「これ……お土産屋でもあり、魔法屋でもあり、工具屋でもあるね」

「お兄ちゃん、これが雑貨屋って言うの?」

「そう…うん?うん…現世の雑貨屋とはちょっと違う気がするけど…」

「え?わかんないの?」

「ちょ!そんなこと言うなよ!まるでボクが雑貨屋を知らないみたいじゃないか!」

「ちがうの?」

「少なくとも現世の雑貨屋は知ってる」

「へー」


そんなことを言いながら、2人はすっかり目的を忘れ、店内を歩き回る。


その後ろでは、カウンターの2人――キットとカットが、まるで鏡のように動いていた。

片方がレジを拭けば、もう片方も同じ角度で拭く。

片方が首をかしげれば、もう片方もかしげる。


……そして、ふと、2人が同時にこちらを見た。


『気になる商品は、見つかりましたか?』


その完璧なハーモニーに、オランジェットとクラフティは同時に肩をビクリと跳ねさせる。


「ま、まだ見てますっ!」

クラフティが反射的に返事をすると、キットとカットは再び同じ角度でうなづいた。


『ごゆっくり。』


オランジェットは小声でため息をつく。

「……なんか、目玉焼き2個に同時に見られてる気分だ」


「お兄ちゃん、目玉焼き4個じゃない?」


「どうでもいいけど、すごく落ち着かない…でもハモってたね」


「うん、ハモってた…ねえ、これ見てよ、お兄ちゃん!」

クラフティが棚の上から何かを引っ張り出した。


それは、空っぽの瓶の中で小さな稲妻が走っている奇妙な商品だった。

瓶のラベルには、丸っこい文字でこう書かれている。

《嵐の素・中辛》


「……中辛? 食べ物? 天気なの?」

オランジェットが眉をひそめる。

「うーん……きっと調味料だよ。料理に使うと、ちょっとだけ雷が鳴るの」

クラフティは真顔で言う。


「やめてよ、そんな晩御飯落ち着かないよ」


「晩御飯とは言ってないよ」


2人は笑いながら、次々と棚を見て回った。


細い瓶に詰められた光る砂、自動で踊り続ける靴、

『寝ながら歩けます』と書かれたブーツ――。


とにかく、まともな商品がひとつもない。

それでも見ているだけで飽きない。

楽しくて楽しくてしかたがない。

宝探しのような、夢の中を歩いているような気分だった。


「……でもさ、ボクたち、遊びに来たんじゃないんだよな」

オランジェットが我に返るように呟いた。


「そうだった!」

クラフティがハッと目を見開く。

「帰還のランプを探さなきゃ!」


その言葉を聞いた瞬間、どこからともなく声がした。


『――帰還のランプ、ですか?』


2人が振り向くと、いつの間にか背後にキットが立っていた。

音もなく、影もなく。


『うわっ!? い、いたの!?』

クラフティが半歩飛び退く。


キットは丸い目のガスマスク越しに、ゆっくりと頷いた。

『聞こえてしまいました。帰還のランプ、ですね。』


すると今度は、反対側の棚の陰からカットが現れた。

『あれは、ちょっと厄介な品です。そのクマのぬいぐるみよりも。』


「厄介?」

オランジェットが眉を寄せる。


キットが指を組みながら言う。

『“帰るための光”は、誰にでも灯せるわけではありません。』


カットが続ける。

『心が途中で迷っている人には、ランプの炎が拒絶するのです。』


『拒絶……って、どうなるんですか?』

クラフティの声が少し震えた。


『単に……光が灯らないだけです。』

キットは淡々と答えた。

『ですが、灯らなかったとき、代わりに“居場所”を見つけることになります。』


『居場所?』


『この世界の木となって、無法者の森を彷徨さまようことになります』


あの森の木の事を思い出す二人。

店内に静寂が訪れた。


店の奥の機械時計だけが音を立てる事を許される。

コトン……コトン……


オランジェットはゆっくりと息を吐いた。

『……ボクたちには、帰る理由があります。木にもなりたくないです。

だから、灯ると思います。』


クラフティが小さく頷く。

『うん、絶対灯るよ。ね?』


そのやり取りを見ていたキットとカットは、同時に顔を見合わせ、そしてかすかに――

笑ったように見えた。


『……いいでしょう。』

2人の声が重なる。


キットがカウンターの中の棚からランプを取り出した。

それは真っ赤な普通のランプ。


金属のようでいて、どこか生き物のようでもある奇妙な質感で芯が青白い。


『これは“帰還のランプ”。』

キットが静かに説明する。

『持ち主の“帰りたい場所”を映し、そこへ導く光。

ただし――』


カットが口を挟む。

『光が一度でも消えたら、もう二度と灯らない。』


『……怖いこと言うなぁ』

クラフティが苦笑した。


オランジェットは、少しの間そのランプを見つめた。

まるで心の奥を覗いているような気持ちだった。


『でも……これが、ボクたちの道しるべになるなら。』


そう言って、そっと手を伸ばした。


キットとカットは、まったく同じタイミングで言った。

『フィナンシェの灯火ともしびは、道を照らすもの――

ですが、照らされた先が望む道とは限りません。』


オランジェットは奥歯を噛みしめながら、ランプを受け取った。

『……それでもいい。どんな道でも、行く価値がある。』


クラフティがその横で頷き、少しだけ笑う。

『こういうお店、帰ったあとに“夢だったのかな”って思うやつだね。』


『夢でもあり現実でもあります。このランプを灯すための炎は古都ことにあります、光は確かに、あなたたちの手の中にあります、お気をつけて…』

キットが低く言い、


『ちょっとまって、タダではありませんよ』

カットが続けた。

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