第6話 それぞれの性向

夕刻前には仕事を上がって遥を連れた茜は軽い足取りで青山の街を歩いてゆく。馴染みのショップで遥の服と靴を買い、18時には赤坂の二つ星レストランへと到着した。

予約した席へ案内されて………間もなく茜が目当てとする8名ほどの一団が入店してきた。

そのうちの二人は茜の知己であるらしく、軽く挨拶を交わしている。そして二人いる女性のうちの片方の30代後半あたりと見える怜悧な雰囲気の女が非常に粘り気のある視線を遥に向けてきた。

それはもう、背筋にゾクリとくるような………性的好奇心を山盛りに盛り込んだ視線だ。


だがまぁ、その淫魔のごとき女性は一先ずは離れた席へと向かい仲間内の雑談に意識を振り向けた。いや、2割くらいはこちらへ向けられているだろうか。


「母ちゃん。あの人マジで怖い。なんか視線で妊娠させられそう」


「母さんよ? 大丈夫だから、私がいる間はちゃんと護って………」


「いない時は?」


「………ずっと一緒に居ればいいじゃない」


「トイレ、付いてきてね?」


「………そこまではしないんじゃないかな?」


「でもあの人無駄に頭良さげじゃない?」


「あぁ、相当な頭脳派らしいわよ? 米軍から引き抜きの話があったなんて噂もあるくらいにね」


「そんならアメリカ行けばいいのに。同性愛者に寛容だし」


「日本人の女の子がいいんだって」


「かぁー、私は金髪青目のショタが好きなのに! マッチングが絶望的」


「アハハ、ホントね!」



結局二人してお気楽に笑い合いながら美味しいディナーを楽しんだ。

だがそろそろ引き上げようかというタイミングで粘着視線魔が話し掛けてきた。


「どうもはじめまして、防衛省の佐倉楓と申します。うちの平良から伺いましたが、防衛装備の納入をして頂いているとか。お時間があれば是非お話をお聞きしたいと思いまして。いかがでしょう?」


「これはご丁寧に。わたくし、小野田茜と申します。小野田商事という小さな会社を経営致しております。平良さんには度々お会いする機会があり大変お世話になっております。ただ………幾分齟齬があるようです。わたくし共は各メーカー様へ特殊素材などをお納めしておりますだけでして、防衛省様との直接のお取引はございませんのよ?」


「それは………失礼致しました。しかし、それならば尚更席を同じくしても問題にはなりませんね。如何でしょう、もう1件ご一緒しませんか?」


「お申し出は大変有り難いのでございますが、ご覧の通り娘を同伴しておりますので、送っていかないと………申し訳ありません。もしまたの機会が有りますれば是非」


そう言って名刺を差し出した。佐倉楓も名刺を取り出し交換した。

そして間近に遥のほうを見ると………僅かに驚きそして僅かにウットリとした表情を浮かべた。


「大変美しいお嬢様ですね。お名前を伺っても?」


「小野田遥と言います」


「遥さんはお幾つかしら?」


「15、いえ、16歳になります」


「高校生ですか。あ、ということは今日はお誕生日の? おめでとうございます。お肌も髪も艷やかで綺麗で………溜め息ものの美少女ですね」


「そんな、褒め過ぎです。佐倉さんも美人さんです。仕事ができる女って感じで憧れます」


「まぁ、嬉しいわ。………放課後は何か部活動とかしているの?」


「いいえ、直ぐに帰宅してお世話になっている叔父の家のことなんかをしています」


「………ねえ、遥さんは映画だとどんなのがお好き?」


「そうですね………アニメとかはたまに観に行きますね。あとはもっとたまに邦画の面白い系ですね」


「そう、私の親戚に配給会社役員の人がいるんだけど、今度一緒に観に行かない? 勿論遥さんが興味を持てる映画を」


「アハッ、いいですね。それでは………母さん?」


「あらあら楽しそう。私もご一緒して宜しいかしら? 連絡先も交換しましたし、私を介して予定を立てましょうか。それでいい? 遥ちゃん」


「うん!」


やや眉間にシワをよせつつ辛うじて笑顔の佐倉楓である。なんとか握手だけは交わしてその場はお開きとなった。



店に頼んでタクシーを呼んだ。赤坂から千葉の自宅へと走らせてまっすぐ帰宅した。

今夜は叔父宅ではなく実家のほうの自室で寝るのだ。

寝しなに優子とテンツーのやり取りをしてから少しだけ会話をして眠りについた。



翌朝。


「ねえ、母ちゃん。あの人どうすんの?」


「そうねぇ、利用したいんだけどあれだけ露骨にエロ秋波を出されるとなんとも………」


「身の危険を覚えるほどにアチチだよね。」


「………遥ちゃんは薬物耐性はもうやってる?」


「10歳からやらされてるよ。吐くわ下痢するわ………この間までの灼熱地獄に次ぐキツさだったよ? まぁ、今も継続中なんだけどさ」


「それなら催淫剤とか睡眠誘導剤とかは大丈夫かな。そのうちママのお仕事のお手伝い、付き合ってね」


「たらし込まれる………優子が狂いそう」


「あら? なんでそこに優子ちゃんが? あ、そうね、あの子ってば遥ちゃんにゾッコンだもんね」


「何故にご存知? 私はつい最近まで知らなかったのに」


「バレバレよぉ、遥ちゃんを目で追うその様は………小学生の頃はウットリキラキラで中学生の2年になったあたりからは獲物を射程距離に入れた肉食獣のそれよ?」


「告白されるまで気づかない私って………」


「あら? 告白されたの? 余程の覚悟ね。私の予想だと高校の卒業式後だったんだけど」


「ほら、母ちゃんにも色々お願いしたけどさ、優子んちのパパが亡くなったじゃない? 夏休み前の2週間不登校でさ、こちらからの連絡も全部スルーでさ、土産を持って無理やり押し掛けたの。そん時に………まぁ勢いで?」


「で、そのまま流されたと?」


「なっ!? 何をおっしゃっておられるのかわかりませんが?」


「んふぅ、分かるわよ。娘の微細な変化は。それで、付き合うの?」


「いやぁ、私一応ノーマルだから」


「………身体だけの関係? やだ、この子ってば爛れてるわ。いくら同性だからって他にも愛人つくるとか控えなさいね? そのうち刺されるわよ?」


「母ちゃん、実の娘に掛ける言葉じゃないよ、ソレ」


「そうかぁ、経験済かぁ………楓ちゃん、落としてみる?」


「いやぁ~! 母に売られるぅ!」


「会社の後継者としてちょっぴり早い社会体験よ? 大丈夫、なにも減らないから。むしろ太い人脈を社会人デビュー前にゲット!」


「母ちゃんが………目がかねになってる………」


「あの人ね、多分お金沢山もっているわよ? 遥ちゃんがお強請りすればフェラーリとか買ってくれそう」


「それってお高いの?」


「数千万円」


「………考えさせて下さい」


「ウフフ、私の子ね」



対象が男性ではないのが救いと言えるのかは議論の余地があるところであろうが、実力主義の母と世間擦れしていない娘の世知辛い会話は続いてゆく。

修もやっと昨夜に灼熱地獄を終えたとのことなので、本日は叔父一家と一緒に昼食を採ることとなった。昔から行きつけの鰻屋へ。因みに修の大好物である。


「オジサンってば修を甘やかし過ぎ」


「あんなことさせられて………甘やかされてるの? オレ」


「いやいや、ここはオレの払いだよ? 甘やかすというなら遥もだよ?」


「あら、翔君私は甘やかしてくれないの?」


「お姉さん、いえ、茜さん。まだ足りないのですか?」


「え、何が?」


「まぁまぁ、龍美たつみ。いいじゃないか。オレは弟なんだし…………」


「………一生物なのね、そのトラウマ。うん、知ってた」


「あー、なんか龍美ちゃん酷〜い。トラウマとか………無いよね? 翔君」


「……………うん」


「父ちゃん…………」


そこへ給仕の人が鰻重を持ってやってきた。


「お待たせいたしました。特上鰻重5人前と鰻肝焼き、う巻き玉子焼、それにビールお持ちしました!」


大人達は互いにグラスへビールを注ぎ、子供らは湯呑みを手にして乾杯をした。

そして景気の話しなどしながら鰻重を平らげてゆく。

修だけは一心不乱に鰻を味わっている。けっして掻き込むのではなく、一口をじっくりと、しみじみと味わっている。実に幸せそうだ。

そこまでではないが遥も鰻は好物なのでしみじみと味わいながら食事を楽しんでいる。

大人達は既に3本目のビールを空けたところで、さらに追加を2本頼んでいた。昼飲みに躊躇のない割り切った人種である。


あらかた満足したところで隣のテーブル席に案内された家族がやってきた。


「あれ? 遥じゃん!」


有理であった。


「おや、奇遇」


「相変わらず咄嗟の返答がオッサン臭いね」


「屈辱的!」


「あらあら、遥ちゃん。また一段と綺麗になって。ねぇ、やっぱりうちの娘にならない?」


この有理母は以前から有理の兄の嫁にならないかと誘ってくるのだ。それはもう、中学生の頃から。


「代わりにうちの有理を修ちゃんに嫁がせるから。どお?」


バーターとは言い難い。

何しろ小野田本家は千葉県内の大地主だ。賃貸業を中心に所謂不労所得でかなりイカツイ年収を得ている。

有理んちの父は大企業とはいえ会社員だし。


「オバサン、前にもいったけどさ、オレ年上の女とか絶対無理。4つは下じゃないと」


現在中2の修は13歳…………4歳年下?

ピンと張り詰めた空気に支配されたフロアー。二つ先のテーブルの人達がヒソヒソ話をしている。

龍美オバサンがおもむろに立ち上がり修の後頭部を手のひらで張った。


「だから言ってるでしょ! 一桁はダメだって!!」


さらに室温を引き下げる実母の発言に戦慄する店内。

大笑いしている茜。目をつぶり上を向いたまま動かない翔。やっぱりという顔の遥。

もうご町内に拡散待ったなしである。


「修………帰ったら話がある」


翔は辛うじてそう一言告げたのみで会計のため席を立った。

茜はもはや呼吸困難な状態に陥っていた。


実のところ地域の優良物件であり、見た目もかなりイケている修は学校で激しくモテる。学業の成績もかなり上位でスポーツは文字通り万能。別け隔てなく周囲と接しており、一部では王子様呼ばわりされている。異性に対しても自然体で優しく、性的なものを感じさせない………ユニセックス的な空気感が女受けするのだ。ごく一部ではあるが男にも受ける。

まぁ、遥と素っ裸で風呂に入っても何も感じない。美醜についても最高峰クラスがそこにいるのに無関心。修にとって遥は超えるべき壁であり、ライバルなのだ。そして大事な家族で………姉。

だからその恋愛的性向は庇護対照たる小さき者へと向けられた。…………のであろうか?

少なくとも愛でるべき幼子には性的高揚感を伴わない。

だから一応セーフ?


まぁ、帰宅後に修と翔はそんな話をした。


一応納得するしかないのだが………継嗣が得られるのか、そこにのみ心を痛める翔であった。

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