はるかの日々

第1話 強者の血筋に生まれて

小野田遥は物心付いた頃から叔父の指導で古武術を習わされた。


母子家庭でありながら会社経営をしている母は帰宅が遅く、自宅に娘一人では心許ないと、平日は近所に住む母の弟である叔父に預けられていた。小野田家は代々続くとある古武術を相伝継承する家系であり、自宅は修練場を兼ねている。その流れで武術を習うことになったのだ。そう、5歳の頃から。


遥が7歳になった頃、二つ下の叔父の息子で従兄弟のおさむもそこに加わった。他に練習生などはおらず叔父と修と遥の3人での鍛錬がその後も続いた。稀に遥の母がそこに加わったくらいだ。

遥が10歳になった時からは武具の鍛錬も加わった。修はあと2年は徒手のみとされたのが不服だったようだが、叔父は取り合わなかった。


武具は太刀と小太刀、それに投擲とうてき術と鎧通しや暗器で急所のみを狙う甲冑組手の一部となる技が指導された。時折じょう術と弓も。

それまでの徒手にしても関節を極めて投げたり抑えたりする制圧技や膝や肘を多用する急所撃ちの殺し技を仕込まれていたから何処をどのように狙い打つのかは理解できていた。

とは言え太刀を振るのも、点を突くのも、投擲物を的あてするのも楽しいものだったので叔父の指導をどんどん吸収していった。

その延長としてなのか、修との組手も格段に有利となり、力量差が一気に開いた。


遥姉はるねえばっかりズルい!」


修がゴネて怒っている。可愛いなぁ、などとなごみつつ組手でも可愛がる遥である。


「アンタも来年には武器を持たせて貰えるでしょ? もう少し待ちなよ。ね?」


「なんで10歳からなのさ」


「………さぁ? 夕食のときにでも聞いたら?」


「父ちゃんそういうの答えてくれないもん」


普段から子煩悩で叔母にも修にも優しいし、遥にも別け隔てなく優しくしてくれるけれども鍛錬の時だけは別人みたいになる。それ以外のときは武術の話にあまり応じてくれない。どうしてそうなのかは遥には分からない。

あと遥の母には頭が上がらないようだ。因みに時折鍛錬に参加する母も同様の古武術を会得している。



◇◇◇



15歳になり高校生となった。


私はスジがよいそうで、流派における目録という名目上の立場? をもらった。それまで一切技名とか形名とか教えてくれなかったのに、なにやらそういうのが書き連ねられた巻物を見せられた。くれたりはしないらしい。叔父曰く、「技名とか変に意識していると身体が動く前に頭で考えてしまう。それは時に致命的な隙になる。だから江戸時代のどっかくらいで技名の伝授は資料として残す程度の扱いになったそうだ」それは………確かにそうだ。特撮物とかで必殺技名を叫びながら技を繰り出す必然性の薄さは遥もなんとはなしに釈然としていなかったし。そうだよね、多種多様な動作の連続のなかでいちいち技名を思い浮かべるとか思考速度低速化待ったナシだわと納得した。

修も武器を扱うようになって3年が経過し、かなり強くなっている。と思う。

まぁね、ほぼほぼオジサンと修しか稽古相手がいないから私自身も含めどれほど強いのかは分からないよね。

オジサンはあからさまに強い。絶対的強者のまま。

そんなオジサンが事ある毎に口にする。


「いいか、人間相手にここで学んだ技を使うなよ? 命の遣り取りとなったような場合はやむを得ないが、喧嘩だとか軽い揉め事なんかでは絶対に使うな。トラブルは避けて通り過ぎろ。それと近頃動物による襲撃事件が多い。ここで学んだ徒手を始めとした技はな、関節を動かして行動する全ての生物に対して有効だ。焦らずによく見て対応すれば大概の動物は倒せる。とにかく冷静にな」


遥は思い返す。

うん。そう言い聞かされてから実際に山へ連れて行かれて闘わされたもんね。猪や熊と。

猿とも多対一の鍛錬とかいって闘わされた。中には頭に角が生えたやたらと大きな猿なんかもいた。変異種と言うらしい。ネットとかで見た。勿論闘った。スゴイ速いんだけど叔父に比べれば大したことはないし、手下をけしかけながら小賢しい闘い方をするのがイラっとして、つい………修にまわすまえに殺してしまった。

冷静ではなかったのだろう。だからさらに念を押される。



◇◇◇



遥は記憶にはっきりと残る夢をみる。

中学2年生の夏頃からそれは始まった。最初の長期山籠り鍛錬の時からだろう。


中世ヨーロッパのような場所で騎士の子として生まれ、鍛錬を積んで寄親となる伯爵家へ仕えた。

そこの長女に護衛兼メイドとして仕えて色々とお世話をした。そんな夢。

貴族の娘の身近に仕えるのだから夢の中の子も女子だ。そこでの遥はリーゼロッテという名前である。ドイツっぽい? だが違う。

そこでは………驚いたことに魔法が存在していた。遥が憑依? する女の子も魔法が使えたが、仕えていたお嬢様はさらに飛び抜けて強力な魔法使いだった。そしてあまりに純真で可愛らしいそのお嬢様を有象無象から護るために夢の中の遥、リーゼロッテは人知れず権謀術数を巡らせる策士となってゆく。


それからはまるで続き物の物語を観るように話が進んでゆく。高1になった頃にはリーゼロッテを惹きつけて止まない筋肉バキバキの大男と出会ったところまで物語が進行した。

だが………現実の遥自身が理想とする異性は年下の可愛い男の子だ。

可能ならば女装が似合いそうなくらいの美形で金髪青目ならば尚良い。夢で見たあの人のように………。

まぁ、ここ日本でそんな上物且つ洋物のショタがいるわけもなく………。

それでも仲の良い友達にはそんな嗜好を明かしているし、同好の士も一人いたりしてそれなりに楽しい学校生活を送っていた。



「遥ぁ、アンタ大学はどこ目指してんの?」


「うーん………留学生多めのとこ?」


机上のスマホを一瞥しながら応える。


「何考えてんのかが丸わかりなんだけど(笑)。でもさぁ、大学生だよ? もう皆んないい歳じゃん? 遥好みのショタは居ないんじゃない?」


「それは私だって考えたよ。でもさ、美形の留学生と………しかも弟がいる留学生と仲良くなってさ、ワンチャンあるかなって」


「前向き!」


「機会は自ら作っていかないと。狩り場は思わぬところにあるものよ?」


「狩り場て………イタイケなショタが喰われるぅ!」


「バカね、先ずは愛でるのよ。そして依存させて………ウフフ」


「遥さんパネェ!」


そんな馬鹿話で盛り上がっていると担任の男性教諭が教室へ入ってきた。自席へと散ってゆく生徒達。ここは結構な進学校であり、生徒の殆どは物分りが良い。


「………あー、山岡だがな………今日から暫く休みになる。お父さんが亡くなってな。まぁ、知っているだろうが山岡の親父さんは一般ハンターだったんだが、浅間山付近でな………猿にやられたそうだ。生きて帰還した仲間の人曰く変異種だったらしい」


しんとしている教室。

遥は山岡優子の席に目を向けた。そう、朝から彼女は席にいない。いつもならば自分や有理と一緒におしゃべりしている筈のショタ好き仲間の友達。国内SNSシェアNo.1メッセージアプリのテンツーでメッセージを送っても返信がなく、既読も付かない。怪訝に思いながらも有理とおしゃべりしながらスマホをチラ見していた。

そうか、そう言う………


山岡優子の父は元自衛官でしかも所謂特殊部隊出身だ。予備役となった同じ部隊の同僚らとチームを組んで稼ぎが良いとされる一般ハンターをやっていたのは遥も知っていた。まあ所属部隊までは把握していなかったのだが、習志野近郊在住で特殊部隊とか………あそこ一択である。

勿論クラスの他の子らも想像がついている。だから憧れを持って優子にこぼれ話なんかを皆がせがんだ。



高校生ともなれば将来への具体的展望を大人達から求められるようになる。

そして自身のスペックについて、周囲との相対的能力差についても自覚しだす頃合いだ。

そんなお年頃の子らが異性についてや気になる有名人や身近にいるアイコン的な人々について語り合うのは当たり前であり普通であろうが………この世代にはそんな悠長な余裕がない。理想優先の未来図が描けない彼らは進路についてを語り合うという、なんとも手堅い会話がそこかしこでなされていた。

世界規模での社会不安がそうさせるのだ。そんな中で遥らの能天気さは異色といえる。


そもそもハンターとはなにか。猟師とは違うのか。その成り立ちについて触れよう。



◇◇◇



がいつから始まったのかを明確に答えられる組織も個人もいない。僅かな、些細な事象の積み重ねの先に「おかしい」といぶかしむ人々がSNSなどで取り上げはじめたのが先駆けであろうか。

やがてそれはデータの裏付けを得た事実として行政機関などで提起され始める。


「動物被害の著しい増加」


野生動物が人里へ頻出し農作物を喰い荒らし、大型肉食獣が高頻度で家畜を襲う。勿論人も。そして………ペットが飼い主を襲う。

それらの事象は有意な数値を示しながら急増していたし現場に近しい行政の職員らは多数の陳情を受けて上部組織へ上申してもいたが、政治家達がそれをまともに取り合わなかった。マスメディアやそのスポンサーたる業界団体からの圧力による利権保護に寄与するために。それは日本に限らず世界的にも同様であったが、アフリカ諸国や南米各国、東南アジア諸国では比較的早期に問題視する動きが見られる。だがそこに充分な予算が付けられることはなく、地球上のどこに於いても有意義な対策が取られることはなかった。

そうして多くの人々が事態を認識し始めてからさらに2年程が経過した。


小さいうちから高度なしつけ馴致じゅんちがなされた犬や馬などは取り扱いスキルを備えた主への隷属を受け容れてはいる。だが、中型犬以上の犬等は隷属対象と認めた主以外をの存在と見なしてその指示に従うことは一切しないし、餌の供給を滞らせると下位の者へ「罰」を与えるのが常態化するようになった。主の家族であっても上位の存在と認めなければ躊躇なく咬みつく。全国、全世界で今まさに起こっていることだ。

巷間こうかんには動物の凶暴化などといって取り沙汰されるが………学術的には別の視点を以て仮説がたてられている。


「身体的能力と知能の向上により人間に対する相対的評価が低下している」


そうなのだ。あらゆる生き物のフィジカルが短期間の間に向上している。それは一時的なものではなく今現在も継続中だ。

そのカテゴリーの中には当然人類も含まれる。だが、元々生まれ持つ戦闘力が人以外の動物達に比べて彼らは余りにも脆弱ぜいじゃくであった。毛皮を持つ早熟な種と成人までに長期を要する無毛の種には絶望的なまでに戦闘力に差があるのだ。

先ずは制御困難な経済動物を社会から遠ざける必要があった。欧米各国においては一部では軍を運用してことに当たり、ペット産業の大幅な規制に乗り出したのだが日本に於いてはそのどちらもが成されていない。いや、できない。


山地から出てきて農地を荒らす猪、鹿、猿、そして熊。それらは通例ならば行政が地元の猟友会などの民間狩猟者組織へ依頼して処理するのだが、危険度の上昇に伴う対価の少なさやとある判例などの諸事情に鑑みそれらは拒絶され、止むなく特措法により警察がこれにあたるのだが、狩りのノウハウを持たない上に主たる武装が殺傷力低めの38口径のハンドガンという彼らは逆に動物達から狩られた。

各地の知事らは自衛隊への出動要請を検討するが害獣駆除を名目とした出動要請の法的根拠こじつけが困難であり、実現しないまま無為な時が過ぎ去るばかり。

ペット産業については当初地方自治体等での条例により規制しようとしたところ、業者側や動物愛護団体らによる全国規模でのデモや訴訟が始まり裁判が長期化。国が法案を提出可決しようとするも野党が政局化して市民デモを主導したため与党の腰が砕けて中身が骨抜きとなり有名無実な無為なる法が長い時間を掛けて可決成立したという体たらく。


つまり日本国民は一切の対応がままならずに被害ばかりが積み増してゆくのをただ眺めるばかりだった。

被害者達は団体を形成して無策な政府を責め立て行政に対していくつもの訴訟をおこし………政府は激しいジレンマの板挟みとなった。


ここに至り与党の党首が交代した。首相経験者ではあったが、老齢であり一線から退いていた灰汁あくの強い人物。しかし派閥の領袖として隠然たる権益を有する彼は非常に強力なリーダーシップを発揮して「特定害獣指定の特例に関する法律」と「特定害獣駆除に関する資格認定と管理制度の制定に関わる法律」そして「国内特殊治安維持の為の一時的法令適用除外に関する法律」が短期間で可決成立することとなる。

いくつかの保守系野党を巧みに引き込み数の力を背景にこれら立法を強行した際の反対野党との議論の中で、時の総理となった彼が発した暴言はやがて大半の国民の支持を鷲掴みにする「畜生と国民とあんたらはどちらが大事なんだ! オレは迷わず国民の安全を取る。そのために政治やってるんだよ!!」


こうして成立したこれら法律は[特定害獣駆除三法]と言われ、成人であれば誰しもが資格認定を経て武器を手に特定害獣駆除を行える根拠となった。

全国のうち、特定害獣被害が大きい都道府県庁や市町村役場には「特殊狩猟管理課」が設置され、内閣府直属の管理団体として設立された特定害獣駆除処理室、通称「特除」から派遣された人員により運営されることとなった。

特除の職員から「特除認定狩猟者」として認可を受けた人員は猟銃所持の資格が簡単に取得できる他、指定区域内であれば銃刀法に規定された武器類を衆目に晒したままの所持運搬が許される。危険防除に際して即時使用の為に。

駆除した特定害獣はその種類毎に定められた指定部位(尾指定が多い)を剥ぎ取って特殊狩猟課へ提出すれば相応の単価が支払われる。また毛皮や肉なども持ち帰れば需要に応じた金額が支払われる為、アガリが良ければ一般的な会社員をしているよりも高い収入が得られるように制度設計がなされている。全て国庫からの拠出だ。


国はこれらの制度を事態の収拾とともに過疎化対策、そして雇用対策としても位置づけており、多額の予算を注ぎ込んだ。内需拡大の意図も含ませた上で。

こうした便な施策を実施した上で………[害獣駆除三法]の中に思わしい成果が上がらなかった場合にのみ自衛隊の防衛出動が都道県知事からの要請を受けて閣議決定できるという剣呑な仕組みをしのばせている。


何にせよ予算が足りていない害獣多発地域の国々を除けば最も対策が遅れていた日本にやっと反攻の為の制度が構築されたのだが、事態が認知され問題が取り沙汰され始めてから既に8年が経過していた。

日本の政治家、いや、国民の対応力の欠如と危機意識の鈍感化のなせる業であろう。

その間も動物達は強化され続けており、にわか猟師が対抗できるのかは未知数と言わざるを得ない。


そんな訳で制度は整えられ、荒ぶる魂と頑健な身体を持つ救国の英雄達が最前線へと立った。ハイリスクハイリターンを夢見て知恵と体力と銃火器を頼りに身近な敵との闘いを開始したのだった。


そう、特除認定狩猟者の許可を得た彼らこそがハンターと略称される者達である。

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