嫉妬
そんなことで勝手に敵意を向けられても困るんだけどなぁ、と思いつつアトリは床に放り投げられている自分のリュックから水を取り出した。
涼しいといっても微かな冷風でじっとしているとじんわりと汗ばんでくる。
暑いというよりも、蒸し気がするという感じだ。特に、このゆっくりとしたスピード感がさらにそう感じさせる。
汗ばむのを誤魔化すためにまだ冷えているペットボトルの水を口に含む。冷たいと思っていたが、この暑さでやはりぬるくなってしまっていた。
「そういえば、霧やべぇな……さっきの放送もそうだけど、なんか不気味だよな」
「そうか? 海の上だしなくもないことじゃねぇの?」
「そういうものか? 海とか詳しくねぇしな」
眠たそうに欠伸をしてどことなく面倒くさそうな様子で腕を伸ばす彼にアトリもつられて欠伸を漏らす。
そういえば、読んでた小説は読み終わったのかな、
なんて。船が出発したばかりの時のことを思い出してもう一度彼女の方に視線を向けてみた。キャップをかぶり直して窓の方をぼんやりと見つめている後頭部が見える。
後頭部というか、帽子の後ろ側か。動くことのない彼女の後ろ姿を見つめていれば横から肩を殴られた。横を睨みつければ爽に思い切り睨まれていた。
「狙ってんだろ」
「なんなのお前マジで」
ちょっと異常だろこいつ、と思いながら肩を殴り返せば鼻を鳴らされた。本当にどうしたこいつ。なんて呆れつつ視線を窓の方に向ければ先ほどより少し霧が薄くなったような気がする。気がするだけだが。
「俺も喋りてぇ……」
「喋りかけにいけよ、じゃあ」
「そんな勇気ねぇよクソが」
「シンプルに口が悪くて驚いたわ」
そんな男じゃないだろ。なんて呆れ返ってため息を漏らしてから視線を前の壁に向けた。
本当に今の爽は普通に面倒臭い。女のことでこんな一々愚痴愚痴と文句やら何やらを言ってくるような男じゃなかったのに、まぁ船が島に着けば落ち着くだろう。
そんなことを考えながら窓の外に目を向けてみれば少し霧が薄れたようにも見える。あともう少しすれば船も島に着くだろう。そう思いながら、アトリは静かに瞼を閉じた。
どうせ、この船の中では何も起こらないだろうし。
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