第3話
放課後、ナナミは剣道部の道場で竹刀を振っていた。鋭い踏み込み、正確な打突。彼女の動きは、男子部員にも引けを取らない。剣道部のエースとして、彼女は常に完璧なパフォーマンスを求めていた。
「はぁ……はぁ……」
額に汗を滲ませながら、ナナミは竹刀を構え直す。その時、ふと、脳裏に奇妙な残像がよぎった。
それは、竹刀ではなく、本物の剣を握る自分の姿。
目の前には、無数の魔物たち。
そして、その先で、たった一人で戦う――カイ。
「ナナ! 後ろだ!」
誰かの声が聞こえた気がした。
その声は、遠い記憶の底から響いてくるようで、ナナミの全身に鳥肌が立った。
(何、今の……?)
道場の壁に立てかけられた鏡に、自分の姿が映る。
汗で少し崩れたギャルメイク。
「@nanagalsoul」のフォロワー2万超えを誇る、インスタ女神の顔。
(あたし、ナナミだよ。普通に高校生で、剣道部で、ギャルで……)
その夜、ナナミは自室の鏡の前に座っていた。
いつものように、完璧なギャルメイクを落としていく。
アイライナーを拭い、つけまつげを外し、カラコンを外す。
素顔に戻っていくたびに、頭の奥の疼きが強くなる。
「……ミレイア」
その名前が、自然と口からこぼれた。
ミレイから届いたDMのメッセージが、脳裏をよぎる。
> 「ナナ姐~!今日のメイク、マジ神だったんだけど!てか、あたし最近変な夢見ててさ~なんか炎とか剣とか出てくる系?笑」
>
(ミレイアも……記憶が、戻り始めてるってこと?)
メイクを落とし終えたナナミの瞳には、ギャルのきらめきは消え、代わりに、遠い戦場の光が宿っていた。
彼女の記憶が、鮮明に蘇っていく。
勇者カイの副官、ナナ=エル=ファルディア。
姫ミレイアの親友。
魔王軍との激しい戦い。
そして、ミレイアを守れなかった、あの日の後悔。
「……ミレイアを守れなかった。だから今度こそ、カイを守る」
ナナミは、鏡の中の自分に、まるで誓いを立てるように呟いた。
ギャルの皮を脱ぎ捨てた素顔は、かつての副官の、凛とした表情をしていた。
翌日、ナナミはスマホを開き、いつものようにギャル垢のDMをチェックした。ミレイからのメッセージに返信を打ちながら、彼女の指は、別の人物のアイコンをタップした。
ユナ。
(……魔王。あんたは、カイに近づいちゃいけない)
ナナミの心の中で、ギャルとしての日常と、勇者の副官としての使命が、静かに、しかし確実に交錯し始めた。
彼女の「ギャル魂」は、今、異世界の記憶と結びつき、新たな「戦い」の準備を始めていた。
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