異世界部、恋愛因子暴走中！

第1話

---序章：教室の片隅で、記憶が目覚める

都立桜ヶ丘高校、2年B組。

午後の現代文は、いつも通り退屈だった。

教科書の朗読は単調で、教師の声はまるで催眠術のように響いている。

窓から差し込む夏の陽射しが、居眠りしている生徒たちの髪を柔らかく照らしていた。

その教室の片隅。

窓際の席に座る少女――ユナは、ぼんやりと空を見上げていた。

彼女の瞳は、どこか遠くを見ているようで、今この教室にいるはずなのに、まるで別の世界に心を置いているようだった。

そして、次の瞬間。

「……我が名は、ユナ＝ヴァル＝ノクス。魔王にして、世界の支配者……だった、はず……？」

小さく、誰にも聞こえない声で、彼女はそう呟いた。

頭の奥が、じんじんと疼く。

まるで、何かが“目覚めた”ような感覚。

教室の喧騒が遠ざかり、代わりに聞こえてくるのは――剣戟の音、炎の咆哮、そして、誰かの叫び。

「……勇者、カイ……」

その名を口にした瞬間、ユナの心臓が跳ねた。

知らないはずの名前。けれど、確かに知っている。

彼女の中で、記憶が静かに、しかし確かに目覚め始めていた。

一方その頃、教室の後方。

教科書を枕にして眠っていた男子生徒――カイは、突然目を覚ました。

「……魔王……ユナ……？」

目を開けた彼の瞳には、一瞬だけ、炎に包まれた城が映った。

そして、血に染まった剣を握る自分の姿。

その隣には、倒れた少女――魔王の姿があった。

「なんだ、今の……夢か……？」

カイは額に手を当て、深く息を吐いた。

けれど、胸の奥に残る感覚は、夢とは思えないほど鮮明だった。

その瞬間、教室のドアが勢いよく開く。

「ちょっと、マジで暑すぎじゃね？　てか、あたしの席どこ～？」

金髪ギャル――ミレイが、ネイルを輝かせながら教室に入ってきた。

彼女の姿に、カイの心臓が再び跳ねる。

「……ミレイア……？」

そう、彼女は――かつて自分が守り、そして失った亡国の姫だった。

教室の片隅で、三人の記憶が交錯する。

魔王、勇者、姫。

異世界の因縁が、現代日本の教室で、静かに再び動き出す。

そして、誰もがまだ知らない。

この日常が、ラブコメと修羅場と、ちょっとだけ世界の運命を巻き込む物語の始まりになることを――

---魔王の残滓と、芽生える違和感

黒板の文字は、退屈な現代文の一節。

「人間の本質とは――」とかなんとか、先生が語っているけれど、ユナの意識はそこにはなかった。

指先が、ピリつく。

まるで、そこに“力”が宿っているかのような感覚。

何かを操れる。支配できる。命令すれば、従わせられる――そんな、抗いがたい衝動が、静かに湧き上がってくる。

隣の席の男子生徒が、ノートに落書きをしていた。

猫の絵だろうか。いや、たぶんドラゴンのつもりなのだろう。

その稚拙な線を見て、ユナはふと、思った。

（……この者、我が配下にふさわしいかもしれぬ）

「……愚かなる人間よ」

口から出かかったその言葉を、ユナは寸前で飲み込んだ。

「……っ、なに今の……？」

自分でも驚くほど自然に、そして本気で出そうになった。

まるで、誰か別の人格が、彼女の中に住んでいるかのように。

（私、疲れてるのかな……）

そう思って、ユナはそっと自分の頬をつねった。

痛みは、ちゃんとある。夢じゃない。妄想でもない。

でも、頭の奥にこびりついている“記憶”は、確かに存在していた。

炎に包まれた城。

跪く兵士たち。

そして、玉座に座る自分――いや、“魔王”としての自分。

（……私が、魔王？）

そんなはずはない。

私はただの高校生。都立桜ヶ丘高校、2年B組。文芸部所属。

魔王なんて、ゲームの中の話。アニメの中の存在。

でも、確かに“知っている”。

魔法の詠唱。戦略の構築。勇者との戦い。

それらが、まるで昨日のことのように、鮮明に思い出される。

「ユナちゃん、今日も静かだね～」

前の席の女子が、振り返って声をかけてくる。

ユナは、ぎこちなく笑って返す。

「うん、ちょっと……暑さでぼーっとしてただけ」

（……違う。これは、暑さなんかじゃない）

心の奥で、何かが目覚めている。

それは、かつて世界を支配しようとした“魔王”の残滓。

そして、今のユナに芽生え始めた、奇妙な違和感。

この教室は、平和で、退屈で、何も起こらないはずだった。

でも、ユナの中では、すでに“物語”が始まっていた。

--支配の残滓と、抗えぬ視線

都立桜ヶ丘高校、2年B組。

ユナは、クラスの中で「ちょっと変わったカリスマ系女子」として知られていた。

派手なわけでも、目立つ行動をしているわけでもない。

けれど、なぜか彼女の言葉には説得力があり、彼女の意見には誰も逆らえない。

昼休みの班決めも、文化祭の出し物も、ユナが「これがいいんじゃない？」と一言言えば、それで決まる。

（……なんで、みんな私の言うこと聞くんだろ）

ユナ自身も、その理由をよくわかっていなかった。

ただ、最近になって気づいた。

自分の中に、何か“力”のようなものがあることに。

それは、魔王の記憶の残滓。

かつて世界を支配した存在の、無意識の威圧感。

彼女は知らず知らずのうちに、周囲を“従わせて”いた。

そして、その視線が、教室の奥へと向かう。

窓際の席。

そこに座る男子生徒――カイ。

目立たない。話さない。誰とも絡まない。

いわゆる“空気”のような存在。

けれど、ユナの胸の奥には、彼を見るたびにざわつくような感情が渦巻いていた。

懐かしさ。

そして、微かな――憎しみ。

（……あなただけは、私の支配を許さないとでも言うの？）

心の中で、ユナはそう呟いた。

その瞬間、指先がまたピリついた。

まるで、彼に向けて“力”が反応しているかのように。

「……っ、馬鹿なこと考えてないで、授業に集中しなきゃ」

小さく首を振って、ユナは黒板に視線を戻す。

けれど、意識はどうしても、カイの背中に引き寄せられてしまう。

彼は、ただの男子生徒。

でも、ユナの記憶の中では――勇者だった。

魔王と勇者。

かつて敵だったはずの二人が、今は同じ教室で、同じ時間を過ごしている。

そして、誰も気づいていない。

この“日常”が、すでに“物語”の中にあることを。

---勇者の使命と、不可解な引力

カイは、ノートの隅に描かれた剣のスケッチをぼんやりと眺めていた。

細く、鋭く、どこか神聖な雰囲気を纏ったその剣は、彼の記憶の中にある“聖剣”のイメージだった。

（……まただ）

頭の奥に、戦場の残像がよぎる。

血と土埃の匂い。

剣と剣がぶつかり合う音。

そして、目の前に立ちはだかる――魔王。

「――この世界を守らなければならない」

その言葉は、夢の中で誰かに言われたような気もするし、自分自身が叫んだような気もする。

曖昧で、でも確かに胸の奥に刻まれている。

その日以来、カイは変わった。

些細なトラブルにも首を突っ込むようになった。

教室で誰かが困っていれば、自然と体が動く。

いじめのような空気が漂えば、黙っていられない。

「……おい、それ、ちょっとやりすぎじゃない？」

昼休み、男子が女子の筆箱を隠して笑っていた。

カイは、静かにそれを取り返して、何事もなかったように机に戻した。

「え、カイってそんなキャラだったっけ？」

「なんか、最近正義感強くない？」

周囲の声は、どこか戸惑っていた。

でも、カイ自身は止められなかった。

それは“勇者”としての記憶が、彼の行動原理になっていたから。

そして、彼の視線は、自然と教室の前方――ユナへと向かう。

彼女は、どこか“異質”だった。

静かで、落ち着いていて、でも妙に人を惹きつける。

クラスの中心にいるわけじゃないのに、彼女の言葉には誰も逆らえない。

（……あの子、何かが違う）

カイの胸の奥が、ざわつく。

懐かしさ。

そして、微かな――警戒心。

彼女を見るたびに、剣を握りしめた記憶が蘇る。

炎の中で対峙した、あの瞳。

そして、最後に交わした言葉。

「――お前だけは、殺せなかった」

（……ユナ。君は、魔王なのか？）

もちろん、そんなことを口に出すわけにはいかない。

ここは現代日本。都立桜ヶ丘高校。

魔王も勇者も、ただの妄想。中二病の延長線。

でも、カイの中では、確かに“何か”が目覚めていた。

そして、その“何か”は、ユナに向かって、抗えない引力を発していた。

---宿敵か、それとも――

「……またカイ、なんか正義感出してるし」

「いや、別に悪いことじゃないけど……ちょっと痛くない？」

昼休み、教室の隅で聞こえてくる声。

カイは、聞こえないふりをしていた。

けれど、心の奥では、ちゃんと感じていた。

（……俺、イタい奴って思われてるんだろうな）

誰かが困っていれば助ける。

不条理なことには口を出す。

それは、彼にとって“自然なこと”だった。

でも、周囲にとっては“空気を読まない正義感”にしか見えないらしい。

（……でも、やめられない）

それは、記憶の中にある“使命”が、彼の行動を縛っているから。

勇者として、世界を守るために戦った記憶。

その残滓が、現代の彼を突き動かしていた。

そして、彼の視線は、自然と教室の中心――ユナへと向かう。

彼女は、静かで、落ち着いていて、でも妙に人を惹きつける。

言葉に力があり、行動に説得力がある。

まるで、見えない“支配力”を持っているかのようだった。

（……あの子、何かを操ってる）

カイは、そう感じていた。

ユナの言動には、常に違和感があった。

それは、ただの“カリスマ性”ではない。

もっと深くて、もっと底知れない――魔王の気配。

（警戒すべき相手だ）

そう思うのに、どうしようもなく惹きつけられる。

彼女の瞳に映るものが気になる。

彼女の声が、耳に残る。

まるで、運命に導かれるように。

「……君は、俺の宿敵なのか？　それとも……」

その言葉は、誰にも聞かれないように、小さく呟いた。

ユナは、何も気づいていないように、窓の外を見ていた。

カイの心は、記憶と現実の間で激しく揺れていた。

かつて剣を交えた魔王。

今、同じ教室で隣にいる少女。

敵だったはずの存在に、惹かれてしまう。

それは、記憶の残滓か。

それとも、今の自分の本当の気持ちか。

答えは、まだ出ない。

でも、物語は、確かに動き始めていた。

ギャルの皮と、姫の悲劇

放課後の駅前通りは、制服姿の高校生たちで賑わっていた。

ミレイは、スマホを片手に、友達とカフェへ向かっていた。

金髪にピアス、ネイルはパステルカラー。

制服は短く改造済みで、ルーズソックスが完璧なギャルスタイルを完成させている。

見た目は、誰がどう見ても陽キャの頂点。

「マジありえなくない？ あの先生の授業、超だるいんだけど～」

軽快なギャル語で笑いながら、ミレイはスマホを構えて、今日の新作タピオカを撮る準備をしていた。

インスタのストーリーには、すでに「#放課後ギャル活 #映えタピ」などのタグが並んでいる。

けれど、カフェの入り口で、彼女はふと立ち止まった。

そこに立っていたのは――カイ。

制服の襟を少し直しながら、落ち着かない様子で周囲を見回している。

誰かと待ち合わせをしているのだろうか。

その姿に、ミレイの胸が、ひどくざわついた。

（……カイ？）

その名前が、頭の奥に響いた瞬間。

ミレイの視界が、ほんの一瞬だけ、色を変えた。

炎。

瓦礫。

崩れ落ちる城。

そして、剣を握る少年――勇者。

（……カイ。あなたは、私の……）

ミレイは、スマホをそっと下ろした。

ギャル語が、口から出かけて、止まった。

「……っ、なにこれ。マジで、記憶……？」

彼女の中にある“姫”の記憶が、カイの姿に反応していた。

かつて、亡国の姫として、勇者と共に戦い、そして――別れた。

（あたし、ミレイアだった。あの世界で、カイと……）

目の前のカイは、ただのクラスメート。

でも、記憶の中では、彼は“勇者”だった。

そして、自分は――彼の恋人だった。

「……なんで、今さら……」

ミレイは、ギャルの皮の下で、姫としての記憶に揺れていた。

タピオカの甘さも、インスタの映えも、今はどうでもよかった。

彼女の視線が、カイに向けられる。

そして、カイもまた、ミレイに気づき――目を見開いた。

「……ミレイ……いや、ミレイア……？」

その言葉に、ミレイの心臓が跳ねた。

ギャルと勇者。

現代と異世界。

記憶と現実。

すべてが、カフェの入り口で交錯する。

そして、誰もがまだ知らない。

この再会が、ラブコメと修羅場と、ちょっとだけ世界の運命を巻き込む物語の、もう一つの始まりになることを――。

もちろん、春。ここは“記憶の残響が現代の修羅場を呼び寄せる”という、ラブコメの核心にして物語の転換点。ギャルの強がり、勇者の戸惑い、魔王の静かな嫉妬――三者三様の感情が交錯する瞬間を、ライトノベルらしいテンポと感情の揺れで描いてみるね。

---記憶の残響、現代の修羅場

「……あんた、今さら何よ。あたしのこと、忘れてたくせに」

ミレイの声は、軽く、強く、ギャルらしい調子で響いた。

けれど、その言葉の裏には、震えるような感情が隠れていた。

目の前のカイは、ただのクラスメイト。

でも、記憶の中では――彼は、勇者だった。

そして、自分は――亡国の姫。彼の恋人。

炎の中で手を取り合い、そして、別れた。

（忘れたの？　本当に、全部……？）

ミレイの心は、ギャルとしての“今”と、姫としての“過去”の間で激しく揺れていた。

タピオカの甘さも、インスタの映えも、今は何の意味もなかった。

カイは、言葉を失っていた。

ミレイの瞳に宿る“何か”が、彼の記憶を刺激していた。

（……ミレイア。君は、やっぱり……）

そして、その場に、もう一人の視線が加わる。

ユナ。

少し離れた場所から、二人のやり取りを見ていた。

彼女の瞳は、静かに、しかし確かに揺れていた。

魔王としての記憶が、勇者と姫の再会に反応していた。

かつて、自分が滅ぼした国の姫。

かつて、自分が殺せなかった勇者。

（……また、あの記憶が）

ユナの胸の奥が、ざわつく。

懐かしさ。

憎しみ。

そして、嫉妬。

（私には、そんな風に名前を呼ばれたことなんて、なかったのに）

三人の記憶が、現代の放課後に重なり合う。

教室ではない。戦場でもない。

ただのカフェの前で、異世界の残響が、静かに修羅場を呼び寄せていた。

「……カイ。あんた、誰を見てるの？」

ミレイの声が、少しだけ震えていた。

ギャルの皮の下で、姫としての心が、傷ついていた。

「……ユナ。君は、どうして……」

カイの視線が、ユナへと向かう。

その瞳には、迷いと、戸惑いと、そして――何かを確かめたいという思いが宿っていた。

「……別に。通りかかっただけ」

ユナの声は、いつも通り静かだった。

けれど、その瞳は、二人を見つめていた。

まるで、何かを“見極めよう”としているかのように。

記憶の残響が、現代の日常を侵食していく。

魔王、勇者、姫。

かつての因縁が、今の感情を複雑に絡ませていく。

そして、誰もがまだ知らない。

この修羅場が、ラブコメと運命と、ちょっとだけ世界の再構築を巻き込む物語の、真の始まりになることを――。

「あのさ、俺たち、もしかして同じような……変な夢、見てるんじゃないか？」

カイが意を決して切り出すと、ユナが小さく頷いた。ミレイは一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに「マジで？ あたしもなんかヤバい夢見てるんだけど！」と前のめりになった。

そして、カイが提案した。

「だったら、その……『異世界部』とか、どうだ？」

ユナは少し驚いた顔をした後、フッと笑った。

「異世界部……悪くないわね。我が魔王の力を示すには、ちょうどいい舞台になりそうだわ」

ミレイはスマホを片手に、目を輝かせた。

「異世界部とか、超ウケるんですけど！ インスタ映えしそうじゃん！」

かくして、都立桜ヶ丘高校に、世にも奇妙な「異世界部」が発足した。

周囲からは「中二病の集まり」「イタい奴らの溜まり場」と陰口を叩かれるだろう。しかし、彼らにとっては、そこだけが唯一、自分たちの「真実」を語れる場所だった。

魔王、勇者、そして亡国の姫。

記憶が紡ぐ、現代の三角関係ラブコメは、新たなステージへと突入する。

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