189話 千回振っても苦いやつ――青景薬草クエスト! 発毛にも効くらしい
景清のおっさんが、土間の隅で顔をしかめていた。
「安介……ぬぅ、まただ……」
手は胃のあたりを押さえている。
「だいじょうぶか? おっさん」
隠れ家生活の無理がたたったのだろう。時々、ひどく痛むという。
そこへノリがやってきた。
「おっさん、薬あるよ!」
彼女の手には、細い根っこが握られていた。
「これをね、お湯に入れて、こう――振るの!」
「ふ、振る?」
「そう。千回振っても効き目が続く、すごい薬だよ!」
景清のおっさんは、眉をひそめながらも言われた通りに湯の中で根をシャカシャカ振り出す。
そして――ごくり。
「苦いっ!」
……しばらくすると、顔の色が変わった。
「……おおっ? 痛みが引いた!」
その声に、ノリが胸を張った。
「でしょ? うちのばあちゃんの秘伝だもん!」
景清のおっさんは、感激のあまりノリの手を両手で包んだ。
「ノリ殿、恩に着る……ありがたや……」
しばらく離さないほどだった。
(相当つらかったんだな……)
翌日のクエストは――
「薬・クスリ」!
ノリの案内で、俺とハヤテと景清のおっさん、里のみんなで台山へ登った。
いつもの牛小屋へ続く道ではない。
森の奥へと分け入る、細い獣道だ。
「この辺にあるはず……」
ノリがきょろきょろしながら、しゃがみこんだ。
「――あった!」
指差した先には、小さな白い花。
「センブリ!」
ノリの目が輝く。
「安介さん、ほらこの花! 白くて可憐でしょ? でもね、味は……最悪だから!」
「最悪?」
「一本抜いて、手を舐めてみて!」
言われるがまま抜いて、指を舐めた瞬間――
「うっ……うわぁああああ! にっが!!」
思わず叫ぶ俺。
ハヤテが腹を抱えて笑った。
「大げさなんだよ、安介!」
彼も真似して舐め――
「にっが!!!」
結局、同じ顔になった。
牛飼いのじいさんが大笑いしている。
「ははは! それがセンブリの薬効よ。都でも高く売れるんじゃ。
根を傷つけずに掘り取って、縄の間に挟んで吊るして干す。
乾かして市に持っていけば、薬屋が高く買うぞ」
ノリの目が一気に輝いた。
「高く!? じゃあ、いっぱい採る!」
最初はなかなか見つからなかったが、慣れてくるとポツポツ見えるようになった。
ノリは夢中で花を探し、ハヤテが前を走って「こっちにもあるぞ!」と声をかける。
二人とも笑いながら草をかき分けていた。
俺たちが戦を越えて掴んだものは、刀じゃなくて、こういう手の仕事だ。
後ろでは、じい様と景清のおっさんが熱心に何やら話し込んでいた。
時々、大きな声も飛ぶ。
きっと、薬草の管理とか保存の話だろう。
山の風が吹き抜け、どこか遠くでアオ(仔牛)の鳴き声がした。
俺は思わず笑った。
「アオにも見せてやりたいな。ほら、この花。千回振っても苦いやつ!」
ハヤテとノリが同時に叫ぶ。
「うん、それ、絶対飲ませちゃダメ!!」
青景の空に、笑い声が響いた。
◆◆黒猫クロエのニャンノート◆◆
秋吉台には紫色のイヌセンブリと白い花のセンブリが自生しているニャ。
最近は採集は禁止されていますが、以前は近隣の小学校で採集し、薬局に販売していたニャ。
秋に咲いている白いセンブリを抜き、乾燥したものが生薬になるニャ。当薬(とうやく)と呼ばれているようだニャ。薬効は、内用に苦味健胃、胃腸虚弱、消化不良、胃痛、下痢、腹痛、食欲不振。
また外用には抜け毛、ふけ性発毛とされているニャ。
皆さ~ん、聞こえましたか~? 発毛に効果があるようだニャ!!!
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