164話 守護佐々木高綱の重い言葉
青景では午後四時にもなると、太陽が西の山の稜線から消える。
西にそびえる山々が日照時間を短くしている。
そのころ、九郎が走って戻ってきた。
息を切らして、烏帽子を手で押さえながら、顔を真っ赤にしている。
「大変だ、安介。守護殿が──鎌倉から来るって」
俺たちは黙って
しばらくすると、馬に乗った使いが書状を持ってきた。
外の風がひゅうと音を立てると、広間の空気は自然と引き締まった。
朝のうち、広間も土間も掃き清められているが、六さんが再度屋形のチェックをした。
ミサとサワも帰るところを呼び止められた。
料理屋を手伝って湯を沸かしている。
待ち時間は長く感じられた。誰もが自分の影を眺め、心の中で最悪の筋書きを巡らせる。
やがて、馬のひづめが遠くで鳴り、近づき、やがて一団が西からやってきた。
先頭に立っていたのは、まだ若い武者だった。
甲冑に映える顔は精悍で、瞳には鋭さが宿っている。
瞳の中に押し殺した感情が見え隠れした。
名は
頼朝に仕える佐々木四兄弟の末弟であり、鎌倉殿の
従えている武者は数を数えると、五十ほど。派手さはないが、締まった隊列だった。
守護の名にふさわしい風格が、ゆっくりと青景の館に満ちていく。
出迎えはトラさん。
広間には、親父さん(秀通)、じいさまがすでに座していた。
守護殿と数名の侍を案内し、俺は背筋を伸ばして末席に座った。
話は始まった。守護の声は平坦で、だが一語一句に重みがある。
「長門国は
佐々木高綱の言葉は冷たく、だが理が通っている。親父さんの顔がさらに固くなった。じいさまは静かに眉を寄せる。トラさんは無言で拳を握った。
「源氏の味方として壇ノ浦を戦い、地頭となっている
佐々木は一同を見渡した。
「万一、この地で……鎌倉殿に背く勢力、あるいは平家再興を夢見る勢力が現れれば、守護である
広間の空気が一層重くなる。みな、一斉に小さく「は」と返す。
「
じいさまが手を上げ、落ち着いた声で尋ねる。
「年貢は……どう扱えばよいでしょうか」
高綱はゆっくりと言葉を選んだ。
「この荘園、もとは平家の知盛のものだった。今後は鎌倉殿の領地とする。お主ら地頭の職務は、年貢の徴収と輸送の準備だ。年貢の算用、帳面の管理のできる者はいるか?」
じいさまの目が、俺の顔を一瞬捉える。読み書きの得意な者。算術の出来る者。村の中で思いつく顔ぶれが、頭をよぎる。親父さんは一瞬眉根を寄せたが、やがて静かに答える。
「帳面は、名主の
高綱は頷いた。
「年貢は馬関の守護代へ届けよ。ただし、治安維持のために相応の留保を許す。鎌倉殿が人を呼べば、兵糧をもって馳せ参じよ。分かったか?」
次の言葉が、広間中を凍らせた。
「万一、平家の落人が旗を揚げるようなことがあれば─ー私は許さん。お主らの首に関わる問題だ。わしの命令を聞けぬ者は、ここに居場所はないと心得よ。……村の有力者に余力を残すな。里人に武力の温存を許すな。青景一族は、軍事のための力を貯えておけ」
トラさんの口が固く閉じられ、親父さんの手がテーブルを掴む。
佐々木の側近の一人が、むっとした顔で唇を噛んだ。俺は胸の奥が冷たくなるのを感じた。命がかかっている。
「は……」と、我々は揃って返事をした。声は震えていたが、全員がその場で決意を固めたのは確かだった。
佐々木高綱は立ち上がり、短く一礼すると言葉を添えた。
「繰り返す。年貢は馬関の守護代へ届けよ。平家の残党、落人は見つけ次第捕らえて、同じく守護代へ連行せよ。断じて旗揚げさせぬこと。さもなければ、命はないと心得よ」
その言葉は短い獅子の
表向きは「鎌倉の御家人として働け」だが、その裏にはもっと鋭い命題がある──「この地を平家の亡霊から守り、鎌倉殿の意向を体現せよ」という命令だ。
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