158話 竹林に跳ねる紅いたすき
梅雨が明けたようだ。
この時代テレビの情報番組は見られないので、天気は自分で判断するしかない。
天気予報士の九郎は、爽やかに空を仰ぐ。
「梅雨は明けたと思われます。今日は蓑も笠も不要でしょう」
湿った蓑と笠を外に出して干す。
衣類を小川で洗って、竿にかけて干す。
サワとミサも小川で洗濯をしていた。
小川の洗濯場には大きな平たい石があり、その上に乗ると水に濡れずに洗えるのだ。本当によく考えてある。
俺とハヤテは、ジャブジャブと小川に入って衣をごしごし洗ったんだけどね。
親父さんが言う。
「安介とハヤテは今日は竹皮を拾いに行ってくれ。ノリに聞けばどこに竹林がわかるだろう。竹皮は弁当包みやら笠やら草履やらに重宝する。しっかり良い皮を集めて里人にもわけてやってくれ」
竹林に足を踏み入れると、ひんやりした空気が流れてきた。
俺とハヤテと雁丸、いつもの三人組。そこにノリとリクも加わって、今日は五人パーティだ。
「こっちこっち! こっちのえき!」
山のふもとをえきと呼ぶ。
そこに太い孟宗竹の林があった。
ノリが先頭で指さす。若い竹の根元には、茶色い皮が落ちている。
この春タケノコとして生まれ出た若竹は竹皮をつけたまま成長する。
そしてこの夏になった今、竹皮が自然に落ちるのだ。
俺たちはそれをいただく。
「うわ、これか。思ったよりデカいな」
ハヤテが拾い上げた。
梅雨のせいか少し湿っている。
「市に出せば高値だよ。みんな欲しがってるんだ」
ノリが胸を張る。
食事を十分にとれるようになったからか、ノリが急に成長したように見える。後ろに束ねた髪の毛も艶やかだ。
今日はいつもの紅い衣じゃなくて、薄い藍色の衣を着ている。
頭に白い布をかぶり、紅いたすきをかけている。
急に、振り向いたノリ……慌てて目をそらした。……どきっとした。
青竹に貼りついたままの竹皮も引きはがして採集する。
ノリは手の届かない高さの竹皮も欲しがった。
跳びはねて取ろうとするが、ノリの身長では届かない。
ノリが跳ねると紅いたすきも跳ねるのが可愛い。
「届かないよ。雁丸、……あれを取って」
雁丸が笑いながらとってやっている。
俺は竹皮についた落ち葉をぱんぱん叩いて払った。
そして、拾った竹皮を重ねて持った。
たくさん拾うと、手がふさがって持ちきれなくなる。
どうしたものかと考えていると、
「おい、安介。籠に入れろよ!」
雁丸が背負ってきた籠を下ろす。
俺たちは次々と竹皮を詰め込んだ。
ノリが皆が集めた竹皮を同じ向きに重ね直している。
仕事がとても丁寧で、おまけに気が利く。
「こういう採集するって仕事、なんか夢中になるんだよな」
雁丸が竹皮を集めながら言う。
「だよな。……って、俺たちって、いつでも何でも夢中になりがち!」
「そうそう、何にでも夢中になってしまう。そういう性格!」
みんなで大笑いした。
屋形に戻ると土間で仕上げ作業だ。
固く絞った麻布で一枚ずつ拭き、ほこりや落ち葉を落とす。
「ほら、こんなにきれいになった!」
リクが得意げに広げた竹皮は、つやつやしていて見事だった。
「重ねて、板を置いて……重石を置いて……よし、これで真っすぐ平らになるな」
雁丸が丁寧に伸ばしていく。
ここまで作業した竹皮を親父さんに見せた。
「おお。いい具合だ。これでおにぎりを包めば長持ちするし、草履や笠の材料にもなる。里人は大喜びだ。みんなに少しずつ分けてやろう。ノリ、よく竹林を教えてくれたね」
ノリは褒められたのが嬉しくてたまらないようだ。
ノリにとって親父さんは、サンタクロースと同じレベルのヒーローなのだ。
親父さんのおかげで親友一家が助けられ、尽きていた食料も補ってもらえたのだから。
ノリが叫んだ。
「奥山にも竹林がある。ほら、みんな、行くよーー」
ハヤテはひと仕事終わったと思って昼寝の支度をしていた。
「え? また行くの?」
紅いたすきが、跳びはねている。
親父さんに褒められたのが嬉しいんだな。
――2回戦、行くしかないか。
揺れる紅いたすきと黒く艶やかな髪を見て、俺は再び立ち上がった。
ラップもビニールもない時代だけど――俺たちは自然の恵みで、仲間と生きていく。
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