第16話 真相 2
「シズカ……」
魔女アルナは、怒れる目で
すこし離れたところで対峙している黒髪に黒い目、少し薄黒い肌の女性は、アルナに向けて不敵な笑みを見せる。
「アルナさん、怖い顔をしちゃって。一体何をお気に召さないわけ?」
「……」
事件の主犯者の煽る言葉に、銀髪の魔女は押し黙った。
拳を作っている左手が震えていた。
そしてアルナはようやくのことで言葉を口から紡ぎ出す。
「シズカ、ねえなんでこんな事したの。天陽宮の人たちを、アトリエの人たちを巻き込んで……」
「決まってるじゃない。復讐よ」黒髪の魔女は目を細めては応えた。そのさまはまさに悪女であった。「わたしに酷いことをした後宮と、帝室への復讐」
「皇帝陛下に一度『お手つき』されて、側室入りしたあなたが、何故皇帝陛下や妃に復讐なんて……」
後宮に訪れた皇帝陛下は、眼の前に揃った女たちを前に歩き、気に入った女がいればその前で数秒立ち止まる。
こうして選ばれた女は装束や化粧などを施され、皇帝の寝室へ行き、一夜をともにする。
皇帝と寝た奴隷や侍女は「側室」へと昇進し、個室を与えられて新しい後宮の一員として生活をはじめる。さらに寵愛を高めたものは寵姫、夫人などの尊称を与えられ、もっとも高い地位にある者は妃の称号を持つようになるのだ。
その言葉に、魔法通信で交渉の様子を聞いていたシーラやヤーデたちは顔を見合わせた。
「犯人が皇帝陛下の側室ですって……!?」
「そんな情報聞いてないわよ……。ラケン様!?」
ヤーデがラケンの方を向いて問いかけるも。
その当の本人は、無表情、無言で応えずにいた。ただ、わずかに焦りというものが見え隠れしているような気がした。
アルナの問いに、シズカは少し眉尻を上げながら応える。
「ふん、わかっているでしょうに。……わたしはあの陛下にお手つきされながらそれ以降二度と呼ばれることはなく、捨てられた! あの漢はわたしを下級魔族と知って物珍しさからわたしに手を出し、おもちゃにして捨てた! その悔しさを晴らそうとしたまでよ!」
シズカの告白に、シーラたちはもう一度驚き、顔を見合わせた。
人類と敵対する魔族であるが、その下級魔族は、下級になればなるほど、人類に近い種となっていく。
それらの種は人類と交わることもあり、瘴気に耐えられるといったこと以外は、より人類に近い姿になっていったのだ。
「犯人が下級魔族って……。これもまた、初めて知りました……」
シーラが感心するように呟いたが、残りの三人、特にヤーデとラケンは、沈黙を保っていた。
「わたしは帝国の魔王領侵攻の際に、傭兵による略奪で誘拐され後宮に連れてこられ、皇帝にお手つきされ、側室となった。しかし魔族であるわたしはもし子どもを産んでも、ヒトの中にある差別によりその子は次期皇帝にはできない! だから皇帝はわたしを二度も抱かず、捨て去り、こんな辺鄙なアトリエに放っておいた!」
シズカは眼の前にいる魔女を自分の恨んでいる男のように嘲け笑いながら言葉を語ると、一度語りを切った。
そして、言葉を吐き出した。
「……だから、傷つけたの。わたしのいた、天陽宮のやつらを」
銀髪の魔女は魔族の女性の話を聞き終えると、一つ目を閉じ、それからふたたび目を開けると、彼女に相対し、言葉をぶつける。
「……そして貴女は、自分の第一錬金術室物質管理役という地位を悪用し、アトリエからクリスタルの粉末を持ち出し、食品卸売業者大手セルナーズ社長の賄賂などを明かすと脅迫して協力させ、天陽宮に納入する食材にクリスタルの粉末を混入させ、その食事をアレーデ妃たちに食べさせてクリスタル毒を発生させ、結果として側室が一名、侍女が四名、そしてアレーデ妃の御子息であるカレアス皇子が亡くなられた」
アルナも一息つくと、言葉を吐き出した。
「これで貴女は晴れて大量殺人犯よ。裁判にかけられたら当然死刑でしょうね、……裁判があるとしたらの話だけど。それに」
「それに?」
「……何故アトリエのみんなをこんな風にしたの!?」銀髪の魔女はそこで激昂した。「後宮の方々にあんな事をしたのはまだわかるかもしれない。でも、なんで仲の良かったみんなを巻き込んだの!? ……それだけは、わからないわよ!!」
そう叫ぶと、彼女は自らの持つ魔杖を掲げた。魔杖装備されているすべてのクリスタルが一斉に輝き出す。
魔族の女は、怒れる魔女の姿を見て、更に嘲りの笑みを見せた。
「あいつらね、結構聡かったのよ。事件が起きてからしばらくして、室長などが聞いてきたわ。『ねえ、クリスタル粉末の量が減っているんだけど、貴女何か知らない?』と。だから先手を打ったの。口を封じるために」
その応えに、アルナの心のなにかに触れ、彼女の身体から、魔力のオーラが一気に火炎が上がるように一気に吹き上がった。例えるなら、龍の逆鱗に触れたときのように。
そして、一歩一歩力強く、シズカの方へ向かって歩き始めた。
彼女の顔とその気魄に、魔族の顔は余裕の笑みから引きつりのそれへと一瞬で変わり、悲鳴のような声を上げる。
「なっ、なによあなた……! そんなに怒って……! それほどお友達たちが大事だったの!? ねえ!?」
そのように言われてもなお、アルナの怒りを込めた歩みは止まらない。
シズカは前に手を突き出した。そして呪文を発動させ、魔弾を次々と撃ち出す。アルナの足を止めるために。
しかし。
魔弾は彼女の身体の少し離れたところ、黒い魔女装束の直前であえなく弾かれ、明後日の方向へと飛んでいく。
シズカは身体を震わせながら叫び、魔弾を更に撃ち出す。
「止まりなさい……! 止まりなさいったら! ねえっ!!」
それでも溢れる感情を一足一足込めたアルナの歩みを止めるには至らない。
そしてついに。
アルナはシズカの目前に迫った。
そこで彼女は歩みを突然止めた。そして魔族の女と相対し、顔をじっと見つめる。彼女の顔は何者も許さぬという怒りの神の風貌をしていた。
アルナはただただ無言だった。シズカをじっと見つめていた。怒りを込めた表情のままで。
しばらく見つめられたシズカは、蛇に睨まれた蛙ののような引きつった顔をしていたが、突然、笑いだし、
「もー、あたしの負けよ負けっ! ほら、降参するわ! だ・か・ら、仲直りしましょっ!」
そう言ってお辞儀をした。
彼女の豹変に、流石のアルナも面食らった表情を見せる。そして、掲げていた魔杖を下ろしかけた時──、
「んなわけあるかぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
シズカは騙されたな、と言う狡猾な魔物の顔を見せ、隠し持っていた長ナイフでアルナの魔女装束越しに彼女の身体を深々と刺した。
「うっ……」
僅かなうめき声を上げ、アルナはだらんと両手を下ろした。そのままシズカに寄りかかるように倒れ込む。
シズカは両の黒目を細めると、憎々しげに呟く。
「あんただって、邪魔だったのよ……。いつもいつも優秀で。いなくなってせいせいしたわ」
そう言いながら長ナイフを抜こうとするのだが。
ナイフが抜けない。体の奥のところに刺さったのか、力を込めてもなかなか抜けない。
「ぬっ……! くっ……! このっ……!」
顔を真赤にして、シズカは全身に力を込め、アルナの体からようやくのことでナイフを抜いた。そして床にアルナの死体を突き倒す。
「ふぅ……。手間かけさせやがって……。もう歯向かうんじゃないわよ。……死んでるけど」
その時だった。異変を知り、ラケンとシーラとヤーデとアイリーンの四人が室内へと突入した。そして、シーラとラケンが叫ぶ。
「アルナさんっ!」
「アルナっ!!」
騎士が腰の剣に手をかけた、その時であった。
動かないアルナの体から、黒い何かが吹き出した。その黒い煙のようなものは部屋の空気中へと広がってゆく。
「なっ、なに……!?」
シズカがふたたび怯んだ。その時。
黒い影は怪物のような、魔物のような形を取った。そして空中で一度ぐるりと回転すると。
「なっ……!」
魔族の女へと、猛禽類のように急降下し、襲いかかった。
「……!!」
シズカは悲鳴か何かを上げようとしたが、その前に彼女は黒い影に全身を飲み込まれてゆく。
黒い影はしばらくその場で暴れていたが、何かを噛み砕いて飲み込むと、その動きを止めた。
そして、影が、一つゲップをすると、
「あ~、罪人の魂の味は美味かったぜぇ~」
そう言って甲高く笑った。
一連の様子を呆然と見守っていたラケンたちであったが、宮廷騎士が恐る恐る、
「お、お前は誰なんだ……?」
と問うと、影は有るならば平然とした顔で応える。
「おう、あっしは<ジン>。まあ、精霊、ってことにしてくれ。姐さんの魔導脳に住み着いてあれこれ手伝っているぜぇ。よろしくちゃんっ!」
「『姐さん』って……?」
「おおう、これは失礼したぜ。姐さんはつまりはそこに倒れているアルナ姐さんのことだぜ。……いい加減起きたらどうなんです? 姐さん」
そう<ジン>がアルナの「死体」に呼びかけた。
すると。
動かないはずのアルナの身体が、ピクリと動いた。
それからゆっくりと起き上がり、力強く立ち上がる。
そして、直立したままの魔杖を掴むと、はぁ、と一つため息を吐いて、
「あー、痛かった……」
と大きく伸びをした。
まるで一眠りしたかのように蘇ったアルナに、ラケンは唖然として、
「お前、刺されて倒れたんじゃあ……」
そう言って目を丸くする騎士に、
「あー、あたし意識を魔杖側に移して身体操作を遠隔でやっていたから……。何よその目は?」
疑いの目を見せる。
しかし、その目を無視して、
「良かった……!」
そう一言言うと、ラケンは銀髪の魔女のそばに駆け寄ると、そのまま強く抱きしめる。
その声は少し涙声であった。
彼の乱心に、シーラとヤーデとアイリーン、そして抱きしめられたアルナも面食らった顔を見せる。
「ち、ちちちょっと……!」
アルナは顔を赤らめてしばらくそのまま抱きしめられていたが、やがて振りほどくと、こうラケンに応える。
「もう、それほど驚くこともないでしょっ。それよりも、今はやることやらないと」
「なんだ?」
ラケンが首をかしげると、アルナは魔杖を高く掲げた。
すると、彼女の周りに多数の光が生まれた。それはクリスタルの輝きだった。
無数のクリスタルには、それを包むように、赤い円環がぐるりと取り囲んでいた。
その赤い円環から白い光の線が伸び、クリスタル同士を結んでいく。
そして、線がつながると同時に、クリスタルの光が強くなり、同時に動き出す。
空中を飛ぶクリスタルは、ある場所へそれぞれ飛んでいく。
それは、結晶化した人たちが倒れたりしている場所であった。
それぞれのクリスタルが結晶の塊の上空へとたどり着いたのを確認したアルナは、魔杖を
魔杖の各クリスタルが光り輝くと同時に、光が光線を伝わって各クリスタルへと伝わり、クリスタルをより輝かせる。
光を溜めたクリスタル群は、その輝きを扇型の光として放ち、人型の水晶の群れへと降り注ぐ。
すると、水晶の塊から水晶が植物のように生え、光を降り注いでいる各クリスタルへと伸び、つながる。
一体化されたクリスタルはそれを拒むように輝きを増し、光を水晶群本体へと伝える。
そして、各クリスタル、水晶群の光はそれ自体を消すかのように輝きを増し。
光量が頂点に達すると同時に、水晶群が砕け散った。
芸術的にも思える美しさを持って粉砕された水晶群が飛び散った後には。
結晶化された
星座のようにつながっていたクリスタルたちは光を弱め、やがて掻き消えていった。リング・オブ・ハンマーのときのように。
シーラは室内を眺めては、アルナに質問した。
「これ……、みんな、生きているんですか?」
「生きてる。アトリエのみんな、結晶化から元に戻した。間に合ってよかった」
アルナも室内を見合わしては、心底安堵した声で応える。
「この魔装、一体なんなのです……?」
アイリーンが恐る恐る魔女に尋ねる。
魔女はラケンの恋人の一人の方を見ると、家庭教師が勉強を教えるときのような声で説明する。
「これは大規模魔装<星座と
「なんてすごい魔装なの……」
「それほどまでじゃない。私の持つおもちゃを一個晒したまで。たいしたことないわ」
そう言いながら謙遜するアルナであったが、彼女の顔はどこか嬉しそうであった。
その安堵した横顔に、ヤーデは浮かない顔で彼女に尋ねる。
「シズカさんでしたっけ。あの人、魔族だったんですね……」
「ええそうよ。あなたと同じ、ね」
「……」
ヤーデは一旦黙った。そして。続けざまに言葉を紡ぎ出す。
「私も彼女と同じく、帝国軍の略奪で傭兵にさらわれてここに来た。そしてあの日、ラケン様と出会って、今こうしてここにいる。……そういうことよ」
そう言って彼女はふたたび押し黙った。
ヤーデはそれ以上のことは言えないと、アルナもわかっていた。シズカを捨てた「男」のことを悪く言うわけにも行かないからだ。
だから、それ以上追求するまいと、心に決めていた。
「ところで」ラケンはあたりを見廻しつつ口を挟んだ。「そこの精霊が犯人を食っちまったおかげで、取り調べが出来ないぞ。どうするんだ?」
「問題ないわ」
アルナはその言葉を体現するような自信に満ちた顔で応えた。そして宙に浮かぶ怪物に向かって問う。
「<ジン>、もう出来てる?」
「あいよ」
『精霊』はそう応える。すると、闇の身体の中で光が生まれた。
その光は身体から落ちるように出ると、眩しく輝いた。それはクリスタルであった。
「これは」
「あの女をクリスタル化したものよ。これで意識再生魔装を用いれば、魔導情報体として復活させられるわ。これで取り調べはできるでしょ?」
「あ、ああ……。ありがとう」
ラケンは納得行ったのか行かないのかよくわからない顔をしつつ、顔を上下に振った。
これはまだわかっていないようね。あとでお勉強かしら。アルナは内心でため息を吐いた。
その時、部屋の入口の方が騒がしくなり、眩しい光がいくつも飛び込んできたかと思えば、人影が何体か飛び込んできた。
そしてその影のうち一人が大声で問いかける。
「ラケン様! ご無事でしたか!? 事件は!?」
見れば、突入前に見かけた宮廷騎士だった。
アルナは彼に向かって、魔女の笑みで微笑むと、こう告げた。
「……ええ、きっちり解決してやりましたよ。この
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