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足利一門の内紛は、当初平和なものだった。
足利家臣筆頭の高師直と、将軍の実弟直義の対立に端を発したこの戦いは、つまるところ幕府内の地位争いであった。どちらが勝とうが頂点は尊氏、恩賞もない、危機もない。傘下諸将のやる気は皆無だった。
敵も味方も知った顔。ついこの前まで同じ釜の飯を食っていたのである。加えて地位争いという性質上、禍根を残さぬよう過激なことは行われず、降伏すれば所領も命も安堵された。戦う理由はない。
昨日寝返ったやつと実は寝返ってるやつと寝返ってるようにみえて寝返ってないやつがひとつの陣営にひしめいた。こんな状態で殺意など発生しようもなかった。
空気が変わったのは開戦から二年が経った頃のこと。降伏した高師直が弟もろとも殺された。
ふたたび、足利家は分裂した。
今度は誰もが本気だった。負ければ滅ぶとわかってしまった。名だたる武将が幾人も死に、足利直義は、兄尊氏が直々に斬り捨てた。
総大将の討ち死にを受けて陣営は崩壊、言い訳もできぬほどの直義派は領地に逃げ帰り、残りの武士たちは尊氏に頭を下げた。
趨勢は決したとはいえ、直義派の生き残りは手ごわく、南朝勢力も侮れない。粛清を諦めた尊氏は、旧直義派の武将を許す代償として目に見える忠義を要求した。
北陸に根を張る直義派の誅伐、
特に有力で、かつ血縁上直接滅ぼせない今川・畠山・上杉などの足利一門衆は、奥州や九州などの危険地帯に送りこまれた。
足利尊氏の一党は、邪魔者を邪魔者にぶつけることで後顧の憂いをなくし、自派の全戦力でもって京に居座る直冬軍を討伐しようとしている。
圧倒的有利な情勢、それでも尊氏は全戦力を動員した。万が一にも負けないようにするためと、直冬陣営の孤立を世間に知らしめるためである。
足利尊氏は自身に属するすべての武門に参戦を要求した。それは主力が遠征している今川・畠山・上杉なども同様である。
参戦したという事実が重要なのだ。なにも戦力である必要はない。そんなわけで余力のない旧直義派の諸家は、各家の一門を神輿に立てて京の都に向かわせることにしたのであった。
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