第17話 同じ道

 現在は朝の8時過ぎ、来歌はこれから歩いて駅まで向かう。


今日の予定はこうだ、今から電車で島本駅まで行き、カフェで朝食を取る。ギリギリまで奈緒子さんから情報をもらったり、検索して過ごし、ツアー用のバスに乗るために、バス乗り場に向かう。


 奈緒子さんに頼んで、匠海さんから聞いてもらったので、インタビューがあった大体の場所は、把握している。

その場所はツアーの解散場所でもある、入出国管理施設から車で10分くらいの、ナガオカキョという大都市の中の、繁華街に街頭する。

勿論ルナリア国の地図は、こちら側では手に入らないが、ルナリア人がウノに来る前と、地形と地名はあまり変わらないらしいので、昔日本国だった時の、貴重な地図と照らしあわせて確認する。

 この地図も、奈緒子さんが旅行の際に匠海さんからもらったものだ。

そこに奈緒子が、大雑把かつお世辞にも綺麗とは言えない字で、情報を書き込んでくれている。

『ここのクレープ屋は美味い』の横に、花丸が書いてあるのには笑ってしまった。

 チャットをしていく中で、どんどん奈緒子さんの人柄に惹かれいる自分がいる。

このツアーが終わったら、普通の会話をして、普通にまたカレー屋に行きたい。

渚と同じくらい、仲の良い友人になれたらと思うが、相手はどう思うだろか。年をとるにつれ、新しい【親友】を作ることは、だんだんと難しくなるように感じる。


 奈緒子さんと匠海さんが、このツアーに参加した理由もまだ聞けていない。教えてくれる時は、はたして来るだろうか。

 

 そんな事を考えながら、イヤホンを取り出し耳にかける、再生されるのは大好きなあのアーティスト……と思いきや聞こえたのはチャットの着信音だった。


 スマホを見ると、渚からだったのですぐに確認すると「どうしようもなくて参ってる、今日休みだったら会おうー」と書いてあった。

うわー今じゃなかったら、こっちもすぐ会いたかったーっと、空を見上げる。

先日渚から、婚約者と別れたと連絡があり、心配していたので会いたかったからだ。

 参っていると連絡してくるぐらいだから、相当辛いだろう。沢山話を聞いて、一緒にお酒だって呑みたい。なんなら朝までだって付き合きあってやりたい。


しかしこっちはもう35万円を払って、犯罪者になりに行く予定が入っているので、今日会うことは難しい。


 そこで来歌はツアーバスに乗るまでの間、渚と電話をすることにした。


電話をかけるとすぐに

「もしもし、おはよう」

と反応がある。


「おはよう!どうした?大丈夫?一緒に悟さん殴りに行く?」


とわざとテンション高めに冗談をかましてみるが、渚の雰囲気は過去一暗い、電話越しに伝わるほど重い。


 数秒沈黙があったので、やらかしたかもと不安になる。


「ごめん、辛い時に言いす」


「……あのね、悟はもう殴ったの、水筒で」

「え?!」


びっくりして道端で大きな声をだしてしまう。


私が犯罪者になる前に、渚が犯罪者になってしまったんだろうか?


「な、何があったの?!大丈夫?渚は殴られてない?!」


「うん……でも私じゃなくて、別の子が被害にあったんだけど……」


思わずカッとなる。


「はぁ?!あの人めっちゃクズじゃん!」


「うん……それでね、この前さ来歌がルナリア人の男の人を好きになったって言った時に、すごい否定しちゃったの覚える?あの時は本当にごめんね」


そういえば、そんな事あったな、程度にぼんやり覚えていた。

否定されて当たり前の事だし、何より興奮していたので、謝られるほど傷ついたりした記憶はない。


「う、うん……全然大丈夫」


「悟が手を出した子がさ……ルナリア人の子だったんだよね……それでさ、私その子を保護することになったんだけど」


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!!なんでルナリア人の女の子がこっちにいるの?!軍人さんなの?そんな機会ほぼほぼなくない?!」


 家から駅まで歩く間に、こんなに何度も驚くことになるとは思って見なかった。


「説明したいんだけど、長くなるから会って話したい…けど、今日は用事ある感じ?」


「うん、ちょっと用事が……あ、待って」


来歌は、頭をフル回転して、色んな物を天秤にかけてみたり、想像したりしてみる。


「来歌?」


これは、縁と縁が繋がった瞬間なのではないか、と感じる。


今の渚には、私と会ってツアーの話を聞くことが、きっと大事な気がする。


「渚!今からすぐ、島本駅来れない?話が聞きたいし、ルナリア国について、私が知ってることも話せる!!ただそこまで時間はない!」


来歌が少し興奮気味に話すと、渚のはっと息を飲む声が聞こえる。


「行く!絶対!適当なお店で涼んで待ってて!」


きっと2人は今同じ顔、同じ目をしている。


 自分の運命に向かって走り出す足音が、1人分増えることになった。


 カフェの入り口から、渚が入ってくるのを見た来歌は、はっきりと「変わったな」と思った。

渚はあまり寝れていないのか、クマを作っていたが、目はらんらんと輝いている。たぶん自分では気づいてないだろうなとも思った。

 少し腰をあげて手を大きく振ると、いつもの笑顔を見せてこちらに来る。朝イチで「参ってる」と送ってきて、今から、元婚約者を水筒で殴った話を、してくれる女性とは思えない笑顔だ。


「おつかれーい!」


こちらも笑顔を返す。


「お待たせーあっつーい」


と言いながら、渚は手で自分を仰ぎ席につく。

すぐに店のタブレットを手に取ると、アイスコーヒーを注文をしていた。


 現在9時10分、ツアーのバスが来るのが、10時なのでそこまで時間はない、来歌はすぐに話を切り出した。

 

「あのね、9時50分までに決めて欲しいことがあって、何があったか教えてほしいの」


 渚も状況を察した。偶然が重なり家に帰ると、元婚約者がルナリア人を連れ込み、レイプ未遂をしていたこと、ぶん殴って逃げたこと、ルナリア人のプシューを保護して、入出国管理施設まで送り、母親に電話した所までを、流れるように話した。

 話を聞きながら来歌は、目を白黒させたり、怒りに震えたり、手で口元を押さえ、眉をひそめたり忙しい様子だった。


「しんっっじらんない!!あいつ刑務所にいれてやる!!」

などの酷い合いの手は、たいへん来歌らしく、渚はホッとした。


 あまりにも現実離れしたことが自分の見に起き、自分の心の変化にもついていけずに、渚は疲弊しきっていたので、束の間の日常が愛おしいと感じる。


 起こったことを話しきると、渚はアイスコーヒーが入ったグラスからストローを外し、直接ごくごくと飲む。

聞いている来歌も喉が渇き、クリームソーダの溶け切ったアイスをガチャガチャかき混ぜて飲み干し、渚の目を見て労う。


「大変だったね、本当にお疲れさま」


 来歌にまっすぐに言われた事で、心の奥底から弱火で温められるような感覚を感じた渚は、プシューと別れ、帰宅したあと、母から抱きしめられた事を思い出した。

母は

「あなたに何もなくて良かった……本当に頑張ったね」

と泣きながら抱きしめてくれた。

 とんでもない出来事だったが、心から心配して、愛してくれる人がいることを、実感できる機会になったことは間違いない。


 そして渚はプシューにとって、そういう人になりたいと思ってしまっている。


「ありがとう」


親友間では、少しくすぐったいような空気が流れ、それをかき消すように渚が続けた。


「それでね、そこから毎日どうしてもプシューちゃんのことを考えちゃうの、元気かなって。どう見てもPTSDを発症してるように見えたから、気になって」


「うん」


「お父さんと弟に頼んで、同棲してた家の荷物を運んで貰うために、軽トラで行ってもらったんだけどさ、そこにプシューちゃんが用意した手描きのプリントが置いてあって、証拠になるかもって持って帰ってくれたのね……すごい一生懸命書いてあったの……手紙もついてて……もういたたまれなくて」


「うん」


「あの子にもお母さんがいるから、大丈夫って思うようにしてるんだけど、差し出がましいって分かってるんだけど」


「うん」


「もう一度で良いから、どうしても会って話したいと思ってしまって」


「会いたいんだね?!」


 静かに相槌を打っていた来歌が、急に身を乗りだしてくる。


隣の視線を少し感じ、席になおると、同じく視線を感じた渚が小声で返す。


「……もしかして会えるの?」


来歌は渚の目をじっと見つめたまま、コクリと頷いた。

渚が目を見開いて、表情で応える。


「でも絶対じゃない、入国はできるって感じ」


来歌は小声で、今日にいたった経緯を説明すると、今度は渚が驚く番になった。 


「そんなことあるの……?偶然にしては、でき過ぎてるよ」


「私もそう思う、でも渚の話も同じじゃない。今、私達は運命の分岐点にいるんだと思う、ここでこっちの運命に従うかどうかは、渚次第なんだよ」


「こっちの運命?」


「もしルナリア国に行かない選択をすれば、また違う運命があると思うし、きっとそれでも渚は幸せでいられると思う。だって渚だから、それは絶対に大丈夫。でもこっちを選ぶ人生もあるってことだよ」


 話を聞いた渚は、少し黙り込んでしまった。


時間ギリギリまで待っていようと来歌は思った。

自分が時間をかけて悩んだことを、彼女は20分程度で決めないといけない。


「私が行って、何が変わるんだろう……何も変わらないかも知れないよね、会えないかも知れない」


ストローの袋を折りながら、独り言のように話す彼女に、敢えて返事をしないようにして待つ。


「…………」

「……行く!」


来歌の目が輝く。


「当日でも大丈夫かな?」

「バス乗る時に聞いてみよ!」


来歌は興奮して立ち上がり、スマホを鞄にしまったり、店を出る準備をはじめた。

焦りすぎてテーブルで膝をぶつけるも、リアクションの1つもない。


「35万だっけ?当日だから現金かな?銀行で下ろすべき?」


「今の時代キャッシュレス決済でしょ!あ!分割もできたよ!」


「……分割したの……?」 


「…………しないの?」


お互い立ちながら目を見合わせる。


「それくらい貯金しとこうよ」


呆れたように言われると、来歌は目を反らしレジに向かった。

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