あの日の少年

「この人形、本当は君に――」

「おい!お前たち何してるんだ!」

 竜巻の音を聞いたのか見たのかは分からないが、教師が数名裏庭へと出てきた。

「ちがっ!これはAクラスの生徒の人にっ……」

「誰がやったんだ!これは!」

 先生の一人が裏山の寂し気な木々たちを指差した。

「わっ、私が……」

 ハレアは目を逸らしながら小さく手を挙げた。

「一年生はまだ魔術の実践は許可されていないはずだぞ!仮にも伯爵令嬢の君がこんなことを……。なんの魔具を使ったんだ!」

「いえ、魔具は……」

「そんなわけがないだろ!これほどの規模のものが――」

「あっ!あのっ!」

 それまで身を潜めているかのように大人しかった黒髪の少年が口を開く。

「ぼっ、僕の作った魔具が壊れちゃったみたいで……。それで……」

 教師陣は「はぁ……」とため息をついた。

「君もSクラスの生徒なんだから問題は極力起こさないようにしなさい」

「とりあえず、二人は反省文の提出を命じます」

「「……はい」」

 このことが起こって以来、ハレアはBクラスでありながら『伯爵令嬢のお転婆娘』として教師陣から目を付けられるようになった。


 それからは人形の持ち主である彼とは会うことはなかった。AからCクラス合同で課外授業が行われることはあっても、Sクラスの生徒はそれには参加しないからだ。

 次に彼に会ったのは竜巻事件の二年後、ハレアが魔術学校三年生になった時だった。


―――


「あっ!あの時のお人形の!」

 校舎脇には今はもう使われていない噴水がある。水は枯れ、落ち葉が積もっている。

 ハレアがその場所に行くとかつての黒髪の男の子がいた。制服のローブも靴も顔さえも土だらけだった。

「あっ……」

 彼はハレアを見て目を逸らした。

「覚えてないよね。入学早々あっちの山で竜巻起こして反省文書かされた――」

「覚えてるよ……」

「そっか!良かった!あれ以来全然会わないからどうしてるのかなって思っていたの!」

「そ、そう……」

「で?どうしてそんなに汚れているの?」

「これは……、土を掘る魔具を……」

「使っていたの!?」

「うん……。作ったから試しに……」

 彼は右手に先端が尖っている数本の刃が三角錐状になっている魔具が装着されている。

「作ったの!?すごい!」

「うん……」

「見たい!使っているところ見せて!」

「まだ改良前だから周りに土が飛び散るから……、汚れるし……」

「別にいいじゃない!洗えばいいんだから!」

「じゃあ、ちょっとだけ……」

 彼は右手の魔具を地面につけた。すると「ガガガガガガッ」と凄まじい音を出して穴を掘っていった。彼の右腕がほぼ土の中に埋まり、見えなくなったところで魔具は止まった。

 辺りには土や小石が飛び散っている。ハレアのローブや足も泥でいっぱいだ。

「ごっ、ごめんなさい……。汚しちゃって……」

「いいのいいの!せっかくならここで洗っちゃお!」

 ハレアはそう言ってローブを脱いだ。

「えっ、ちょっ……」

 突然のことに黒髪の少年は焦った。

「ほら!ローブ脱いじゃって!泥は固まると面倒だし!」

 ハレアの後ろから差し込む太陽の光が異様に眩しかった。彼は言われるがままにローブを脱いだ。

 ハレアは自分のと彼のローブを抱え、使われていない噴水の脇に置いた。

「ここに水溜めちゃお!私、水魔術の家系だから水を出すのは得意なの!」

 そう言いながら、ハレアは噴水の中に入り溜まっていた枯れ葉やゴミを噴水の外へと出し始めた。

「どうして、こんなとこに来たんですか?ここ誰も通らないから……」

 少年は右手の魔具を外しながら小さな声で質問をした。

「今ね、Bクラスの子とかくれんぼしてたの!ここなら見つからなそうじゃない?」

 ハレアは無邪気な笑顔でそう返した。透き通る湖のような綺麗な瞳だった。

「かくれんぼ?」

「そう!次は君もしない?」

「僕は……いい……」

 彼は下を向いた。

「そっか~、楽しいのに~!」

 ハレアは頬を少し膨らました。

「あっ!魔具作れるのよね?」

「うん……。一応……」

「じゃあ、体を透明にできる魔具とか作れる?あったらかくれんぼ最強じゃない!?」

 ハレアは噴水の外側で座っている男の子の顔を覗き込むように、顔を近づけた。キラキラとした期待の目だ。

「作れるかは分かんないけど……。作ってみようかな……」

「ほんと!?じゃあ、できたら教えてね!約束よ!」

 ハレアはそう言って彼の両手を握った。

「約束は小指だったでしょ……」

 男の子は少し驚きながらそう言った。

「そうなの?じゃあ、小指!」

 ハレアは右手の小指を彼に突き出した。彼は少し寂しそうな顔をして小指を繋いだ。

 彼の表情とは裏腹にハレアはとても満足そうな顔をしている。


「覚えてないんだね……」


 彼はハレアに届かない声でそう呟いた。


「よし!水を張るぞー!」

 ハレアは噴水の中からぴょんっと飛び出した。そして慣れた様子で指をパチンッと鳴らした。すると噴水の中に水がたまり始めた。

「今のうちに洗っちゃお!」

 そう言いながら、ハレアは二人のローブを水に浸し始めた。水は泥で濁ったが、下から水がどんどんと湧いて出てくるため、すぐに透き通って綺麗になった。しかし、水はどんどんと湧いてきて噴水から溢れても止まらなかった。

「ハレア!水止まんないよ!」

 男の子は少し焦ったような声でハレアに伝えた。

「えっ!?ほんとだ!!!」

 ローブを洗うのに夢中になっていたハレアはそこで水が止まらず外にあふれ出し、校舎の方まで流れているのにそこで初めて気づいた。

 ハレアは焦って「パチンッ――」と指を鳴らしたが、その音でまた勢いを増したように噴水から水が溢れ出した。

「ちょっ!うわっ!昨日石壊すのサボっちゃったからかも!えっ!どうしよ!」

 周りは水浸しになり、校舎の下にまで水が入り込んだ。

「やばっ!バレる前に逃げよ!」

 ハレアはびしょびしょのローブを男の子に渡し、手を握ってその場から走り去った。


 結局このことは教師陣に即ハレアの仕業だとバレてしまい、また反省文を書かされる羽目になった。


 ハレアはこの日以降、黒髪の彼、リールとは学校内で会うことはなかった。リールはこの後すぐに学校を辞めてしまったからだ。

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