第二話_あの蝶を追え!_一
一:狐と狸の化かし合い
山道は静まり返り、ただ風が笹を揺らしていた。
若い忍びは肩で息をしながら足を止める。後方からは仲間が仕掛けた囮作戦の合図が、かすかに響いてきた。
囮が走れば待ち伏せの連中が食いつく。
だが、それは互いに承知の上の駆け引き――まさに狐と狸の化かし合いである。
囮に追手が釣られれば突破の糸口。
戻って来れば「引き分け」。
戻らなければ「負け」。
もっとも「負け」といっても、必ずしも捕らえられたり討たれたりしたとは限らない。どこか別の拠点に辿り着いたかもしれない。だが人数が減るということは、それだけで情報を伝える役目の力が削がれる――任務の意味では、やはり負けなのだ。
若手も一度だけ囮を務めたことがあった。戻れたのは、ただ運が良かっただけ。最古参の忍びをはじめ、古株たちからは「甘い」と手厳しい評価を受けた。だが若手は甘んじて受け入れている。
というのも、今回の包囲は桁違いだった。主動線の封鎖、側面からの展開、狭間の隠れ場潰し、脱出経路の先回り――蟻一匹通さぬ構えだ。
その分、こちらも人員を惜しみなく投じていた。若手が囮に駆り出されるほどの総力戦。互いに死力を尽くした馬鹿試合――そう誰かが吐き捨てた言葉が、若手の耳に妙に残っている。
疲労を引きずりながら、それでも伝えるべき秘密を知る最古参の隣を走る。もはや残るのは二人きりであった。
一方、追いかける側の頭領もまた苛立っていた。
最大級の人海戦術を敷いているというのに、敵の囮の数を読み違えていたからだ。
――やつら、一体何人を囮に使っている?
怒鳴り出したい衝動を抑え、苦虫を噛み潰す。
依頼主から与えられた命は「全員逃がすな」ただそれだけ。敵が何を伝えようとしているのかは知らされていない。
だが、労力に糸目はつけない。報酬も破格。
だからこそ任務を受けた。だが今や、囮の数に翻弄され、逃走側の執念に振り回されている。
捕えるべきは残り二人。その片方が、かの老忍びだと判明した以上――迷う理由はない。
夜の闇を得意とする「射手」を投入する。
そう決断した頭領の胸には、不気味な期待と、言い知れぬ焦りが渦巻いていた。
夜風が冷たい。笹の葉の揺れが音を呑み、追う者も追われる者も、互いの気配を探る。
古参の忍びは耳を澄まし、距離を測る。
矢の射程は常識の範囲なら届かぬはず――そう踏んで、暗闇に紛れ、狭い間隙を渡ろうとした。
しかし、闇を裂く乾いた音が迫る。
常識を超えた射程。夜の射手の矢だ。
「――!」
最古参は反射的に若手を突き飛ばした。
二につづく
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