張りぼての白馬の王子様

田鶴

第1話 虐げられた令嬢

 リーゼロッテは擦り切れた下女のお仕着せを着てファベック伯爵家の屋敷の掃除をしていた。その手はあかぎれで酷く荒れていて割けた皮膚からは血が滲み出てきている。


「いっ……」


 モップを手で絞ると、傷にしみて痛い。モップを手で絞らなくてもいい新しいタイプのモップとバケツのセットは、ファベック伯爵家にはない。そのぐらい買うぐらいの余裕が伯爵家にないはずはない。だから欲しいと頼んだら、リーゼロッテは生意気だと背中を鞭打ちされてしまった。その後、鞭打ち傷が化膿して熱が出ても寝込むことすら許されず、働かされた。


 リーゼロッテは、現当主の伯爵エーリヒが手をつけた侍女との間に生まれた娘である。妊娠に大激怒した正妻フラウケにリーゼロッテの母カーラは追い出されそうになった。だがエーリヒには当時まだ子供がおらず、息子が生まれるのを期待してカーラを伯爵家に残した。その割にエーリヒはカーラの待遇を全く気に掛けず、フラウケが妊娠中のカーラをこき使っても素知らぬ顔をした。そのせいであやうく母子共々死にかけ、カーラは産後、寝たり起きたりの生活になってしまった。それなのに母娘はフラウケにこき使われてカーラはリーゼロッテが10歳の時にとうとう亡くなってしまった。


 フラウケには長らく子供ができなかったが、リーゼロッテが7歳の時にようやく娘ヘドヴィヒを生んだ。それが難産でそれ以降、フラウケは子供を産めなくなってしまった。エーリヒは妻に内緒で色々な女を抱いているようだったが、リーゼロッテの母以降、愛人達にも子供ができる事はなく、リーゼロッテは政略結婚の駒として伯爵家に留め置かれた。


 でもその割に待遇は悪いままで使用人同様の生活をリーゼロッテは送り続けざるを得なかった。エーリヒは、政略結婚の駒として使うつもりの割にリーゼロッテに関心がなく放置した。リーゼロッテは、継母フラウケと異母妹ヘドヴィヒにいびられてこき使われ、貴族令嬢としての教育も受けられなかった。


 貴族の子女は、通常15歳で社交界デビューするが、リーゼロッテは15歳になってもデビュタントボールに参加させてもらえず、翌年もそのまた翌年もずっとデビューできないままだった。正妻フラウケが『こんな貧相な娘を参加させたらうちの恥になります』とエーリヒを説得したからだ。エーリヒも貧相な姿の娘を政略結婚の駒として使うのは無理と現実を認めざるを得なくなり、妻子がリーゼロッテをこき使うのを黙認した。リーゼロッテは、いつしか結婚適齢期の20歳を超えて22歳となり、嫁き遅れと言われるようになってしまった。


 リーゼロッテは、別に結婚しなくてもいいと思っていたが、フラウケはたまにしか来ないリーゼロッテへの縁談を潰す癖に娘ヘドヴィヒと一緒になって『嫁き遅れの穀潰し』と罵ってリーゼロッテをこき使った。

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