第5話 秘密の共有、見つめ合う瞳
結月との夜を過ごして以来、吾郎の日常は少しだけ、しかし確実に変わってしまった。それは、家族の温かさに包まれながらも、彼と結月の間にだけ存在する、甘く危険な秘密という名の空気だった。
週末の夜、結月はいつも通り実家に帰省していた。リビングのソファーには、父の隆が奈央の隣で微笑み、三つ子の姉たちとテレビを観ている。吾郎は、その温かく平和な家族の風景の中にいながらも、結月の存在を強く意識していた。結月は吾郎の少し離れた場所に座り、携帯を眺めている。だが、ふとした瞬間に、二人の視線が交わる。
その視線は、ほんの一瞬だったが、吾郎の心臓を強く、速く打たせた。それは、互いの間に交わされた行為を思い出し、再び熱を帯びるような視線だった。結月もまた、吾郎の視線に気づくと、少しだけ顔を赤らめ、すぐに携帯へと視線を戻した。そのわずかな仕草の中に、二人にしか分からない、秘密の共有者としての特別な感情が宿っていた。
吾郎は、その秘密の関係に喜びを感じる一方で、両親や三つ子の姉たちの前で平静を装うことに、深い罪悪感を抱き始めていた。特に、父の隆が穏やかな笑顔で結月と話しているのを見ると、吾郎の胸は締め付けられるような痛みを感じる。
夕食の時間も、その緊張感は続いた。食卓に並んだ料理を囲み、賑やかな会話が弾む。
「結月姉さん、最近また一段と綺麗になったね!都会の水は違うのかな?」
明るい性格の皐月が、無邪気にそう言う。その言葉に、吾郎は思わず手に持った箸を止めかけた。
「あら、そう?ありがとう、皐月。でも、そんなことないわよ」
結月は上品に笑いながら答える。しかし、その声はほんのわずかに震えていた。吾郎は、結月が自分との関係を意識していることを感じ取り、居た堪れない気持ちになる。
隣に座っていた芽依が、心配そうに吾郎に声をかけた。
「吾郎くん、どうしたの?あまり食べてないみたいだけど」
「え、ああ、大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけ」
吾郎はそう答えたが、芽依は吾郎の様子をじっと見つめていた。そのおっとりとした瞳には、吾郎の異変を察したような、鋭い光が宿っているように見えた。
食事中、吾郎と結月は直接的な会話を交わさなかった。しかし、視線が交わるたびに、二人の間には秘密のメッセージが交わされていた。それは、甘く、そして苦しいメッセージだった。
食事が終わり、片付けを手伝おうと吾郎が立ち上がると、結月も立ち上がった。
「吾郎、ちょっとこれ運ぶの手伝ってくれる?」
結月は、他の姉妹には目もくれず、吾郎にだけ声をかけた。吾郎は、少し戸惑いながらも、結月の後を追ってキッチンへと向かった。
キッチンに入ると、結月は静かに扉を閉めた。二人の間に、再びあの甘く危険な空気が流れる。
「吾郎、ごめんなさい…」
結月はそう呟くと、吾郎の腕にそっと触れた。吾郎は、その手の温かさに、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「姉さん、どうして謝るんだ?」
吾郎がそう尋ねると、結月は悲しげな瞳で吾郎を見つめた。
「だって…私たち、家族なのに…」
その言葉は、吾郎の心臓をまたもや締め付けた。吾郎は、結月の言葉に何も返すことができず、ただ結月を抱きしめることしかできなかった。
結月は、吾郎の胸に顔を埋め、小さく嗚咽を漏らした。その嗚咽は、彼女が抱える罪悪感と、吾郎を求める気持ちが混ざり合った、複雑な感情の表れだった。
吾郎は、結月の震える身体を抱きしめながら、彼女の髪に唇を寄せた。
「大丈夫だよ、姉さん…」
その言葉は、結月を慰めるための言葉だったのか、それとも自分自身に言い聞かせるための言葉だったのか。吾郎には、もう分からなかった。
リビングから、三つ子の姉たちの賑やかな声が聞こえてくる。その声は、二人の秘密を暴こうとするかのように、キッチンの扉を叩く。吾郎は、その声に気づき、結月を抱きしめる腕に力を込めた。
この秘密の関係が、家族の温かい日常を、ゆっくりと、しかし確実に壊していく。吾郎は、その恐怖と、結月との間に生まれた、抗えない快楽の間で、深く、深く揺れ動いていた。
夜が更け、リビングの明かりが消えた頃、吾郎は自分の部屋のベッドで目を覚ました。隣には、静かに眠る結月の姿。彼女の身体からは、微かに汗の匂いがした。吾郎は、結月の髪をそっと撫でながら、もう一度、彼女を深く抱きしめた。
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