第4話 記録の残骸

少女の亡骸のそばに、しばらく座り込んでいた。


風が吹いていた。重く、冷たい風。

何も語らないこの世界は、彼の存在さえ拒絶しているようだった。


レンは立ち上がる。

これ以上、誰かを死なせたくなかった。

だがそれと同時に、思い始めていた。


──俺は、何者なんだ。


なぜ自分だけが生き延びて、なぜ自分だけが人を死なせてしまうのか。

あの化け物のような存在は、なぜ俺を見て逃げた?


何もかもが、謎だらけだった。


「……なら、戻るしかないか」


レンの足は、自然と“あの場所”を目指していた。


かつて、自分が育てられ、閉じ込められていた監禁施設。

記憶の奥に沈んだ、鉄と白い光の匂いが蘇る。

答えは、あそこにある──そう確信していた。


数時間後、レンはその建物の前に立っていた。


荒廃したコンクリートの塊。

壁にはヒビが入り、所々が崩れ、入口の自動ドアは完全に沈黙していた。


だが──不思議だった。

この崩れ方は、他の廃墟とは少し違う。


あちこちを回ってきたレンにはわかる。

これは「自然に老朽化した」ものではない。

意図的に、破壊された痕跡。まるで“何か”を隠そうとしたかのような……


静かに扉を押し、施設の内部に足を踏み入れる。


自分がずっといた部屋は、既に瓦礫に埋もれていた。

モニターも、ベッドも、床もぐちゃぐちゃだ。

だが、足元に転がっていたひとつの端末が、微かに青く点滅していた。


「……動いてる?」


拾い上げると、端末の画面に1行のメッセージが表示された。


『認証完了──第3層制御室へ誘導開始』


「第3層……?」


記憶にはないフロア名だった。

そんな名前、知らない。少なくとも自分がいた範囲にはなかった。


床に続く細いレールに、光が流れる。

レンはその道を、ゆっくりと辿っていった。


地下へ、地下へと降りていく。


鉄の階段は軋み、空気は乾ききっている。

何重にもロックされた扉を、端末が次々と開いていく。

そして、扉の先──


広がっていたのは、壊された制御室だった。


無数のモニターが砕かれ、配線がむき出しになっている。

床には液体のような黒いシミが、あちこちに残っていた。

レンはその中央にある、台座のような場所に目を向けた。


そこには、亀裂の走った“円形の枠”があった。

岩のような金属でできた台座の中に、空間がわずかに“揺れて”いる。


「……これは……?」


視線を近づけた瞬間──空間が、ねじれた。


ズズッ……と耳鳴りのような音が響き、

レンの視界が歪み始めた。


「やば──」


そう思った時には、もう遅かった。


重力が反転したような感覚。

足元が崩れ、体が引きずり込まれる。


「っくそ……!」


叫ぶ間もなく、レンの身体は“裂け目”に吸い込まれ──


視界が、真っ白に染まった。


目を開けた瞬間、

彼は温かい日差しに包まれていた。


花の香り。鳥の声。風の音。

街には人々の笑い声が溢れ、子どもたちが遊び回っている。


──ここは、どこだ?


荒廃も絶望も、何もない。

穏やかすぎる世界が、そこにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る