祈りは、世界を壊してから

祈凪

第1章 捨てられた地にて

第1話 目覚めの檻(おり)

「外に出たいと思ったことはあるか?」

少年の頃に聞かれたその問いに、僕は、ただ静かに首を振った。


目を開けたとき、世界は静かだった。

それは恐ろしいほどに、完璧な静寂。誰もいない、何もいない。


ここは——外だ。

僕が二十年閉じ込められていた“施設”の外。

政府の管轄区域、感染隔離区域、あるいは“人間の檻”。


僕は、そこから「解放された」のだ。

突然に。何の説明もなく。


部屋の扉が開いたのは、数時間前のことだった。

鉄の扉はまるで、自動ドアのように静かに開いた。


誰もいなかった。

職員も、監視員も、医師も、あの白衣の“人形たち”も。


ただ、扉の先にあったのは「外界への階段」だった。

その瞬間、僕の中で何かが弾けた。

それが恐怖なのか、期待なのか、寂しさなのか、未だによく分からない。


階段を昇り、空を見た。

空はどこまでも青く、どこまでも虚ろだった。


そして気づく。

“誰も、生きていない”。


辺りに広がるのは、ひび割れたアスファルトと崩れかけた建物、

空中を漂う白く濁った粒子。

……ああ、これは。


「ウイルスか」


僕はそれを知っている。

いや、知りすぎている。

なぜなら——


このウイルスは、僕のまわりに集まってくる。

まるで、僕を“守るように”。

まるで、僕を“崇めるように”。


でも、僕自身は一度も感染したことがない。

この二十年間、何度も、何度も、“発症実験”をされたのに。


だから人は僕を「災厄」と呼び、

そして、「神」とも呼んだ。


どちらでもいい。

それが“僕の存在理由”なら。


でも、知りたい。

どうして僕だけが生きていて、他の人間はいないのか。


どうして今になって、僕は「外」に出されたのか。

どうしてこんなにも、胸が空っぽで、

それでも誰かの声を、あの少女の声を、求めてしまうのか——。


『レン』


空耳だった。

でも、確かに僕の名を呼んだ。

彼女の声だった。

あのとき、施設で、唯一、僕の手を取ってくれた少女。


「……ユナ?」


声に出して呼んでみる。

返事はなかった。


それでも、僕は歩き出す。

この“滅びた世界”の中で、

たったひとつ、確かに覚えている名前を、胸に抱いて。


それが、僕の——


生きる理由だった。

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