Dual Chronicle Online 〜魔剣精霊のアーカイブ〜

杜若スイセン

Ver.0-1 戦いの始まり、《天竜城の御触書》

1.突撃! アノ人の家族!

 VRMMORPG。過ぎ去った平成の時代から人々、特にゲームプレイヤーたちから夢想され、しかしこれまで世に実物のなかったゲームジャンル。VR機器によってプレイヤーの五感を没入させ、仮想の異世界で冒険や生活を行うオンラインロールプレイングゲームだ。

 実例がひとつもないのにゲームジャンルとして確立されているのはおかしなことかもしれない。しかし事実としてこのジャンルは存在しているのだ。実在のものとしてではなく、それを題材とした架空の創作物で。

 しかし最近になって、時代が追いついてきたのだ。フルダイブ型VR機器は家庭用での市販も始まっている。当然、誰もが待ちわびるというもの。

 かくいう私もその一人だった。初めてその手の話を読んだ小学生の頃、当時はまだ機器も今ほど発展していなかったから、それはもう強い羨望を抱いていたものだ。私もこの小説の世界に生まれていれば、と。

 なにしろ、幼少期の私はひどく病弱だった。一年の半分以上は病院にこもりきりで、命の危機にも何度か瀕している。


 そんな生活の最中、ふと出会ったそんな夢の世界に妄想を膨らませないはずがなく。ただ、私にとってそれは圧倒的リアリティのゲームでも、さながら異世界に降り立つような高揚でもなかった。ただ、自由に動き走り回りたい。体調のいい時でも十数分の徒歩登校にすら耐えられなかった当時の病弱小学生にとって、仮想の肉体そのものが夢の存在だったのだ。

 中学生の頃に病院生活は卒業しているけれど、憧れは形を変えて続いていた。いつか作られると信じた本物のVRMMOを夢見て、ついには従来型のMMORPGへ手を出すくらいには。










 そんなことを考えていたのは、夕飯を終えて漠然と見ていたテレビのCMが原因だった。

 世界初のVRMMORPG、今夏サービス開始予定。これまで世に完成品がなかったゲームが、いよいよ現代の技術で創造できるようになった。

 そしてこれ、私としてはもう一つ気になるところがあった。制作会社である九津堂に、親しい友人の父親がエンジニアとして勤めているのだ。詳しく聞いている話ではないんだけど、なんだか縁を感じるというか……。






 端末でいろいろと検索してすっかり没入していたところを、突然鳴ったPCに意識を引き戻された。

 今、自宅には私一人きり。企業のトップである父は大きな仕事が入って忙しく、歌手兼タレントである母と人気女優の妹は今頃バラエティ番組のスタジオだ。というか、二人の出演する生特番を見るためにテレビをつけているところだった。

 だけど、鳴り出したのはチャットアプリ『disconect』で、相手は出演中のはずの妹。しかもビデオ通話だ。すっかり意識から外れていた画面に目を向けると……。


『突発企画:突撃! アノ人の家族』


『楽しみですね、どんな美少女が出てくるのか』

美音みおさんの娘さんで、シオンちゃんのお姉さんでしょ? もう間違いないやろ』

『お姉ちゃんもやっぱり美容には気を遣っているんですか?』

『はい、私と同じくらいは』


 ……さて、状況を整理してみよう。

 番組表にも本人達から聞いていた内容にもないサプライズ企画。そのまんまの企画名。そしてシオン紫音は私の妹、美音とは我が母だ。

 そして何より、紫音はもう何年も私を表舞台へ引っ張り出そうとし続けていた。


 妹よ、さては嵌めたね?








 突然の異常事態にフリーズしかけた私だったけど、すっかり冴えて回った頭はすぐに思い直した。この番組は全国ネット、しかも週末のゴールデンタイム。何千万人いるかわからない視聴者を、これ以上待たせるわけにはいかないだろう。

 寝耳に水もいいところだけど、これで私が居留守したら困るのは母と妹なのである。


 深呼吸ひとつを落としてdisconectを開く。さすがに服装は普段着だけど、外行きに出ても恥ずかしくない格好はしている。

 余所行きの表情を作って、いざ。


「はい」


 おお、と絵に書いたような感嘆音が聞こえた。スタッフさんのモニターとリビングのテレビから。そんなに驚かれるようなものでもないと思うけど。


 紫音の背中まで伸びた鮮やかなライトブラウンのストレートに対して、私の髪は明度の低いアッシュブラウンのセミロング。紫音のぱっちりとした大きな瞳と比べると、私のそれはやや冷たい印象を与えがち。

 顔のパーツはともかくとして、髪や瞳は本当に年子の姉妹なのか疑わしいほど似ていない。別に私が醜いわけではないけれど、どちらが芸能界受けするか、一般的に目を惹きやすいかは明らかというものだろう。

 そもそも私、カメラ映えする妹と並ぶと姉妹を逆に見られるようなちびっ子だ。身長もその他いろいろなところも、病歴の影響なのかかなり発育がよろしくない。一人でいて高校生に見られることはほとんどないし、小学生と間違われたことも一度や二度ではなかった。


 それでも彼らにとっては上出来だったらしい。通話先として映るテレビと同じ画角の中のMCはいかにも目論見通りといった様子で表情を緩め、改めて口を開いた。


『初めましてー。テレビ暁の××××という番組なのですが、九鬼くき朱音さんでお間違いないでしょうか?』

「はい。九鬼朱音あかねといいます。紫音は私の妹です」


 今度は息を呑むような様子を見せ始めた。だんだん不安になってきたんだけど、私は今何かをしただろうか。


『今、『突撃! アノ人の家族』という企画を行っているのですが……』

「ああ、大丈夫です。拝見していましたから」


 配信越しでコミュニケーションは事足りるし、遅延もある。それに音が入ってしまったらよくないから、つきっぱなしだったテレビは手早くリモコンを取って消しておく。


 たぶん本来は事前にアポイントメントを取っておいて、突然を装うだけなのだろう。私のところには本当に予告なしで来たけど……まあ、あの母と妹はこういうことにすら対応できるよう私を鍛えていた。私としても困ってはいない。

 まあ、企画の趣旨から話の流れはだいたい察している。出演者の家族に突撃して困らせながら、赤裸々な暴露をしてもらって出演者本人もお返しを受ける流れだろう。

 なぜか満足げな紫音を困らせてやりたいのは私も同じ、乗ってあげようじゃないか。


『ではまず朱音さんにお聞きしたいのですが』

「はい」

『朱音さんは、スカウトなど受けたことは』

「いきなりそれを聞きますか? ええと……実は二、三度ほど」

『では、お断りに?』

「はい、体が弱くて。昔は病気がちだったんです」

『そうでしたか……今はお元気そうですが』

「もう完治しているのですが、まだ全く体力がないので」

『仕事さえ選べばもう大丈夫だと思うんだけどなぁ』


 妹の私に対する過大評価はいつものことなので流すとして。


「……あとは、少しだけ紫音へのコンプレックスも。あれだけテレビ向きの妹が近くにいると、どうしても」

『えっそれお姉ちゃんが言うの』

『自己評価を上げろとはいつも言っているんですけど……』


 笑い声があがるスタジオ。この母娘、ひな壇とダイニングテーブルを間違えているかもしれない。

 あと紫音、キャラ剥がれてる剥がれてる。


『では次に、シオンさんについて教えていただけますか?』

「はい。紫音のことはよく知っていますから。可愛いところも、恥ずかしい行動も」

『えっちょっと、お姉ちゃん?』





・・・

・・





 ……で、出演が終わったあと。


『彼女、明日にはスカウトが届いているんじゃないですか』

『争奪戦になりそうですね。家族のいるところが強そうですけど』

『お姉ちゃん、そのうち一緒にお仕事しようね!』

『なんか、ええんかって流れやったけど……本人が嫌そうやなかったしええか』


 うん、盛り上がっているのはいいことだ。それが私の話題でさえなければ。あとバラエティにあるまじき芸能界の裏事情が深く絡んだ話でさえなければ。

 一応見ておいたんだけど、ネット上の反応も似たようなものだった。……正直、困惑しかない。

 高校の卒業と内部進学を控えている私だが、果たしてこのまま普通の女子大生になれるのだろうか。












 結論から言うと、無理でした。そりゃそうである。

 翌日、ポストから封筒が溢れていたんだ。……昨日の今日なんだけど。例外なく速達郵便で苦笑も枯れてしまいそう。


 とはいえ、結果は結果。プロは私に価値を見たと、そう解釈するほかにない。そして私とて人間、褒められて嬉しくないわけはないのだ。

 そして何より、今ここにあるお誘いは私の病歴と体力を知った上でのもの。少なくとも母か妹に話が通っているはずだ。

 つまり正直なところ、断る理由が特になかった。紫音あたりは勘違いをしているようだけど、私も可能であるなら芸能界への憧れくらいはある。いろいろと苦労してきた母妹を間近に見ている分、やや冷めた視点なのは否定しないけどね。


「とりあえず、開けてみたら?」

「他人事だね、紫音」


 というわけで片っ端から開封してみた。

 ○○芸能事務所、××社、△△プロダクション、□□エージェンシー。どれも揃って女優としてのスカウトだった。確かにカメラの前ではちょっとだけ猫を被ったけど……。

 しかしなんというか、どこも大して変わらないな。違うのは名前だけだ。面白いことに、各社のアピールポイントがものの見事に被っている。

 全てのスカウトにスケジュールは余裕を持って組むと書いてあった。完全に私が体の弱さを喋ったせいだから、まあ仕方ない。


 その一方で意外なことに、母と妹が所属する『フューチャーサウンドプロダクション』の名前は見つからなかった。妹がにやにやしているのが胡散臭い。それを探していて気づいたんだけど、代わりになにやら一通だけ毛色の違うものが混じっている。

 その詳細を確認した私は、迷わず電話を手に取った。胡散臭いな、とは思いながら。





  ◆◇◆◇◆





 そして週末。私はその会社の事務所に来ていた。

 「株式会社 九津堂ここのつどう」、大手ゲーム開発会社だ。……少なくとも、芸能事務所ではない。


「九鬼さん、この度は当社の勧誘を受けてくださって、本当にありがとうございます。他にもお誘いはあったでしょう?」

「ええ、それなりに」

「スカウトしておいてではありますが、本当にこちらでよかったのですか?」


 応接室へ通された私にこう切り出したのは、プロデューサーの女性だった。見たところ二十代後半くらいだろうか、何かの要職についているだなんて思えないほど若々しいひとだ。

 なんというか、思っていた以上に嬉しそうというか。いや、話題性が大事なのはわかるけれど。


「これでいいのかと思っているのは、むしろ私のほうです。公式のサポートを受けてお仕事としてゲームを遊ぶだなんて、そんな美味しい話」

「我々としては、朱音さんが話を引き受けてくれただけで目的の半分は達していますからね。世界初のVRMMOに、謎だらけの時の人が挑む! 話題性には充分です」


 世界初のVRMMO。九津堂はその開発元だ。大手芸能事務所が競合することを承知で、そんな会社が私にオファーをぶつけてきた。それもどこかしらの事務所を通してではなく、直接契約の形態で。

 なかなか凄いバイタリティだとは思うけど……正直、なぜそんなことになったかは察しがついている。取っ掛かりさえあるなら、私に話が来るのはおかしなことではない。

 もちろん、私をただマスコットキャラにするだけならそのような必要はない。むしろよそで実績と知名度を積んできてもらったほうが都合がいいくらいだ。言うまでもなく、そうしないのにも理由があった。


「あと半分……やはり、主目的はもう片方ですか」

「はい。VRMMOはいわば“もうひとつの世界”。ふたつの世界を繋ぐ攻略配信プレイは、間違いなく半ば独立したエンターテインメントとしてブレイクするでしょう」

「……そうですね。特大のコンテンツになることは間違いないと思います」


 だから私、というわけだ。

 初めてのはずのテレビが、それも突然生放送の形で通話でかかってきて、少しも動揺を見せずに平然と応対する。私がなんの問題もなくこなしたその行為が一般には非常に難しいことは、帰ってきた紫音に指摘されて自覚した。それでテレビ、配信、ひいては演技適性があると判断されたんだろうし、その判断は合理的だと私も思う。

 異世界転生というジャンルが大ヒットして久しいこのご時世、現実に創られた異世界であるVRオープンワールドの配信は確実に売れる。主人公が無数にいることさえ念頭に入れれば、リアルタイムに剣と魔法の世界を覗けるのだ。

 いざ世に出れば配信だけでもどれだけの規模となるか、誰にも想像がつかない。


「でも、異世界であるからこそ、その配信には時間がかかる」

「他の仕事と両立が難しいほどに、ですか」

「そういうこと。だから今これだけの話題を集めていて、他に時間を取られる仕事を持っていない九鬼さんは、これ以上ないくらい適任だったんです」


 そもそもMMORPG自体がそういうゲームだ。時間と試行を惜しまず、ゲームの世界の中に自分の分身を作り上げる。画面こそ隔てていたものの、異世界には違いないのだから。

 フルダイブVRゲームはそこからディスプレイモニターの壁を取り払う。するとどうだろう、私たちの世界とVRワールドはほとんど変わらなくなるのだ。違うのは世界を構成しているのが元素かプログラムか、そしてか否か。せいぜいそのくらいのものだろう。

 人間はついに異世界を造れるようになった。私はそれを世界へ伝えるという大役に指名された、ということになるらしい。


「……本当にそれだけの理由で、私にオファーを?」

「実は社内から推薦があったんですよ。娘の友人が適任そうだ、って」

「でしょうね。むしろそれ以外に考えられません」


 そんなことだろうとは思ったのだ。この会社、少なくとも私の情報が筒抜けになりうる社員が二人ほどいるから。おそらくはどちらか、ないし両方に対してその娘から悪戯のようなリークが入ったんだろう。

 たぶん、妹経由で母と妹の事務所にも話はついている。いろいろと事情はあるけれど、この騒ぎであそこから話が来ないのはそれ以外に考えられない。

 ……と考えると、いずれそこからも何か仕事やら突発的なイベントやらを振られる可能性もあるか。心の準備はしておこう。






「さて、ここまでを踏まえて改めて。あなたが私たちの作り上げた異世界の案内役、プレイヤーの代表となってくださるのなら、この契約書にサインをしていただけますか」

「わかりました」


 内容をざっくり要約すると、大きく三つの要素があった。

 ゲームそのものや関連作品へのイメージキャラクターとしての起用、クローズドベータテスト及び正式サービスでの配信プレイ、そしてイベントなどの時に一般プレイヤーと若干扱いが変わる可能性への注釈。

 二つ目と三つ目はいいだろう。メインとなる配信プレイと、公式プレイヤーの立場に立つことによる扱い方への裁量だ。書き方からして、普段はできるだけ一般と同じ扱いで通すつもりだ、と読める。その配慮は私としてもありがたい。

 今大事になるのは、一つ目。パッケージや宣伝なんかに私のアバターが使われる、と書いてある。それどころかメディアミックスすら視野に入れて言及されている。……この運営、どうやらよほど私に賭けているらしい。


 まあ、それを嫌がる理由もないのだ。一通りの内容を読んで、もう一度読み直してから署名を返した。

 契約も完了して、早速だが活動開始となる。まだ一般に明かされていないゲームの詳しい内容を聞いて、キャラクターアバターを作らなければならない。これも仕事だけど、せっかくだし楽しませてもらうことにしよう。






──────────────────────

 本作はなろうからの転載です。内容の一部が「月雪フロル」ともリンクしているのと、こちらに出さない理由も特にないのでカクヨムだけで全て読めるように。

 ……したいのですが、投稿開始時点で既に455話あります。やり方は考えますが、全て掲載するにはある程度期間はかかるかも。


 よろしければブックマークと評価(★★★)を押してお待ちいただければ。ここだけの話、そうすると同じものを読んでいる仲間が増えやすくなるらしいですよ。

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