第一章 遭遇④

4.

「あの円筒形の機械、ジェネレーターみたいだね」

 戦闘が終わり、再びたいまつに火をつけて、三人は部屋の中を探索していた。ブルーアイの言うとおり、部屋の奥の壁にはルーンフォークの「揺り籠」ともいえるジェネレーターに似た何かが並んでいる。だがそのほとんどが朽ち果て、中には地震のせいか、床に倒れているものもある。

「確かに似ていますが、わたしの知っている形とは違いますね。どちらにしろ、すべて壊れているようですが……おや?」

 すっかり傷も癒え、円筒形の機械をひとつひとつ点検していたトレイシーがふと、手を止めた。完全に床に倒れ、ガラスが割れてしまっていた円筒形の機械の中に、奇妙な陰を見つけたのだ。

「これ、中に何か残っています……これは……子供?」

 なんと、1、2歳と思われる子供が、機械のガラスケースの中に残る液体に半分沈めるようにして倒れていたのだ。白金色の髪に、真っ白な肌。首には金属製の輪が取り付けられている。これはトレイシーと同じく、ルーンフォークである証だ。「ルーンフォークの子供? なぜこんなところに……」

 トレイシーは思わず子供に近寄った。同じルーンフォークであることで、他人事ではない気がしたのかもしれない。近寄ってみると、その子供が一般的なルーンフォークとは異なっていることが分かった。裸の胸からはケーブルのようなものが伸び、近くにあった10cm四方くらいの金属の箱に繋がっているのだ。

「う……う……」

 微かな声が聞こえて、トレイシーは目を見開いた。声を上げているのは目の前の子供だ。よく見ると、子供の手が微かに震えている。まだ生きているのだ。

 気がつくと、トレイシーは子供を液体から引き上げ、その体を抱き上げていた。なぜそんなことをしたのか、自分でも分からない。ただ、放っておけないと感じたのだ。

「ゴホッゴホッ」

 抱き上げられた子供は、数回咳き込み、肺の中に入ってしまった液体をはきだしたようだった。そして、大きく息を吸いこむ。

 やがて呼吸が穏やかになると、不意に、目を開いた。ふしぎな、オレンジ色の瞳。その瞳がまっすぐに、自分を抱きかかえるトレイシーを見つめていた。

「……ごしゅじん、さま?」

 その言葉に、トレイシーの胸がズキン、と痛む。トレイシーが失ったもの。喪失感の象徴。ごしゅじん、さま。

 「わたしは違う!」と答える前に、子供は再び目を閉じてしまった。そして、まもなく深い寝息が聞こえる。どうやらこの子供はかなり弱っているらしい。

 トレイシーは、子供の胸からケーブルで繋がる、四角い箱に目をやった。箱には小さな赤い光が三つあり、それぞれが弱々しく点滅している。

「充電不足、ということでしょうか?」

 トレイシーはつぶやいた。これがルーンフォークにとっての生命維持装置のようなものであるなら、この光が完全に消えてしまうことはこの子供の死を意味するのかもしれない。そう思ったところで、トレイシーの脳裏に声が響いた。

『手をかざし、マナを注入してください』

 迷うことなく、トレイシーはうなずいた。片手を箱にかざし、精神を集中させ、マナを箱に注ぎ込む。弱々しく点滅していた三つの光が、明るく輝く。

『あなたを守護者と認定します。以後、実験体の維持管理に努めてください』

 それきり、声は聞こえなくなった。代わりに、子供の胸から赤い光の線が伸び、トレイシーの胸とつながり、そして消えた。


「こんなものを見つけたんだが」

 トレイシーが子供にマナを注入している間に周囲を探索していたダグが、手にしたファイルをトレイシーに差し出した。トレイシーがそれを手に取ってみると、表紙に魔導機文明語で『実験体について』というタイトルがつけられている。

「実験体――」

 さきほど脳裏にひびいた声が告げていた言葉。胸の鼓動が高鳴るのを感じながら、トレイシーはファイルを開いた。ファイルの内容は専門的すぎて分からなかったが、冒頭に書かれていた概要だけはどうにか読むことができた。それは、次のような内容だった。


『頻発する地震や巨大な天候異常――近いうちに世界は巨大な天変地異に襲われる兆候がある。

 同時に、蛮族の復活が懸念される。

 だが、わたしの研究を、わたしの危惧を、誰も理解しようとはしない。

 だから、わたしはわたしの独自研究によって世界を守ってみせる。ついに制御することに成功した、幾万の蛮族の軍勢さえも滅ぼせる力によって。

 もっとも、滅ぶのにふさわしいのは、愚かで無知蒙昧な人族の方かもしれないが。

 わたしの命が、その絶望のときまで長らえる保証はない。

 ゆえに、最後の判断は、わたしの最期の研究成果に託すとしよう。


――アーノルド・ヴァイツァー』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る