第2話 パートナーの契約
「……ダンジョン、そのもの?」
俺は呆然と呟き返すことしかできなかった。
混乱する頭で、必死にその言葉の意味を理解しようと試みる。ダンジョンが、意志を持って、俺に話しかけている? そんな馬鹿な話があるか。
『はい。私はこの《微睡の洞窟》を管理する核(コア)であり、魂のようなもの。シフォン、と呼んでください』
その声は、やはり俺のすぐ耳元で、鼓膜を優しく揺らすように響く。
まるで、見えない誰かがすぐ隣に立って、俺の耳にだけ秘密を打ち明けてくれているかのようだ。甘く、心地よく、そして少しだけくすぐったい。
「シフォン……。なんで、俺に……? それに、パートナーってどういうことだ?」
俺は、壁に背中を預けたまま、誰にともなく問いかける。
すると、シフォンは楽しそうに、ふふ、と吐息だけで笑った。その気配だけで、頬が熱くなるのを感じる。
『あなたは、私の声が聞こえる、特別な方だからです』
「声……? ああ、あのノイズみたいな……」
『ふふ。私からすれば、あれはあなたに送っていた信号(シグナル)なのです。今まで誰にも届かなかったのに、あなただけが受信してくれた。ずっと、お話ししてみたかったんですよ』
まるで少女のように弾んだ声。
ずっと一人で寂しかったのだと、その声色から伝わってくる。
『そして、先ほど……あなたは絶望の中で、それでも前を向こうとしていました。誰にも頼らず、たった一人で運命に立ち向かおうとしていた。その強い心が、魂が、とても……とても美しく見えたのです』
囁き声に、熱がこもる。
『だから、決めました。あなたを、私のパートナーにしよう、と。あなたに、私の力をお貸ししよう、と』
「力を……貸す?」
聞き返した俺に、シフォンは「ええ」と頷く気配を見せた。
『パートナーとなったあなたは、私のダンジョン内で様々な恩恵を受けられます。魔物の位置、隠された通路、宝物のありか……私がすべて、こうして耳元でお教えします。いわば、私だけの権能をあなたと共有するのです』
ごくり、と喉が鳴った。
それがどれほど規格外なことか、Fランクの俺でも理解できる。
ダンジョン攻略において、それ以上のチートが存在するだろうか?
「で、でも、なんで俺なんだ。俺はFランクで、何の取り柄も……」
『ランクなんて、人間の決めた物差しに過ぎません』
シフォンの声が、弱気になる俺を諭すように、優しく鼓膜を包み込む。
『私にはわかります。あなたの魂が、誰よりも強く輝く可能性を秘めていることが。……だから、あなたがいいのです。あなた、じゃなきゃ、嫌なんです』
最後は、少し拗ねたような、甘えた声だった。
そんなことを耳元で囁かれて、意識しない方が無理だ。心臓がうるさいくらいに脈打っている。
「わ、わかった。信じるよ、シフォン。俺は、君のパートナーになる」
俺がそう宣言すると、シフォンは心の底から嬉しそうな声で言った。
『はい……! 嬉しいです、湊さん!』
いつの間にか「あなた」から「湊さん」に呼び方が変わっている。その小さな変化が、また俺の心をかき乱した。
『では、パートナーの契約として、最初のプレゼントを差し上げます。この通路を、まっすぐ奥へ進んでください』
促されるまま、俺はゆっくりと通路の奥へと歩き始めた。
ひんやりとした石壁に囲まれた通路は、俺一人しかいないはずなのに、シフォンの声がすぐ隣にあるだけで、不思議と孤独は感じなかった。
通路の突き当たりは、少し開けた小部屋になっていた。
そして、その中央に、ぽつんと置かれた豪奢な宝箱。ゲームでしか見たことのないような、いかにもな宝箱だ。
「これって……」
『あなたへの贈り物です。さあ、開けてみてください』
期待に胸を膨らませ、宝箱の蓋に手をかける。
ギィ、と重厚な音を立てて開いた箱の中には、淡い光を放つ二つの水晶玉と、シンプルな銀の指輪が一つ、収められていた。
『それはスキルオーブです。手で握りしめれば、そのスキルを習得できますよ』
言われるがまま、まず右側の水晶玉を手に取る。
温かい光が俺の手に吸い込まれていくと同時に、頭の中に直接情報が流れ込んできた。
【スキル:鑑定(神眼)を習得しました】
「鑑定……? しかも、神眼って……」
『私のパートナーに相応しい、最高ランクの鑑定スキルです。あらゆるものの情報が、詳細に見えるようになりますよ』
試しに、ともう一つの水晶玉に意識を集中する。
【スキルオーブ:アイテムボックス(次元庫)】
《レアリティ:神話級》
《詳細:膨大な量のアイテムを、時間経過の影響を受けずに収納できる亜空間を作り出すスキル。通常のものとは一線を画す、神域の収納庫》
「し、神話級……!?」
聞いたこともないレアリティに、声が上ずる。
普通のアイテムボックスでさえ、高ランク探索者しか持てない希少品だ。それを、こんな……。
震える手で、残りのスキルオーブも吸収する。これで、重たい荷物を背負う必要もなくなる。
そして、最後に残った指輪を手に取った。
【鑑定(神眼)】で見てみる。
【シフォンの指輪】
《レアリティ:???》
《詳細:ダンジョンの核(コア)シフォンとの繋がりを示す契約の証。装備者:相良湊。シフォンとの距離が離れても、彼女の声をクリアに聞くことができる。また、装備者の身体能力を微かに上昇させ、精神を安定させる効果がある》
《備考:パートナーシップの深化により、新たな力が解放される可能性があります》
「シフォン……これは」
『私と湊さんを繋ぐ、契約の指輪です。それがあれば、ダンジョンの外にいても、私たちはいつでも一緒ですよ』
いたずらっぽく笑う声。
俺は、左手の薬指に、その指輪をそっとはめた。まるでオーダーメイドされたかのように、ぴったりと指に収まる。ほんのりと温かい。
スキルに、アイテムに、専用のナビゲーター。
数時間前まで、パーティーを追放され絶望していたのが嘘のようだ。
「ありがとう、シフォン。君のおかげで、俺は……」
『ふふ。お礼を言うのはまだ早いですよ、湊さん』
シフォンの声が、楽しそうに弾む。
『私たちの冒険は、まだ始まったばかり。これからあなたが、誰よりも強く、偉大な探索者になるんですから。私が、この声で、必ず導いてみせます』
その甘く、力強い宣言が、俺の心の奥深くに灯りをともした。
もう、迷わない。俯かない。
俺は、最強の探索者になる。
この耳元で囁く、俺だけの女神様と一緒に。
「ああ。よろしく頼む、相棒」
そう呟くと、『はい、私のパートナー』という、とろけるように甘い囁きが、鼓膜を優しく震わせた。
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