第11話 失敗した魔法使いの独白
私はなぜここにいるのだろう。いや、答えは知っている。どうしてここにいるのかも。ただ答えを忘れて考え直して、ただ過ぎるだけの時間を費やしたいだけだ。
そう、あれはたしか私が薪割りをしていたときだった。魔法使いとはいっても、旅をする以上は体力や筋力も必要だ。魔法だけに長けていても、歩くことができなければ意味がないし、そもそも必ず魔法が放てるとも限らない。剣や盾を持つことも当たり前だ。
そういう理由で私は森に住み、昔のような生活をわざと送っていた。
それでの薪割りだ。薪割りをしていたとき、大勢の足音が聞こえた。
依頼にしては大げさだな、と思いながら、話しかけられるまで薪を割っていた。
金属の擦れ合う音がするので騎士だろう。大量の音が近くで止まったと思ったら「すみません。タリアンさんですか」と声をかけられた。
「ええ。そうです」
と言いながら声の方を向く。やはり予想していたどおり騎士だった。それも大量に列をなして来ている。
「お願いしたいのです。どうしても勝たないといけない戦がありまして。前金もしっかり払いますし、道中の出費も国で支払います」
「こんなに大勢で、しかも国がらみか。ということは失敗した世界の異物と戦うのですか?」
「ええ、そうです。結界の中に入ります」
「となると私の知り合いも呼んでいますか?」
「ええ、全て抜かりなく」
「わかりました。いつ出発ですか?最低でも3日だとこちらでも万全の状態で挑めるのですが…」
「わかりました。では3日後。城の裏の山に来てください」
「はい」
と頷くと大量の前金を貰った。山から国までは遠いのでその間のお金も。それらを手作りのカバンに入れる。それを見届けてから騎士たちは帰っていった。
依頼をするだけなら一人でも十分だろうに、と思いながら山を登る。
少しすると水の音が聞こえてくる。生い茂った木々や道を抜けると急に開けて、泉に出る。その泉の前に座り込み瞑想する。
小さく草が擦れる音、雲が動く流れ、周りで遊ぶ風、全てのものが見えてくる。次第にあちこちからカサカサと音が聞こえてきた。妖精たちが動物や植物、概念などを連れてきたのだ。その者たちは泉の中に入る。土や石の気も流れて流れて染み出る。もう出きった頃に私は泉の水をすくい、何度も飲んだ。
これはある意味、私の儀式なのかもしれないが、不思議と魔力の限界値が増え、頭も冴えるのだ。けれど相手はあの異物だ。たった1日では足りないだろう。感謝を込めてお辞儀をして山を下っていった。
それを朝昼晩と決まった時間にする。
三日目の朝、最後に水を飲んで城へ向かう。幸い、妖精は事情を知っていたので風に伝えて、運んでもらった。楽に城の裏の山に降り立つ。
「よお、ずいぶんな登場じゃねえか」
と古い友人のジェイクがハグをする。
「妖精が風に伝えて運んでくれたんだ」
次にジェイクの彼女の凛が私にハグをして
「随分と老けたね。働き過ぎなんじゃない?」
「まあ、白髪は増えたかな。これが終わったらしばらく休むつもりだよ」
と軽く挨拶をする。二人は傭兵として有名だ。私の住んでいる山の麓ですら功績を聞く。
「あれ?あの子は?」
「ああ、ジェネスか?途中でぶつくさ言いながら書店に入ってたよ。どうせいつものように、読みながら来るだろ」
ジェイクが言ったとおりにジェネスは本を読みながら歩いていた。
「ジェネス、久しぶり」
「ああ、久しぶり。よかったよ、君がいて。僕一人じゃ不安だったんだ」
「ジェネスも相当な魔法使いなのに」
「相手は異物だよ?君もいないと」
と言い終えると「新しい魔術書を覚えないとだから、またあとで」と言って、騎士が来るまで読みふけっていた。
団長らしき人たちが私達のところに来てお辞儀をする。
「このたびはありがとうございます」
「いえ。お互い死なないようにしましょう」
「はい。では皆様も揃っているので結界の中に入ります」
騎士達はきれいに揃ったまま歩き、中に入っていった。
「俺達も行くか」
というジェイクの声掛けに私達もぞろぞろと動く。
山に一歩、踏み入れた瞬間から気が重くなった。いや、息が重たいのか。上から圧がかけられる感じだ。
登っているのか下っているのかもわからなくなる。入ってから時間は経っていないはずなのに、時間の感覚さえ狂ってきた。
よほど鍛えられているのだろう。普通なら精神がおかしくなるのに、騎士達は誰もおかしくならなかった。
長い時間、体感ではそうだ。何人かは息が乱れ、疲れが見えている。それらが半分まで増えたところで、やっと異物に会えた。
光を吸い込むほどの黒い肌に、人の皮で作った服を来ている。身長は2mくらいだろうか。目は白目すら黒いので、目がないように見える。きっと顔はこちらを向いているので、瞳も向いているだろう。
吸っている呼吸が冷え、手が震えるほどの恐怖だった。けれど逃げ出そうとは思わなかった。いや、思えなかった。逃げ出したらすぐに殺されていたと思う。戦うしかなかったのだ。
その姿を捉えた瞬間、武器を構える音が聞こえる。私とジェネスもすでに詠唱を始めていた。
次々と自身の作り出した魔法を当てていくが効いているか分からない。次第に即興で考えて弱点を探る。けれどどれも分からなかった。そもそもそいつは避ける素振りすらないのだ。避けなくてもいいのだろう。
騎士達も順調に減っていく。異物が手を振り払っただけで近くにいた騎士達は燃えるのだ。
あれだけいた騎士も残り数人だ。そもそも近づきたくても近づけなかった。周りに死体が多すぎて。
それを見かねたのか、異物は騎士達が攻撃をしやすい位置に移動する。ここまで見下されているのだ。私達は。いくら外で世界に二人しかいない天才だの、全てを終わらせる傭兵だの痛いあだ名をつけられても。擦り傷一つすらつけられない。
新しく作っては消える。よく見てみたら、吸い込まれていた。光を吸い込むほどの黒い皮膚のように、全ての攻撃が吸い込まれているように見えた。
だとすると全てを注ぐのもありかもしれないが、私の体には3日分の分けてもらった力しかない。全てそ注いでも壊す事は無理だろう。
だから私は
「逃げよう。あとは頼んだよ」
と言って、自らの体も使って、魂も使って吸い込む魔法を作った。隣に居たジェネスは驚いてこちらを見る。それを見たのが最後だった。
私は原型を失い、異物に向かい合う。異物はニタリと――口元も黒くて見えないがそう見えた――笑って私を見た。
ジェネスが避難を促す間に、私は異物に近づく。そっと手を伸ばし触れた。その瞬間に私は全てを吸い込んだ。いや、吸い込みあった。次第に互いに崩壊して一つの塊になる。
その時に知ったのだ。この異物は元はただの人間だったということに。
悲しい気持ちが一緒に流れてくる。
その人は友達が欲しかった。酒くさい家では誰にも相手をされず、なんなら全てその人のせいにされて怒鳴られる。外では汚いからと笑われて遊ばれる。そんな生活のうちに友達を0から作ろうと思って、なんとわずか12歳で作り上げた。
魔法を学ばずに独学というのは思いもよらない魔法を作ることがある。けれど魔法生物などは――魔法生物とはいかなくとも――大人になってやっと理解ができて作れるものだ。
その友達は初めは膝丈までしかなかった。皮膚は黒く、体に血管なのか赤い模様がある。鼻と目と口はなかったが、その人にとっては良き遊び相手だった。けれど周りに余計に気味悪がられて、とうとう家からも村からも追い出された。
森の中と他の村とてんてんと行き来する日々。野生動物にも襲われていた。そのたびに、友達を相棒にもしようと、その人は日々改良を重ねていた。
そしてある時だった。ただ攻撃するだけでは傷つく。なら吸い込めるようにしようと。そう思いついてその友達に、全てを吸い込む魔法を埋め込んだ。
一瞬だった。一瞬でその人も吸い込まれた。もう人の姿はなかった。けれどラッキーだったのは空腹がなくなったことだ。何も食べなくても生きていける。それにほっとして森をてんてんと渡り歩いた。
いつだったろう。人間に見つかった。その人はいじめられるのが怖くて、笑顔で会釈をしたが、その人間は怯えて走り去った。その後からだ。討伐として狩られる立場になったのは。厄介なことに「やめてよ!」と腕を振り払うと相手は燃える。さらに立場は悪化した。
倒せないと悟った人間たちはその人を閉じ込めた。国からも締め出された、いや、人間界からも締め出されたのだ。
惜しいな、と私は思った。これほどの才能がこうなるとは。150年前に私も生まれていたらよかった。
そんなものか。回想は終わった。ああ、また暇だ。どうして時間を潰そうか。あの友人たちは私を憐れんで殺しにきてくれた。けれど年には抗えない。寿命が来てしまったのだ。未だに私達は吸い込み合っている。吸い込んでは自分の力にしている。いつまで続くのだろう。
これは手を出すべきではなかったのかもしれない。引いて、永遠に閉じ込めるべきだったかもしれない。
けれど永遠を生きる事になったこの人と、誰が遊んであげられるのだろう。
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