フィラデルフィアの夜に

羽田恭

第0話

 フィラデルフィアの夜に、針金が巻かれます。

暗い部屋にあるガラクタに、巻いていっています。

男は固い分厚い手で、力一杯。

木材に、ボトルに、釘に。

思い浮かべるのは、戦友たちの顔でした。


 少し手を休め、傘の骨に針金を巻いた物を手にします。

それは、長い間彼の手にあった物、アサルトライフルを模したつもりのものでした。

 右手の定位置にあった引き金をどうしても引けなかった、それでした。

思い出すのは密林のジャングル。

蒸し暑く、獣の叫びが聞こえ、どこから罠が、敵が襲って来るかわからない。

なのに逃げる事も出来ず、何ヶ月もいた、あそこ。

 目の前で動かなくなった、友達。

叫び声を上げ、血を流した屈強な上官。

引き金を引けなかったから。

なのに、生き残ってしまった自分。


 針金を巻いたビニールにさらに針金を巻きます。

首を絞め殺してしまった子供の顔を思い出しながら。

つい思わずやってしまったと、何度も繰り返しつつ。

 故郷に戻ってきたものの、何も上手くいかなかったのです。

こびりついたジャングルのために。



 「もういいよ」


そんな声が聞こえた気がしました。







部屋一杯に何千という針金に巻かれた物体がひしめき合い、埋め尽くされてました。

スコップで荒々しく掘り出され、捨てられていきます。

いなくなった男を捜すためでした。

ですが見つからず、そのままにされました。

針金を巻いた物体だけを残して。


捨てられたそれは、集積場にダンボールに入れられ捨てられます。

ですがすぐ、それを開けた人がいました。


 それをひとつ手にするとざわざわと心が不思議と動きます。

箱をあさればあさるほど、心を何故か動かすゴミのような物体ばかり現れます。

それは素晴らしい物のように感じさせます。


 人々の前に、それらを出してみました。

少なくない人が、それに何かを受け止めたのです。


こうして世界を巡るのでした。


作り上げた男は何も知らないまま、絶望の果てに作り続けたそれらは、最後に救いを与えたそれらは。

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