夢だったのか
……と、言う感じの夢を、意識を失った半年間見ていたようだ。
ここは市内の病院の個室。
私こと、
半年前、アパートの階段から足を滑らせ、頭を強く打って気絶した私を、音を聞きつけた住人が発見。
すぐに救急車を呼んでくれたのと、画材道具をパンパンに詰め込まれたゴミ袋が下敷きになってくれたお陰で即死は免れたけど、それでも頭を強く打ったせいで、半年間意識不明の重体状態だったらしい。
意識を取り戻す事ができたのは、夢の中でミレイヤが受けた頭部のショックが、そのまま私の脳を揺さぶったお陰なのだろうか?
驚いたことに、その半年間の間で、私の立たされていた位置が大きく変わっていた。
家族や友人、同僚が持ってきてくれた見舞いの品の中からバナナを一本抜いて、近くに置いてた週刊誌の束を取る。
バナナを頬張りながら、付箋の付けられていたページを捲った。
そこには、『内部告発!! 問題の乙女ゲーム【呪われた百合と欺かれた薔薇】制作会社の闇!! 炎上商法を利用した末路とは……!!』と大きな見出しがあった。
どうやら制作陣は元々、この【呪われた百合と欺かれた薔薇】の制作に乗り気ではなかったらしい……というか、乙女ゲーム自体作るつもりは無かったようだ。
次回作は本格的RPGを……と話し合っていたところに、なんの前触れもなく「次は乙女ゲームだ!」と社長が提案。
企画書を開いて見れば、手懸けるのは前作シナリオライターではなく、まさかの社長の娘(四十四歳)が書いていたもの。
それが面白ければ多少はマシだったのだが、当時WEB上に公開されていた(ゲーム制作開始後から未公開)内容を、軽く読んで見ただけでもうんざりするようなお粗末さなものだからさあ大変。
しかも、「娘の誕生日に発売したい」と発売日は一年を切られて、かなりかつかつのスケジュールで仕上げなければならなかった。
その場にいた誰もが、「これは話にならない。そもそもここにいるのは全員男だから乙女ゲームは無理だ」と反対したが聞き入れて貰えず、それどころか「作らないならクビ」と脅される始末。
こうして嫌々ながら、乙女ゲームの制作が決定したが、この時点で社員たちのやる気はかなり下がっていた。
どうやらこの娘、所謂『こどおば』らしく、学生時代にイジメに遭い、それから三十年近く働かず、親の金を使って遊んで暮らしてるだけの
そんな学も教養も経験も無い人物が書いた小説のストーリーを紐解いてみれば、誤字脱字は当たり前。起承転結もプロットも前フリもフラグもない、その場の思い付きであろう突発的な展開。己が果たせない欲望を詰め込んだ情緒の欠片もない突然のエロス。意味のわからない詩的台詞の数々。語尾が『〜た』ばかりの文末。幼稚園児並みの擬音の山などなど……。
低学年向けの児童書を魔改造した様な物語を前に、制作陣はおおいに頭を抱えたらしい。
兎に角このままではストーリーが成立しないからと、原作者との打ち合わせと言う名の一からストーリー構成を開始。
社長曰く「娘は恥ずかしがりやだから」と、父親を介して電話での物語の改善・改変を行うも、少しでも彼女の見解と違いがあると娘のヒステリックな罵声に倣っての社長の怒号が降り注ぐ。
恐らく……いや、間違いなく、このゲームは完成してもクソゲーになる。そう誰もが(社長一家除く)思っていた。
意に沿わぬゲーム制作にストレスマックスな社員たちが裏で話し合った結果、彼らはこの作品を捨てた。
もし非難を受けても、次回作の知名度と売り上げを高められればそれでいい――彼らは炎上商法に手を染めたのだった。
なるほど。だからあのユーザー対応も私の電話対応も納得だ。
あのクソゲーも私も、最初から切り捨て要因であり、次回作への布石であり、生贄に過ぎなかったのだ。
かくしてゲーム発売後、予想通りレビューは荒れに荒れたが、炎上商法を利用している彼らには想定の範囲内。
だが、彼らの想定外のことが三つ起きる。
一つ。私が転落して重症を負った原因が、制作会社の杜撰な対応により中傷を受け続けた精神的苦痛によるものということが、私のSNSやブログを読んだ両親と兄が知り、証拠を集め、制作会社と中傷コメントをした相手に謝罪もしくは裁判を持ち掛けた。
二つ。それを知った制作陣の一人が、良心の呵責か、それとも自分だけ助かろうとしたかは知らないが内部告発し、週刊誌に情報を売り付ける。結果、社長一家の傍若無人っぷりと炎上商法を利用したことが世間に明るみに出て、会社への非難が殺到。炎上どころか消し炭寸前まで追い込まれた。
三つ。これはかなりショッキングな話で、制作陣の止めとなった出来事なのだが、なんと例の社長の娘、傷害事件を起こしていたのである。
社長は娘にゲームの評価を、大好評だとかめちゃくちゃ人気だとか激々々々甘に伝えていたようだ。見事に真に受けた娘は有頂天になってネットのレビューを見てみれば、まあ酷評の嵐。自分の作品に絶対の自信を持っていた娘は、阿呆なことに、その酷評レビュー一つ一つに己の作品の正当性を罵詈雑言付きで返信をしたものだから……想像できる通り、ネットは荒れに荒れの超大荒れ。
結果、怒髪天衝き血管ブチギレた娘の怒りの矛先は同居の両親に向けられ、親子喧嘩勃発。早々に逃げ出した母親のみ軽症、父娘は壮絶なバトルを繰り広げた様子で、二人共かなりの重症を負って入院を余儀なくされた。
とまあ、こんなのが私が眠ってる間に起きた一連の騒動の流れらしい。
結果、制作会社は己の非を認め、私側に謝罪の上示談。しかし事件を起こした社長一家の会社の株価は大暴落し、現在は倒産寸前とのこと。
炎上商法を利用しようとしていた制作陣は、『あのクソゲーを作った上、事件を起こした会社の人間』というレッテルを貼られ、次の就職先に難儀しているらしい。
ネット上で誹謗中傷をしてきた連中の殆どは謝罪してきたし、謝らなかった輩には情報開示請求をして裁判をチラつかせたら、こちらも謝罪の上示談が成立。
こうして、私のアマチュア絵師としての地位と名誉は取り戻すことができ、私を傷付けた連中は全員転落していったのだった。
私は何もしてないけど、夢を見ている間に完全勝利である。
バナナの皮をゴミ箱に捨て、閉じた週刊誌を棚に戻して一息吐く。
「……ほんとに夢だったのかなぁ」
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