第三十五話 二人の深夜散歩①

「あつーい!!暑い!もう夏だ!暑すぎる!」

突然耳に響くその声は、一段とうるさい。

空とは文化祭の準備で絡むことが多くなった。学級委員になって、少しだけ嬉しい要素だ。

「アタシに言ったって地球温暖化は止まらないわよ…。でも、ホント暑いわね…」

「そうだよ!プールにでも行きたい気分!行こう!未咲ちゃん!」

「強引すぎない??!」

(もしかして、アタシの事好き…?とか…?)

アタシだって察しが悪いわけじゃない。二人でプールに行こうだなんて、デートしようと言っているようなものだ。

「……まあ、良いけど」

「えっ!ほんと!?やった!最近女の子と遊んでなかったから楽しみ!」

「…正直に言って良い?気持ち悪いわ」

期待した自分が馬鹿だった。こいつは女子の水着が見たいだけの可能性すら出てくる。

「えっ…?なんか変なこと言った?」

空はへらっと笑っている。無自覚のようだ。

「そんなんだからモテないのよ。馬鹿ね」

「馬鹿じゃないし!現国七十点だし!!」

「じゃあ論表は?何点だったの?」

(確か論表いつも寝てたわよね、空)

「三十六点くらいだったかな〜」

空は何故かにやけながら答えた。もっと深刻な顔をして言うべきじゃないだろうか。

「クラス順位とかまずいんじゃないの…?」

「それがね!?僕より三人下がいたんだよ!凄くない?!」

「まあ、ある意味凄いわね…」

「未咲ちゃん!僕より下の三人を今敵に回したね!?」

「ま、回してないわよ?なんなら教えてあげてもいいわ?」

空はその瞬間、目を輝かせ、私をまっすぐと見つめる。

「ほんと!?ありがとう未咲ちゃん!」

「アンタじゃないわよ…。まあ、良いけど…」

しまったと思う半面、嬉しさもあった。人に教えるのなんて久しぶりだった。

(でも…教えられる余裕なんて、ないわよ…)

「じゃあさ!これからL〇NEで写真送るから、解き方教えて貰っていい?」

「……ごめん、今スマホ没収されてるのよね。そもそもメッセージ見れないかもだし、送れないかも」

少し胸がチクッと痛む。

罪悪感が静かに押し寄せてくる。

「そうなの?じゃあ、地区センターで勉強しようよ!」

空は特段驚きもせず、他の案を出してくる。罪悪感は、どんどん膨れ上がっていく。

「ごめん…アタシ、早く帰らなきゃいけないから…」

「…?なんで?」

「…分かんないわ。お母さんに言われてるのよー!でも早く帰ってこないと次の日弁当作ってくれないのよね〜!」

アタシはなるべく明るい声を作る。

(家の鍵も閉められちゃうし…)

「えー!厳し!お母さん!あれ、でもちょっと前さ、僕の家に遊びに来てくれたよね?…あ、あの時もなんか急いで帰ってたっけ」

「そうね。ま、結局怒られたけどね。アタシのスマホ、GPS付いてるからバレちゃったのよね〜」

空は少し顔が引きつる。そんな顔をアタシに向けないでほしい。

「GPSって…。僕だったらスマホ壊してでも解除させるかも…」

「本末転倒すぎないかしら…」

「いや、それで自分のお金でスマホ買う!GPSなんて付いてんの嫌すぎ!」

「意外と空って…。反抗期なのね」

「反抗期じゃなくても嫌だよ!!ただでさえ___」

ぴたっと空の言葉が止まった。何かを思い出したように口を紡ぐ。

「…ただでさえ、何よ?」

「…言っても引かない?」

「九割引くと思うわ」

「じゃあやめとく…。あ、そうだ!」

空はにやっと笑う。無邪気な笑顔の裏には、読めない思惑が含まれていた。

「___深夜散歩、してみない?僕と一緒に」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る