第十三話 行方不明のウワサ
(今日はミュー、来てないのかな)
朝起きても、ミューは姿を見せなかった。勝手に経験則上、俺の部屋に戻ってくるものだと思っていたが、そういうものでも無いかも知れない。
(もしかしたら『新種の生物発見!』ってテレビに出てたりして)
俺はそんな事を想像しながら朝の支度を進めて、リビングに向かった。
「翼〜、空起こしてきてくれない?」
七海さんが台所から声を掛ける。パンを焼くいい匂いがする。
「うん」
俺はもう一度階段を上り空の部屋に行く。
「入るぞー」
ガチャ、とドアを開けると、空はベットですやすやと寝息を立てていた。
「空、起きろー」
俺は体を揺さぶるが、中々起きない。かけ布団を剥いでみたが、起きる気配は無い。
「空!起きろ!」
声をもう一段階大きくするが空は起きる気配を見せない。
(ああ、またか)
空は時々こういう日がある。
誰がどんなに頑張って起こそうとしてもまるで電池切れのように起きない。そういう時は、昼くらいに慌てて起きて急いで学校に行く。最初は七海さんも心配して病院に連れて行ったのだか、身体の方は至って何ともなく、健康体らしい。
元々寝坊癖があったから、俺含め家族は何とも思わなくなっていた。俺は空の部屋を出て、七海さんの所に行く。
「今日、空起きなさそう」
「えー!まだ高校始まって四日目だよー?」
早くない?というニュアンスを含めた口調で七海さんは言う。別に周期がある訳じゃないから、俺は何とも言えない。
「夜更かししてるかもな、もしかしたら」
「明日から早く寝るように伝えなきゃ」
七海さんは困り顔で頷いた。
俺は朝食を食べ、高校に向かう。電車内でニュースを検索するがミューを取り上げているニュースは無かった。どうやらまだメディアには見つかってはないらしい。
今日は朱里と話をしに行く。そんな明確な目標を持っていたが、重大な問題に気づいた。
(……アイツ、何組…?)
悲しい事に俺は朱里の組を知らなかった。なんなら連絡先すら繋いでない。
(今日の昼休みは…弁当抜きだな)
学校に着くなり、一組ずつ顔を覗かせるが姿は見えなかった。俺は大きく溜息を付いて一度自分のクラスに戻ろうとした。
「翼?…何してるん?誰か探してるんか?」
「…拓也?」
後ろを振り向くと、同じクラスメイトである
『柊 拓也』が隣にいた。拓也は俺の数少ない友達であり、陽キャだ。基本関西弁だが、津軽弁や熊本弁も話せるという、日本の観光地では重宝しそうな奴だ。
「誰か探してるんじゃなかったん?まさかっ、もう彼女が…」
「違う」
拓也の言葉をぶった切って、一度教室に戻った。
俺は昨日の化学部での出来事を拓也に伝えた。すると拓也はみるみる目を輝かして俺の話に食いつく。
「へぇー!おならってガスやから火がつくんや!?」
「朱里ちゃんってそんな賢いんやな!話したことないけど興味出てきたわ!」
そして最後に意気揚々と拓也は声を上げて言った。
「決めたわ!オレ、化学部入る!」
「…盛り上がってる所悪いんだけど、多分俺は化学部には入らないぞ」
「え?!なんでや?」
拓也は、ばんっ!と机を叩く。シンプルにうるさい。
「誘われたんだよ、朱里に。探偵部を作ろうって」
「探偵部?」
「俺も詳しくは知らないから、今日朱里と色々話そうと思ってる」
(見つかれば、だけど)
「オレも聞きたい!なんや探偵部って、ちょーおもろそうやん!」
「好奇心旺盛すぎだろ…」
「言ってみたいなぁ、事件解決した時に『好奇心は猫を殺しますよ…』とか!推理モノによくあるやん!」
(お前は言われる側だろ…)
拓也は明後日の方向に話を進める。俺は左から右に言葉を流しチャイムがなるのを待った。
「…なあ?因みに『依頼』なら用意出来るかもしれんで?」
「は?お前が?」
拓也はぶんぶんと首を振った。
「ちゃうちゃう。うちのクラスに『高野世良』っていう超絶美人な子がおるやん?」
(あれ…?高野世良って…)
俺は静かに頷いた。高野世良は隣の席の女子だ。
真っ白な長髪に、宝石のような青色が宿る瞳。
お淑やかな雰囲気に思わず魅了してしまう。
(…登校初日に挨拶されたっきりだけど、めちゃくちゃ優しそうな子なんだよな)
拓也は声を潜めて俺に向き合った。
「世良ちゃん、兄が
_____『行方不明』なんやって。五年前、この学校の生徒だったらしいんよ」
「____行方不明…?」
俺は思わず言葉を反芻した。
「昼休み話してみーへん?もしかしたら…とんでもない真相が分かるかもしれんで?」
そうニヤつく拓也に、俺は自然と頷いていた。
(…これ、話しかけるのは俺だよな)
昼休みのチャイムが鳴ってすぐ、俺は左隣の生徒を垣間見ながら考え込んでいた。
(ていうか…。俺まだ入るって朱里にすら言ってないのになんでもう依頼集めようとしてるんだよ…)
後先考えずに拓也に頷いてしまった自分をかなり憎んだ。
ちらりと、左隣の席を見やる。今はノートのまとめをしているようで、濁りのない真っ白な髪の毛を耳にかけていた。
(ど、どうにでもなれっ…!)
半分投げやりになりながら俺は声を振り絞った。
「あの、世良。ちょっと良いか?」
世良はノートから視線を外し、ゆっくりと顔を上げる。全ての動きが上品に見えて、俺は思わず背筋をぴんとさせる。
「どうされましたか?翼さん」
にこやかに笑う彼女に目を奪われそうになる。
「えっ…と、世良って、探偵とか興味あるか?」
「探偵…ですか?まぁ、推理小説を嗜む事はありますよ」
(現実で嗜むって言葉、初めて聞いたぞ…。ていうかそういう事が聞きたいんじゃないだろ!俺!)
「…面白いよな。推理小説…。あのさ、俺、世良に聞きたいことがあるんだ」
「はい、なんでしょうか」
「俺、探偵部っていう部活に入ることにした…っていうか、設立する事にしたんだけど、まだ部員も足りないし、右も左も分からないって感じでさ」
「探偵部…?面白そうな部活ですね…!」
(お、好感触だ…)
俺は心の中で喜びながら話を続ける。
「世良って…なんか困ってることとかないか…?」
俺はなるべく真面目に、慎重な面付きで述べる。世良は少しの間黙り込み、そのままふふっと笑い出した。
「なるほど…。部員と依頼人を探しているんですね。早坂さん」
(話が早い…!)
「そう…!だからその…困ってる事は何でも言って欲しいんだ」
「俺からも頼むで!探偵部の名にかけて!」
拓也は後ろから朗らかに声をかけてきた。
「お前は探偵部入ってないだろ…」
「え?入るで?」
拓也はケロッと言いのけるとそのまま俺の頭に腕を乗せた。思わぬ形で部員をゲットしてしまった。
世良は目をパチクリさせて、クスッと笑った。
「…分かりました」
「ほんとか!?ありがとう、世良___」
「でも…もう一つ良いですか?」
世良はじっとこちらを見据えて、俺に向けて言い放った。
「私も、探偵部に入りたいです。
やっぱり、自分の足で………調べたいので」
「えー!ホンマ!?世良ちゃんも入るん!全然ウェルカムやわ!」
拓也は嬉しそうに声を上げた。
「……そうか。じゃあ、朱里に伝えないとな」
「朱里さん…ですか?」
世良は首を傾げた様子で俺に尋ねた。
「ああ、そもそも探偵部誘ってきたのは朱里なんだよ。日曜までにどうするか決めてくれって言われたんだ」
「でも組が分かんないんやろ?あと連絡先も」
拓也に痛い所を突かれた。
「そうなんだよな…。月曜日また探そうと思ってる」
「頑張ろな…!」
拓也に背中を押されて、俺達は一度解散した。
結局昼休みに朱里を見つけることは出来ず、あっという間に下校時間を迎えてしまった。
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