⑧これがライカのアバターだよ


『熱っつ!! マジあっつ!! バッカじゃないの、この企画考えたやつ……っってウギャーーーー!? このクソゴミザコアホボケゾンビがぁ! ま゛じでぐだばれ゛!!!! あっ、油がッッッッ!! ◯ンカスどもがよぉ……!!』


 私とライカが見つめるモニターのなかでは、いま一人のバーチャルYouTuberが叫んでいた。炎を思わせる赤を基調としたセーラー服をまとったその少女は、どう見ても本心からブチギレていて、音割れしまくった迫真の叫びと苦悶の表情はアバター越しにでも伝わってくる。


「な、なんかすごく大変なんだね、バーチャルYouTuberになるのって……。」

「そうだねえ……。いや、それにしたってこれはだいぶ特殊な例なんだけども。」


 ライカはバーチャルYouTuberになることを決めたものの、ライブ配信を見たのは今日が初めて。まずは色々なライバーのチャンネルを見ながら、配信活動のイメージを掴んでもらうことにしたんだけど……。


 いま私達が見ているのは【検証! 全裸で揚げ物をしながら足の指でホラーゲームはクリアできるのか?】と題された配信。いや、たまたま開いたにしては情報量多すぎでしょ!? どうやらかなり過激で奇抜な配信スタイルの配信を開いてしまったらしいけど、それにしても全裸で揚げ物って……。火傷とかリアル炎上事案にならないことを心から祈るぞ。


『んーーー揚げたてのメンチカツうっっま!! これ米との相性がガチのやつでっ……ウブッ、熱っっツァ!! 肉汁が跳ねたんだけどッッーーー!?!? あ゛ぁ!? またクソゴミゾンビ!! 野郎ブッ◯してフンガァーーー!!』


 コメント:

 ちゃんと自分で食べるのえらい

 3300人も見てるの草

 おかわりもあるぞ!

 これが企業Vのやることか…

 ベネットかな?


「―それで、バーチャルYouTuberになるには"バター"が必要なんだよね? どうしたら手に入るの?」

「惜しい、バターじゃなくってアバターね。それには色々と方法があるんだけども……。」


 阿鼻叫喚の配信を横目に、ライカと私は作戦会議をはじめた。

 バーチャルYouTuberには欠かせないアバター、その入手には何通りかの方法が存在する。もっとも一般的なものは専門のクリエイターに依頼し、作成してもらうというもの。流れとしてはまず、イラストレーターさんと打ち合わせしてデザインを決定する。そうしてまず納品されるのは、Live2D用にパーツ分けされた特殊なイラストデータだ。Live2Dモデルとして動かすためには普通のイラストとは異なり、後に動かすことを想定して衣装の裏地など1枚絵であれば見えない部分まで描いてもらわなければならないし、表情をつけるために顔のパーツの1つ1つに差分を作ったり部分分けする必要もあるため、自ずと工数は多くなるし費用も高くなる。

 ただ、これだけではまだモデルは動かない。続いてモデラーさんに、専用のLive2Dエディターアプリで動きのデータを設定してもらってめでたく完成、となる。

 この方法は自分の好みを反映したモデルを作ることができるうえ、クオリティも高くなるけど、当然お金も時間もかかる。10万円~30万円程度がよく見かける価格設定だけど、人気のクリエイターに依頼するとなればその数倍の価格を提示されることも珍しくない。バーチャルYouTuberデビューにはお金がかかる、ってよく言われるのはパソコンや機材と同等かそれ以上に、実はここのハードルが大きいんだよね。


 続いてポピュラーなのがセルフ受肉。自分でイラストを描いたり、3Dモデリングしたりして自分専用のモデルを作成するというもので、これはとくにクリエイター系活動をしながら配信活動も行う個人勢に多く見られる手法。金銭面のコストが安くすむ一方で技術的なハードルはかなり高くって、高クオリティなモデルを用意できるかは自身の腕っぷし一つにかかっている。ちなみに「受肉」って本来の意味は「神が人の形をとって現れること」を意味するキリスト教の言葉ってどっかで聞いたっけ。この単語をバーチャルの世界に持ち込んだ人の感性、すごくない?


 時間がかからない方法だと「魂募集」されているアバターを探すっていのもある。なんか怪しい響きの言葉だけど、これは「他人への譲渡や販売を前提として作成された配信用アバターを探す」を探すっていう意味。使う人のことをアバターの中に入る存在、「魂」って呼んでるんだってね。こうした完成済みのモデルはSUKIMAやココナラ、nizimaなどのコミッションサイトで販売されていたりするほか、SNSの「#魂募集」ハッシュタグなどでも見つけることができたりもする。

 お値段は安いものなら無償、高いものだと数万円ほどかかるものもあるけど、配信者自身にかかる手間とコストが比較的少ない方法といえるよね。ただし完成済みのアバターを買い取るという形式から、デザインは基本的に先方に一任することになるし、他の希望者がいた場合は入手できないこともあるらしい。


 そして最後になるのが企業に所属をするという方法。こちらはバーチャルYouTuber事務所を運営する企業と契約し、そこ所属の配信者となることでワンオフの高品質なアバターの提供を受けるというもの。費用はかからないしモデルのクオリティもお墨付きなんだけど、そのためには高倍率のオーディションを受けて、そのなかで一握りの合格者にならなければならない狭き門でもあるので、全体の割合でいうとあまり一般的な方法とは言えないかも。



 では、ライカのモデルはどれに該当するのかというと。


「こんなこともあろうかと、以前私が作ったモデルがあるのさ!」

「おぉー!? ……って、千晴ってそんなのもできるの?!」


 そう、私によるセルフ受肉である!

 以前、バーチャルYouTuber事務所で働いていたころ、「いつかは私のLive2Dアバターでデビューする新人さんを見たい!」という一心からイラストやモデリング技術を独学で習得し、情熱を注ぎ込んだ渾身のモデルだ。

 まだ動きや表情などの細かな調整は終わっていないが、数日もあれば完成させられるだろう。いや、してみせるとも!


「見るがいい! 私の最高傑作を!」


 最高もなにも初めて作ったモデルなのだが、私史上では最高という意味では決してウソは言ってないよね。高らかにそう言いながらファイルをクリックすると、画面にはグリーンバックの背景とともに1つのアバターが現れた。

 そう、愛くるしい小動物のような印象を与える"少女"である。


 ツインテールにまとめたさらさらの銀白色の髪からは、同じ色の犬耳がぴんと立っている。中性的でどこか生意気そうな顔立ちのなかで大きな瞳は青く輝き、まるで星のようなきらめきをたたえている。体格や身長は高校生くらいをイメージしており、胸元も控えめながら確かに女性アバターであることを主張する程度のシルエットになっている。衣装の方はというと、ベースは女子力あふれるふんわりとした白いワンピース。その上から、どこかいかめしい雰囲気をまとった軍服風の外套を羽織って、可愛さとカッコよさのギャップを狙っている。

 うん、われながらいい出来じゃないか。企業勢が使っていたとしても遜色ないどころか、十分に映えるビジュアルだろう。何より、ライカの中性的で澄んだ声質にぴったりだ。


「どうだいライカ、出来栄えは!」


 ライカの返事を聞く前から、勝ち誇るようなドヤ顔を浮かべているのが自分でも分かる。ーが、ライカは口を大きく開けてぽかんとしている。ひょっとしてあまりの可愛さに声も出ないかな? ライカは一度、画面に映った少女を見て、なにかの間違いではないかと言うような表情で私の顔を見て、またアバターを交互に見て、そして数秒を置いてこう言った。


「これ女の子じゃーーーーん!?」

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