⑤なんで転生してきたんだい
2割引きシールの貼られたパックのお寿司、洗わず食べれるカット野菜のサラダ、それからインスタントの味噌汁。私の前に広がっているのはあまりにもありふれた庶民的な日本の食卓。その横には、どこからどう見ても異質な存在 ―もふもふ犬耳が可愛い小動物系ヒロイン(?)― が目をきらきらさせていた。
「こ、これっ……本当にぼく、食べてもいいの!?」
「もちろん、よく噛んで食べるんだよ。」
「じゃ、じゃあいただきますっ……んーーーっ、おいひぃ~……! はじめへ食べう味でふ!」
「あはは、頬張ったままじゃよく分かんないって」
犬耳少年(仮)は卵焼きのお寿司をほおばって、何度も何度も味わうように頬を抑えながらもぐもぐしている。幸福感が全身からにじみ出ていてとても可愛い。なんていうか、見ていてこっちまでほっとするような笑顔。
「……で、そろそろ聞いてもいいかな。」
ダイニングテーブルがなかったので仕方なく床に並べた皿の数々はあっという間に空になってしまった。食後のお茶をマグカップに注ぎながら、私は思い切って犬耳少年(暫定)に疑問をぶつけてみることにした。
「君はどこのどちらさま? なんで段ボールに入ってたの? あとその犬みたいな耳と尻尾と……それからその服装。わけありだとは思うけど、よかったら教えてもらえない? あ、いや、責めてるとかそういうつもりはなくって、純粋に何か君の力になれることはないかな……って。」
「えっと……そうだね、話すと長くなるんだけど……。」
そう前置きすると、彼は湯気の立ち上るマグカップを両手で抱えるように持ちながらぽつぽつと語り出した。
「まずはぼくが誰か、だよね。ぼくの名前はライカ・プロトスタ・シンラ。シンラ王国の第三王子……でした。」
「お、王子さま!?」
黙って聞くべきだとは思ってたけど、予想もしなかった答えに思わず問い返してしまう。王子ってことはひとまず、少年という予想は当たっていたようだ。
「んっと、今は違うんだけど……ちょっと前まではそうだったんだ。」
少し寂しそうな表情を浮かべて、ライカは言葉を続ける。
あぁっ、いかん! そんなつもりはなかったとはいえ、こんな年端もいかない子どもを悲しませてしまった! ここは話に静かに耳を傾けることにしよう、うん。
「ぼくの世界では、"武の力こそが人を導く"という伝統的な教えがあったんだ。誰よりも恵まれた体格と鍛え上げた強さ、それが王族の価値であり、王の証でもあったんです。父さまも、兄弟たちもみんなぼくの倍以上の背丈があって、力も強くて、剣術も上手でカッコよくて、国のみんなから慕われてて……。」
そこでライカは一息つくと、目を伏せてつぶやくように言葉を続ける。
「でも、兄弟のなかでぼくだけは、生まれつきこんなに体が小さくて、体を動かすこともニガテで……。」
ラノベやマンガではよく聞くけど、まさか異世界なんてものが本当に存在したのか。それにしても、腕力や剣の腕前、男らしさが評価される世界でこの小柄で愛らしい容姿はきっと私には想像もつかないほど大きなハンデだったんだろう。
「父さま……シンラ国王は、ぼくみたいに小さくて女みたいな王子の存在を世間に知られることを嫌ってたんだ。王家の威信が揺らぐから、っていって。だから、ぼくは城から離れた塔から出してもらうこともなくって……。」
ボロボロの服の裾をぎゅっと掴む。その手は小さく震えているようにみえる。私は返す言葉もなく、ただ黙って耳を傾けることしかできない。
「誰も来ない塔のなかで、ぼくは本を読んだり、絵を描いたりして過ごしてたんだ。ぼくには武術や剣術の才能はなかったけど、いつか別の道で誰にもできないことを成し遂げれば、父さまも認めてくれるかもしれないって信じて……でも父さまはわかってくれなくて……それで、12度目の誕生日のときに、ついに」
そこでライカは一度口をつぐんで、目線を手元に落とす。
「いつまでも子どものような姿から成長できないぼくは、王家の恥だって……これ以上面倒見られない、って……。それでぼくは、"異世界追放刑"にされちゃったの。ぼくは、シンラ王国にはいらない存在なんだって。」
ぱた、ぱたとこぼれる雫がライカの握りこぶしを濡らしている。
すべてを否定されて、居場所や家族さえも失ったライカ。その小さな胸のうちにどれほどの悲しみや苦悩を抱えてきたんだろう。心の内を誰にも話すことができず、ただガマンして、それさえも理解されなくて。
少女のような愛らしい容姿や声、大事にしていた趣味、異世界では確かに評価されることはなかったかもしれない。でも―――
「―そんなこと、絶対にない。」
私ははっきりと断言する。
「……ふぇっ?」
「きみには、才能がある。誰にも真似できないきみだけの、キラキラと輝く星みたいな、光を持ってる。」
ライカの手にそっと掌を重ねて言葉を続ける。
「君も、シンラ王国の人たちも、まだ君が持っている本当の輝きに気付いていないだけなんだよ。体が小さいとか、追放された王子とか、そんなの関係ない。」
ライカは俯いていた顔をゆっくりと上げる。頬を伝う涙のあとはまだ渇いていないけれど、その表情にはかすかに希望の兆しが見える。この話しぶりからすると、こんな言葉をかけられることさえ、もしかしたら生まれて初めてだったのかもしれない。っていうか涙で潤んだ瞳と紅潮した頬、その可愛さはもはや犯罪的だ。
「だからさ、ええと……自分が何者かは、自分で決めていいんだ、ライカ。ここにはそういう世界があって……いや、会ったばかりで何を偉そうにって思うかもしれないけどさ……私はただ、その力になりたいんだ。」
なんだか自分で言っていることが照れくさくなって、まっすぐライカの目を見ることができない。
そして、次の瞬間。
「ほんと!? ほんとにほんと!?」
ライカの小さな体が、私の腕のなかに収まっていた。アッッッッッ!! だめですこれ、可愛さと尊さが臨界を突破しました。全身の筋肉が硬直するのを感じる。
「もう女の子みたいだからっていじめられたりしないの? 本を読んでてもばかにされないの? 絵を描いてても怒られないの?!」
ライカが私を見上げてながらなにか言ってるけど、思考回路はショート寸前。落ち着け海渡千晴28歳。素数を数えて理性を取り戻すんだ。1,2,3,4……。
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