第26話 遺産の鍵

「な…て、てめえ、なに言ってやがる!」

彩は少し後ろにサッと下がって、腕で体を隠そうとした。

そのポーズは、脚を少し折り曲げているのもあって、さながらグラビアアイドルか写真集かのように悩ましいものだったが、そもそも露出の殆ど無い格好なので、隠そうにも無意味だった。

「…ともかく!今はの取り合いしてるとこなんだよ!邪魔すんな!」

『…遺産?誰のですか?』


 その時、心に掴みかかろうとした女が、心と彩の会話が終わるのを待ちきれず、しびれを切らして怒号を飛ばしてきた。

「いつまで話しこんでんだテメエら!」

『まだそんなに話してないのですが…せっかちな人ですね』

心は呆れて言った。彩の顔を見ると、彼女も心と同意見のようだ。

「おい!彩!お前をボコって精神退行させて、お前の妹と実質同い年にしてやるから、かかってこい!」

女は手を組んで、ポキポキ鳴らしながら挑発した。

彩はその挑発に乗って女の所に向かっていく。

「…ったく、どいつもこいつも!お嬢、ちょっと待ってろ。先にこっちの用事を済ます」

『…手伝いましょうか?』

「いや、いい。コイツは私の問題だからな。あんたは見物してろ」

心は少し後ろに下がって、彩の仲間のギャング女達の近くまで行った。

「手は出すなよ!お前ら!」

彩が仲間に呼び掛けた。

『はいっ!』

仲間はギャングらしかぬ行儀の良い返事をした。

(…さすがに荒くれを束ねているだけのことはありますね)

心は少し感心した。

「あ、どうも。椅子とか無いんですね」

挨拶と無礼を言いつつ、心は立ちっぱなしで彩の戦い、喧嘩の見物をすることにした。

(さて、情報通りの腕前か、確かめさせてもらうとしましょう)


 彩が先ほどの顔が腫れた女に近づき、起こし上げた。女は苦しそうな声で言った。

「あ、彩姐ぇ…すまねぇ…」

『気にすんな。…この後忙しくなるが、手ぇ貸せるか?』

「だ、大丈夫です…」

女は重い足取りながら、自分の足で仲間の元に戻っていった。


「忙しい身なんでな、さっさとあんたを倒して遺産を取りに行く。それかもう、直接あんたがよこせ!」

彩が、掴み女(略称)に啖呵を切ると、掴み女は怒り狂って彩に突っ込んできた。

「この綺麗所が~!!」

だが、彩はかわすこと無く、姿勢を低くして、掴み女の懐に潜り込んだ!

「なにぃ!」

『シャラァ!』

ドゴッ!!

「―――ガハッ!」

勝負は一瞬で着いた。鳩尾に強烈なブローを喰らった掴み女は、吐血し、ズシンと地面に倒れた。


「さすが彩姐だ!」「素敵!無敵!」

彩の仲間達はパチパチ…というよりはバチバチといった、けたたましい音の拍手を送る。

その音に紛れて、心もパチ…パチ…と静かに拍手の様なものをした。

一方、負けた掴み女のチームは、自分達が標的にならないように、慌てて帰り支度を始めだした。

「…と、帰るのは勝手だが、鍵は貰っていくぜ」

彩は掴み女のポケットをまさぐって、小さな鍵を取り出し、相手チームを放置して仲間の元に戻った。

「アイツがこの鍵を餌に、私らに喧嘩吹っ掛けて来たんでな。乗らして貰ったのさ」


 勝利に沸く彩の仲間達がワッ!と彩に詰め寄るが、それ以上に速く心がスッ…と彩に詰め寄った。

「それが、遺産を手に入れる為の鍵ですか…宝箱でもあるんですか?ここ、現代日本ですけど」

『…そんな綺麗なもんじゃねえさ』

彩は「遺産の鍵」を見せた後、ポケットにしまいこんだ。

その表情は何故か少し暗かったが、すぐに凛とした表情に戻って、彩を除いて三人の仲間達に号令を飛ばした。

「お前ら!遺産の回収に向かうぞ!」



 彩達は宙成街から少し離れた住宅街に来ていた。

端正な街中を練り歩くが、それには目もくれず、しばらく歩いてたどり着いた場所は二階建ての古いアパートだった。

「…ここが遺産の在処?そんなイメージありませんけど」

『…豪邸にでも入り込めれば、稼げるんだろうけどそれじゃすぐお縄だ。いくら男がいなくなって警察が弱体化したとはいえ、目立つところは足が早く付くからな』

彩はアパート2階の真ん中の部屋を、先程手に入れた「遺産の鍵」を使ってカチャカチャし出した。

「…錆びてんのかな、なかなか開かねえな…」

『…で、なんでこんなボロアパートになんてしてるんです?』

「うるせえよ…。ここは男独り暮らしの部屋だったらしい。…男がいなくなったあの日から放置されている可能性が高い。しばらく足が付きにくいってことだ」

そう言っている間に、ガチャリと音がして鍵が解除される。

ドアを開けると、悪臭が玄関奥から漂ってきた。


「ほれ、なかてたれか、ちんてるんちゃないてすか?」

意訳(これ、中で誰か死んでるんじゃないですか?)

つい悪臭を吸ってしまった心は、鼻を摘まみながら言った。

「この臭いは腐乱死体の臭いじゃねえ」

彩がそう言うと、仲間達と共に部屋の奥へと進んでいく。


(慣れてますね。まあ、基本私は遺体の処理は自分でしないですからね…)

心はそう思いながら、また芳香剤を撒きながら、彩の後を追った。










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