第16話 両の手

「私は…お母さんに会いたい…いろいろ探したけど見つからなかった…。まだ話を聞けていない劾人は何か知っているかも知れない。その為にも、劾人と渡り合えるドリームズ・システムの力が必要だと思うんだ」

 フロムは目を閉じ、両手をギュッと握って答える。


「フロム先輩…」

 時奈は先ほどの玄関で、フロムがドリームズ・システムを求めるのは、母親絡みではないかと勘づいていた。家に上がったとき、何処か人気の無い雰囲気や、フロムの寂しげな「ただいま」の声が同じく母と会えない自分と重なったからだ。


「私も先輩の力になってあげたいとは思っています。けど…劾人と戦うのは本当に危険な事なんです。」

『時奈ちゃん…』

「少し…考えさせてください」

 時奈がそう言うと、フロムの目尻に涙が少し浮かんだのを時奈は見た。


 フロムも母の手がかりを掴めないまま過ごしてきた。そんな時に目の前に現れたドリームズ・システムが、その手がかりを掴むチャンスだと思ったのだろう。

 それを不意にしてしまったかもしれない…。そう思うと、時奈はいたたまれなくなって、フロムの握っている両の手を前に組ませて、それを自分の両手で上から包み込むように握った。


「でも、先輩が私の力になるって言ってくれた時、嬉しかったです。はい」

 時奈が微笑みかけながらそうフォローを入れると、フロムの目尻の涙は、落ちることなく瞬きと共に消えたが、その代わりに照れくさそうにした。

「そ、そうがっついてくるから、結愛ちゃんもさぁ…」

 フロムはあったかくなった両の手をモジモジさせながらそう言った。

「え、結愛がなんて?」

『な、何でもない!』

 不思議がる時奈を他所に、慌てたフロム少し離れて、ゲームの棚を物色し始めた。


 照れ隠しの感情が収まるのを待って、フロムはレトロな黒いゲーム機とグレー色のロムカセット(レースゲーム)、そして三股のコントローラー(デカめ)を2本持って戻ってきた。


「…時奈ちゃんの考えは分かったよ。無理強いは出来ないよね。まあ、せっかく家に来てくれたんだし、ゆっくりしていってね!」

 フロムはそう言うと前屈みになって、いそいそとテレビに付いていた最新ゲーム機を外して、持ってきたレトロゲーム機に付け替えた。続いてカセットとコントローラーをセットする姿(尻)を見ながら、時奈はふと浮かんだ疑問をフロムに問う。

「そういえば先輩…心の方にはドリームズ・システムの事、尋ねなかったんですか?チラシには私と心に聞けって書いてあったんでしょう?」


 ゲームの起動に失敗して、カセットの端子部にふ~ふ~息を吹きかけたり(錆びの原因になるらしいのでやめましょう)、カセットを奥まで差し込まずに微妙な力加減で入れたりしていたフロムだったが、時奈の問いにカセットを持ったままピタッと動きを止めた。そして、少し考えた後、時奈の方を振り返って言った。

「心ちゃんはなんか怪しいっていうか…。時奈ちゃん、あの人…信頼出来る?」

 フロムは真面目な顔で時奈に問う。


「まだ分かりません…」

 時奈は濁した返答をした。別に心が嘘を付いたりや自分を騙した訳では無い。

 しかし、あの冷徹な思考や行動―やすやすと信頼はできなかった。

 そして、相手が相手だったとはいえ、容赦なく人を殺せるあの精神性―そんな人物が同じ学校にいるという、静かな異常事態。もしそれを他人に広めたらどうなってしまうのか。それを恐れて時奈にはまだ静観する事しか出来ることはなかった。


「そっかー。まだ分かんないよね。あの人転校してきたばっかだし…」

 フロムが呆気からんとした態度でこたえる。

「先輩…ごめんなさい」

 まだフロム先輩にも心の事は詳しく話せない。時奈はその意味も込めてフロムに謝罪した。

「気にしないで時奈ちゃん!私は時奈ちゃんから、納得した上でドリームズ・システムを受け取りたいと思っているから」


 その言葉と共にもう一度カセットを差し込み、ゲーム機の電源スイッチをオンにするフロム。

 今度は起動に成功し、テレビ画面には金色のメーカーロゴが映り、それは横回転しながら、徐々にスピードを上げていった。

「ゲームの歴史も長いけどさ、やっぱり友達と遊ぶ時はこのゲームだよね~!まあ、ゲームバランス良いかって言われたら、滅茶苦茶だって言わざるを得ないんだけどさ」

 フロムは笑顔で時奈にコントローラーを渡す。よく見るとそれは表が黒、裏が白のツートンカラーのコントローラーだった。一方フロムは輝くゴールデンカラーのコントローラーだった。

「やっぱこのゲームやるならこのコントローラーだよね~。メンテしてるからスティックも鈍って無いはずだよ」

 フロムは上機嫌に戻っていた。時奈はコントローラーも握りヤル気十分だが、このゲームを始める前に一つ、フロムに聞かなければならないことがあった。

「先輩…はどうするんですか?」

『あー、そうだねー…スタート付近でのは有りで、後は普通に走るルールで!』


 ――時奈はその後、このゲームを全コース5週分フロムに付き合わされ、ちょっと左手の親指と右手の人差し指が痛くなりながら、先輩に見送られ帰宅した。







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