第9話 救い

 視界が巻き挙がる炎によって、赤く染まる。

 のどが立ち込める煙によって、黒く染まる。


 ビルに突入した時奈は、パチパチ…!と弾ける炎の音と、ドガン!と建物少しづつが崩れて、炎の壁となって倒れてくる音の中の、微かに聞こえる声の方へ進んでいた。

 変身している影響で、時奈は普通の人間より遥かに炎や煙に耐えられた。それでもじわじわ時奈にダメージを与えていった。だが、時奈は自身の身など気にしてはいられなかった。


 助けを呼ぶこの声の持ち主は普通の人間で、それほど長くは持たないだろう。

(早く助けなくちゃ…!)

 時奈が進んでいくと、聞こえていた声は、「…けて…だれ…たすけて…!」とはっきりとした言葉として、時奈の耳に入った。


 かつて事務室として使っていたであろう、多くの机が並べられたその部屋の片隅に、少女がいた。時奈は瓦礫を掻き分け、少女に近づく。少女の体は煤だらけになっており、その顔もやはり煤や火傷で元の顔が解らないくらいだった。だが、下がった眉やこの高温の中でも蒸発しない目の下に蓄えた涙粒が、少女が今まで泣き叫んでいた事を示していた。


「もう、大丈夫だからね…!」

 時奈は少女をお姫様抱っこの要領で担ぎ上げると、ビルからの脱出を始めた。



 フレイム・ガイと戦っていた心だったが、フレイム・ガイはコアを死守せんと防御と回避に専念しており、決定打を与えることが出来ないでいた。


「なかなか、しぶといですね…」

 心は刀を振るい、フレイム・ガイを追い詰めていくが、紙一重でかわされる。

(何か誘っているの?)

 防戦一方で反撃してこない相手に疑問を覚えながらも、攻撃を続け、追い詰めていく。そして、時奈が入ったビルの向かい側の建物の前まで来た。燃え盛る建物を背にするフレイム・ガイ。

「さあ来い…!俺を殺してみろ…!」

 心はフレイム・ガイのコアに向かって、素早い突きを繰り出す。

 だが、フレイム・ガイは一足早く後ろに飛び退き、炎の建物の中に飛び込んだ。

「ハハハ、バカめ!ここにたどり着くため、防戦していたんだぜ!これだけの炎があればこっちのもんだ!」

 炎の中から、フレイム・ガイが叫ぶ。心は少し建物から離れた。

「どうした!追ってこないのかあ!」

 フレイム・ガイが挑発をする。


「熱いからいやです」

 心は変身服を引っ張ってパタパタ扇いで涼もうとした。汗と皮膚がくっついて気持ちが悪い。ついでに、胸の谷間に突っ込んだ刀の鞘が通気性を悪くし、汗が胸から鞘に、さらに鞘を伝って下りていき、下半身の方まで濡らすのが不快だった。

「改善の余地あり…ですね」

 心が呟いたその時、後ろのビルからガシャーン!と大きな音がし、ガラス片と共に、少女を抱き抱えた時奈が着地した。



 数分前…時奈は入口から脱出しようとしたが、通ってきたルートは多くの瓦礫と激しい炎に包まれてしまっていた。少女と共にこのルートを通るのは難しい。時奈は少女に尋ねた。

「お嬢ちゃん、このビルに来たことある?私が来た方向以外に、道知ってる?」

 時奈は出来るだけ、優しい口調で言った。少女は首を横に振った。

「わたし…おそとでコワイのにであって…あわててこのビルにはいったの…そうしたら…」

 少女は再び泣きそうな顔になる。時奈は少女に微笑みかけ、頭を撫でてやる。

「怖かったね…お姉ちゃんが必ず助けてあげるからね」


 辺りを見回した時奈だったが、ふさがったルート以外には上に昇る階段しか無い。時奈は脱出口がある事を願いながら階段を上っていった。

 だが、階段の踊り場まで上がったところで、轟音と共に瓦礫が崩れてきた!

「きゃああああ─!」

『…ッ!!』

 叫ぶ少女と、抱え込む様にして少女を守ろうとする時奈。

 幸い、瓦礫は直撃しなかったものの、二人は踊り場に取り残され、階段は上りも下りも使えなくなってしまった。

「お、お姉ちゃん…」

『くっ…そんな…!』

 時奈は絶望に駆られながらも、

(諦めたくない、諦めてはいけない)

 と、自身を奮い立たせ、辺りをみた。すると壁に換気用の小さな窓が空いているのが見えた。


「あそこからなら…!」

 時奈は飛び上がって、窓の縁に付いた。窓は鍵も変形しており動かなかったが、変身している自分なら突き破ることは可能だろう。窓の外を見ると地面との距離はかなりあったが、今日学校の屋上で見たあの光景程では無かった。

 この距離なら、飛び降りられる―

 確証は無いが、確信は時奈にはあった。


「おねえちゃん…こわいよぉ…」

 少女はこれから、このおねえちゃんが何をしようとしているのか察して震えだした。

 時奈は少女を強く抱き抱えようとしたが、胸の谷間の「銀河鉄道の夜」があったので、これを頭にしたら着地のショックを軽減できないと思った。

 時奈は本が当たらない、胸の前の方に少女の頭を沈めた。

「お、おねえちゃん…」

 その柔らかさに少し安心したのか、少女の震えが収まっていく。

「怖いだろうけど…少しだけ我慢してね…!」

 時奈は少女にそう言うと、ぎゅっと強く少女を抱えて、ビルの窓を突き破って、飛び降りた。







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