第39話→創造神と未来が見えた女

転生課の扉が開く音で、書類の山から顔を上げた。

 ラニアがそっと入ってくる。腕の中には一枚の転生記録書。


「……次の方、準備ができました」

「早いな。前回から間が短い」

「えっと、ちょっと“急ぎ”の案件らしいです」


 俺は眉をひとつ上げ、書類を受け取る。

 そこには、こう書かれていた。


氏名:アイラ・ミルステル

職業:占い師

特記事項:未来視能力保持。

生前、過剰な未来視により精神崩壊。


 ……なるほど。

 未来を視る力か。

 人の生を導くはずの力が、己を壊すこともある。


「呼べ」

「はい……」


 ラニアが儀式陣に手をかざす。

 柔らかな光が満ち、ひとつの魂が現れた。

 それは女性の姿をしており、長い髪が霧のように揺れている。


「……ここは、天ですか」

「ああ。お前の生が終わった場所の次だ」

 俺が答えると、女――アイラは静かに微笑んだ。


「創造神……ですね。あなたの姿も、視たことがあります」

「そうか。なら説明は不要かもしれんな」

「いえ……こうして直接話すのは初めてです」


 彼女は椅子に腰を下ろし、膝の上で指を組んだ。

 その仕草に、どこか“見透かす者”特有の落ち着きがある。


「転生希望だな?」

「はい」

「希望内容は?」


 少しの沈黙のあと、アイラは目を伏せて言った。


「……もう、未来を知りたくありません」


 その言葉は、かすかに震えていた。


「私は生きている間、あらゆる人の明日を見てきました。

 誰が泣き、誰が死に、誰が裏切るのか――全部、わかってしまったんです」


 ラニアがそっと息を呑む。

 アイラは続けた。


「助けようとしても、変わらない。

 伝えようとしても、信じてもらえない。

 未来が見えるのに、救えない……そんな生に、もう疲れました」


 俺は黙って耳を傾けた。

 神である俺にも、似た痛みはある。

 “見えてしまう”がゆえに、“手を出せない”。


「なら、次はどう生きたい?」

「……ただ、知らないでいたいんです。

 明日がどうなるのか、誰と出会うのか。

 なにも知らず、ただその日を笑って生きたい」


 その言葉に、シン――つまり俺の口元が僅かに緩む。


「いい願いだ」

「本当ですか?」

「知らぬことは、罪ではない。むしろ幸福だ。

 知識は光だが、時にその光が魂を焼く」


 アイラは小さく頷いた。

 光に包まれる寸前、彼女は俺を見上げて言った。


「あなたは……いつも未来を見ているんですか?」

「いや、俺は“過去を見続けている”方だ」

「それは……苦しくないですか?」

「さあな。だが、俺はそれしかできん」


 その会話を最後に、光が満ちた。

 魂は静かに転生の道へと昇っていく。



「……なんだか、切ない方でしたね」

 転生の光が消えたあと、ラニアがぽつりと呟く。


「そうだな。未来を視る者ほど、今を見失う」

「私も、少しだけ未来が見えたらいいなって思ってたんですけど……今の話を聞いたら、怖くなりました」

「“知らない”というのは、案外、救いだからな」


 ラニアが不思議そうに首をかしげる。

「シン様でも、知らないことがあるんですか?」

「無限にある。

 たとえば、転生した魂がどんな人生を歩むか――それは俺の“趣味”で見届けるしかない」


「また観察、ですか」

「そうだ。未来視ではなく、“観察”だ。

 知ろうとすることと、見守ることは違う」


 俺は窓の外を見やる。

 下界に、ひとつの光が降りていく。

 アイラの新しい人生が始まる。

 どんな明日が待つのか、俺も知らない。


 だが、知らないからこそ――それを見る価値がある。


「さて、次の魂を呼ぶか」

「はいっ」


 ラニアが嬉しそうに返事をする。

 転生課の一日は、今日も静かに流れていく。


 ――未来を知らぬことは、恐怖ではない。

 それは、生きるということの証だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る