第19話→休日は?
スーパーの通路で、シンはリストを手に静かに品物を選んでいた。オフの日くらい、静かに買い物を済ませたい。しかし、背後から元気な声が響く。
「シン様! こんなところでお会いするとは偶然ですわね!」
振り返ると、ミュリエルが両手に荷物を抱えて、少し息を切らしながら立っていた。
普段は新米神たちのサポートに奔走している彼女だ。今日はその合間の買い物らしい。
「おや、ミュリエルか。今日は仕事か?」
「えぇ、今は他の新米神たちのサポート中です。でも、偶然シン様にお会いできて嬉しいです!」
彼女は楽しそうに笑ったが、手元の荷物は少し重そうで、バナナの束を落としそうになり、慌てて片手で支える。
「わっ、危ない!」
「……お前は本当に神か」
シンは目を細めて呆れた。
「神でも、失敗はあるんですのよ!」
「……まあな」
少しの沈黙の後、ミュリエルは袋の中からリンゴを取り出して差し出す。
「シン様、どうぞ。健康も大事ですから」
「……ありがとう」
シンは受け取りながらも、少し首を傾げた。
「ところで、これ……もう会計済んでるんだよな?」
「あっ……えっと、まだです!」
「……やっぱりか」
ミュリエルは慌ててリンゴを返そうとするが、シンは軽く手で制した。
「まあいい、持って行け。後でちゃんと会計するんだぞ」
「はい、気をつけます!」
二人は再び通路を歩きながら品物を手に取り、軽い会話を交わす。
「シン様、今日は他に必要な物は?」
「特別な物はない。必要な物だけだ」
「ふふ、堅実ですわね」
ふと、隣の棚から缶詰が落ちてきて、ミュリエルの肩に当たる。
「わっ、すみません!」
「……お前は本当に俺の手に負えんな」
「気をつけます!」
二人は軽いハプニングに笑いながらも、買い物を進めていく。レジに近づくと、ミュリエルは再び元気に言った。
「シン様、私、もっとお手伝いできたら嬉しいですわ!」
「……俺の手には負えないな」
「えぇっ、でも、少しでもお力になりたいんですのよ!」
「まあ……お前のその元気があれば、誰かの助けにはなるだろうな」
やがてミュリエルは会計を済ませ、荷物を抱えて出口へと向かう。
「シン様、またお会いしましょう!」
「ああ、元気でな」
彼女の姿が通路の奥に消えると、シンは手元のリンゴを見つめる。ふと、先ほどの会話を思い出した。
「……あれ、俺、このリンゴ、まだ会計してないんじゃ……」
眉間にわずかに皺を寄せ、シンはレジに向かおうかどうか迷う。
今日一日の静かな時間を楽しむつもりだったが、些細な疑問が頭をもたげる。
「まあ、後でまとめて払うか……」
シンはため息をつきながらも、静かにリンゴを抱え、通路を歩き出す。
スーパーの喧騒の中、ほんの少しだけ日常を味わう時間。それだけで、神としての重みも少しは和らぐような気がした。
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