第16話→変わるもの変わらないもの

グルは未来都市の中央広場に立ち尽くしていた。無数の光の筋が空を走り、宙に浮かぶ案内板が何語ともつかぬ言葉で点滅する。


耳には人々の笑い声や電子音が混ざり合って届くが、そのどれもが自分に関係あるとは思えなかった。


「……また、ひとりか」


原始時代では孤独が当たり前だった。焚き火のそばで獲物を分け合うこともあったが、基本は己の力で生き抜くしかない。だがこの文明は違う。


群れで暮らし、知識を共有し、互いに助け合っているはずなのに――なぜか誰も自分を見ようとしない。翻訳機を使って話しかけても、返ってくるのは困惑か、愛想笑いだけだった。


グルは路地裏に腰を下ろし、未来の食料と呼ばれる半透明のパックを開けて噛む。味はほとんどない。原始時代の獣の肉の方がよほど旨かった。


「これが……勝手に望んだ新しい世界なのか」


そのとき、小さな声がした。


「それ、初めて食べると味しないよ。コツがあるんだ」


振り返ると、痩せた少年が立っていた。銀色の髪に細い指、年齢は十代半ばほどか。少年は自分も同じパックを手に、隣に腰を下ろした。


「口の中で溶かしながら、空気と混ぜるんだ。ほら、こう」


少年は実演してみせ、柔らかく笑った。グルは半信半疑で真似てみる。……ほんのり甘味が広がった。


「……うまい。お前、すごいな」


「はは、大したことないよ。俺はカイ。君は?」


「グルだ」


短い名を告げると、カイは「いい名前だね」と無邪気に笑った。その笑顔に、グルの胸の奥で何かが弾けた。原始時代、焚き火を囲んで見た仲間の笑顔と同じ温かさがそこにあった。


それから二人は毎日のように会った。カイは未来社会に馴染めない「落ちこぼれ」で、同年代から浮いていた。グルは言葉や習慣に疎く、やはり孤立していた。似た者同士、互いに学び合うことで少しずつ世界が広がっていった。


「それ、握手っていうんだよ」


「ほう。原始の時代は、相手の首に手を置いて敵意がないことを示した。似てるな」


「へぇ、面白い!」


言葉のリズムも違えば、価値観も違う。時に誤解し、喧嘩にもなった。


「どうしてそんなに突っ走るんだよ、グル!」


「俺はいつもこうして生き延びてきた! お前らみたいに待ってたら死ぬ!」


怒鳴ったあと、カイが悲しそうな顔をした。その顔に、グルの胸は締め付けられた。


「……すまん。俺、怖かったんだ。誰にも分かってもらえないのが」


カイは首を振った。


「俺だって同じだよ。でも、分かってほしいなら、ちゃんと待って、話さなきゃ」


その夜、二人は未来都市の高層ビルの屋上に座り、夜空を見上げた。星々は原始時代と変わらず瞬いているのに、下の世界はまるで別世界だ。


「グル、君ってさ……昔、どんなところで生きてたの?」


焚き火、狩り、冷たい雨、仲間との別れ。グルは少しずつ語った。カイは真剣に聞いてくれた。


「すげぇな。それってここより、ずっと生きるって感じがする」


「……でも、寂しかった。ずっと一人で生きてると、心が冷える。だからお前と笑えて、嬉しい」


カイは黙ってグルの肩に手を置いた。それは言葉以上に温かかった。



観測室。シンは窓越しに二人を見て、静かに息を吐いた。


「やるじゃないか、グル。あの魂は、過酷な孤独を経てようやく人と繋がる方法を掴んだ」


隣でラニアが目を潤ませる。


「シン様……ああいうのって、すごくいいですね。私、ちょっと泣きそうです」


「泣くな。これは始まりに過ぎん。だが、ああやって自分で歩くのが何より尊い」


ラニアはうんうんと頷く。


「私、今まで転生ってチートとか派手なことばかりって思ってました。でも、静かに誰かと笑うだけで、あんなに満たされるんですね」


シンは少しだけ笑った。


「真の幸福は内から生まれる。外に求めているうちは、何も掴めん。グルはそれを理解し始めている」



それから数ヶ月。グルとカイは街を探索し、時に助け合い、時に語り合った。言葉の壁も、文化の壁も、二人にとってはもはや障害ではなかった。


ある日、カイが言った。


「グル、俺たち、親友だよな?」


グルは少し驚いたように目を見開き、やがて笑った。


「親友……いい響きだ。俺もそう思ってた」


二人は拳を軽く合わせた。それは古代と未来、孤独と絆を繋ぐ小さな約束だった。


グルの胸に、原始の焚き火と未来のネオンが重なる。孤独な魂がようやくたどり着いた居場所。それはチートでも力でもない、人と人の温もりだった。


「俺は、ここで生きる。お前と、笑って生きるんだ」


その言葉は、誰に向けたでもない宣言。けれどシンとラニアの耳にも、確かに届いていた。


観測室でシンが静かに呟く。


「これでいい。彼はもう大丈夫だ」


未来都市の夜景に、グルとカイの笑い声が溶けていった。孤独を抱えて生まれた魂が、ようやく自分の足で歩き始めたのだ。

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