第10話 指定寝台と砂の守人

翌朝。町の広場に、不思議な光景が広がっていた。


布団が並んでいたのだ。

ただし、それぞれに赤い布紐が結ばれ、足元には**円形の“魔力誘導印”**が刻まれている。


「これが……“指定寝台”?」


町民たちが不安げに見守るなか、レクスは手袋を脱ぎ、赤布のひとつを手に取った。


「これは“合図”だよ。砂吸い虫にとって、これは“触れてもいい”という許可の印」


「どうやってそれを伝えるの?」


ジーナが問いかけると、ミリアが代わって説明した。


「虫たちは、“体温の形”を読むの。だから、一定の魔力を流しながらこの布を身体に当てておくと、“この温度帯の人間には触れていい”って判断するのよ」


「じゃあ、逆に“青の布”なら……?」


「“接触禁止”ってことになる」


レクスが言い添える。


「赤布寝台は、砂吸い虫を受け入れる意思表示。

青布寝台は、拒絶の意思表示。

強制じゃない。“選ばせる”だけだ」


──「選べる」──それは町の人々にとって、最初の“安心”だった。


「でも、虫はどっちでも来るんじゃ……?」


「来ない」


ジーナが断言する。


「昨晩、私とレクスで実験したわ。“青布”の寝台には、虫は寄らなかった。むしろ、数歩手前で進路を変えたの。あいつら、思ったより……“気を使う”のよ」


「……まるで、気の利く防具だな」


レクスが笑うと、周囲にようやく小さな笑いが起きた。


数日後。

広場には、毎晩赤布と青布の寝台が並び、住民たちは自分の選んだ場所で寝るようになった。


「……で、意外なことがあったのよ」


ジーナが言った。


「最初はほとんどの人が“青”を選んでた。でも数日経つと、どんどん“赤”が増えてきたのよ。理由、わかる?」


ミリアが首を傾げた。


「……暑さに負けた?」


「それもあるけど、決定的だったのは……“赤の寝台の人たちだけ、朝、肌がさらさらだった”ってこと」


ミリアの目が丸くなる。


「つまり……?」


「夜間の汗を抑えてくれて、朝の肌の調子がいいって。美容にもいいって評判になったの」


──それは、誰も想定していなかった“普及理由”だった。


「効能よりも、実感。理屈よりも、気持ちよさ。それが人を変える」


レクスは噴水を見ながら呟いた。


「それってつまり、“防具”とまったく同じ流れね」


ミリアが隣で笑った。


その夜。

指定寝台の周囲には、ふたたび砂が静かに“揺れ”ていた。


小さな、柔らかい振動。

冷たい触感が、赤布の寝台に集まり、

汗腺を閉じ、皮膚を守り、水を保存する──


誰も傷つけず、誰にも気づかれず。

それでも確かに、町を支えていた。


そして、翌朝。


町の貯水量が、微増しているという報告が入った。

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