第22話:突然の来訪者

 翌日もカフェは盛況だった。

 もともとサニーサイドにはカフェが少ないこともあり、需要があったのだろう。

 ただ、サイラスの思惑とは違い、多くは女性客だった。


「やはり、冒険のあとは酒の方がいいのか……」


 少ししょんぼりした様子でサイラスがつぶやいていた。


「お茶の美味しさを知ったら、きっと増えますよ」

「そうだな。早く食事メニューを増やしたいな……」


 日が暮れ、客の数も少なくなってきた頃だった。

 チリン、とドアの鈴の音がし、マリサは入り口に目をやった。


「いらっしゃいませ!」


 入ってきたのは、黒髪の少女だった。


(同い年くらい……? 初めて見るわ)


 少女はいかにも高級そうなワンピースを着て、トランクを手にしていた。

 ピンと伸びた背筋といい、品のいい所作といい、明らかに上流階級の教育を受けてきたのだとわかる。


(貴族の令嬢……? 旅行客かしら。でも一人でなんて……)


 冒険者と商売人であふれるサニーサイドでは異色の存在だ。


(なんだか、自分を見ているみたい……)


 きっと、この黒髪の少女のように、来た当初のマリサも周囲から浮いていたのだろう。


「好きなお席へどうぞ」


 そう声をかけても、少女はきょろきょろと店内を見回すばかりで動かない。


「あの、どうかしましたか?」


 黒髪の少女の目が大きく見開かれる。

 その視線はカウンターの奥へと向けられていた。


「サイラス!!」


 店内に響き渡る声に、ドリンクを作っていたサイラスがハッと顔を上げる。


「エヴァ!?」


 一陣の風のようにエヴァと呼ばれた少女が店内を駆け抜け、カウンターから出てきたサイラスに飛びついた。


「サイラス!! ようやく見つけた!!」

「なんでここに……!」

「必死で探したの! 噂を辿って――こんな最果さいはての町にいるなんて!」


 うわああああ、と声を上げてエヴァが泣き出す。

 サイラスがおろおろしながら、マリサを見た。


「いや、あの、従妹いとこのエヴァだ」

「そ、そうなんですか」


 確かに同じ黒髪に青い目をしている。


「あなた、誰?」


 エヴァが泣き濡れた目を向けてくる。

 まるで射貫いぬくようなその眼差まなざしに、マリサは足をすくませた。


「わ、私は同居人で……」

「は? 同居って……」


 エヴァの顔色がさっと変わる。


「まさか、恋人なの!?」

「ち、違います!」


 慌てて否定したが、エヴァの目は敵意に満ちていた。


「サイラス! どういうことよ! 女の人と暮らしているなんて!」


 腰に手を当てたサイラスが、はーーーーっと大きくため息をついた。


「とにかく、今は営業中だ! 二階で待っていろ!」

「ええーーー!? やだ!」

「文句を言うなら、叩き出す」


 サイラスの言葉が脅しでないと悟ったのか、エヴァがふて腐れながら二階へと案内されていった。


「すいません、お騒がせしてしまって……」


 マリサが謝って回ると、客たちが立ち上がった。


「気にしないで、そろそろ帰ろうと思っていたから」

「なんだか込み入った事情みたいね。頑張って!」


 なぜか励まされたりしながら、マリサは客を見送った。

 サイラスが二階から戻ってくる。


「騒がしくて申し訳ない」

「いえ……」


 サイラスが客席を見た。


「お客様は……」

「皆帰られました」

「そうか。少し早いが店仕舞じまいとするか。きみと話もしたいし」

「はい」


 店のドアにクローズドの札を出すと、サイラスが椅子を勧めてきた。


「驚かせて本当にすまない」

「いえ、あの……」

「きみには話してなかったな。なぜ俺が騎士をやめてサニーサイドに来たのか……」


 マリサはごくりと唾を飲み込んだ。


「実は、俺はゼルニア王国を追放されたんだ……」

「え?」


 マリサは耳を疑った。


(追放……? 私と同じ……)


 サイラスはもう騎士ではない、と言っていた。

 だが、まさか自分と同じように追放されていたとは知らなかった。

 呆然とするマリサに、サイラスが悲しげな表情になった。


「これまで話さずにいてすまなかった、マリサ」


 サイラスが左手の甲に巻いた包帯をとった。

 手の甲には黒い紋章のようなアザがくっきりと刻まれている。


「その刻印……!」

「ああ。このとおり、俺はけがれによる呪いを受けた。体に刻まれたアザがどんな影響を及ぼすかわからない。だから、俺は追放されたんだ」

「……!!」

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