第2話 森にて、短くも鮮烈な冒険

朝のギルドは、冒険者たちの活気に満ちていた。

剣を磨く者、仲間と打ち合わせをする者、掲示板の依頼を吟味する者──そんな中に、まだ場慣れしていない若者の姿がひとつ。


カイルは依頼の紙を握りしめ、小さく深呼吸をした。


「よし……今日はちゃんと成果を出さないと」


自分に言い聞かせるように呟いたそのとき、背後から妙に艶っぽい声が響いた。


「……ん〜? 朝から真面目ね、少年♡」


びくりと肩を揺らして振り返ると、そこにはあの“変わったお姉さん”がいた。

前日、一緒に冒険に出たあの女性──ユウ。


胸元のあいたマントをゆらしながら、彼女は相変わらずの微笑みでこちらを見下ろしていた。


「ユ、ユウさん……!またここに?」


「んふふ。偶然って、素敵でしょ?」


明らかに“偶然”を装っている態度だったが、カイルは嬉しさを隠しきれなかった。

それに、今日の依頼──薬草採取と魔獣痕跡の調査は、1人では少し心細かったのも事実だ。


「よかったら、一緒に行きませんか?その……森の依頼なんですけど……」


「もちろん。声をかけてくれるなんて、嬉しいなぁ♡」


まるで遊びに行くような軽さで頷くユウに、ギルドの受付嬢が苦笑を浮かべていた。



森の入り口までの道中、カイルは昨日の冒険がどれほど刺激的だったかを語り、そして問いかけた。


「ユウさんって、ほんとに冒険者なんですよね?」


「ふふ、聞き方に悪意を感じるわね〜。お姉さん、こんな見た目だけど、ちゃんと登録済みの冒険者よ?……たぶん♡」


「……たぶん?」


「ジョーダンよ」


真偽のほどはわからないが、その余裕たっぷりな笑みが、どこか信用できてしまうのが不思議だった。



森の中は、まだ朝露の残る静かな空気に包まれていた。

2人は依頼の内容に従って薬草を探しつつ、痕跡の調査を始める。


「ここ、土の盛り方が変。何かが這った跡だね」


ユウは腰をかがめて地面をなぞり、小さく頷いた。


「大型の魔獣が通った跡。時間はそんなに経ってない……下手に奥へ行ったら危ないかも」


その観察力と落ち着いた判断に、カイルはまたしても驚かされた。


(俺なんかよりずっと……プロの冒険者だ……)


彼女が本当にどんな存在なのか、知れば知るほどわからなくなっていく。けれど、それが不安ではなく、不思議と安心に変わっていくのだった。



森の中腹を過ぎたころ、風がざわめいた。


ぴたりとユウが足を止め、カイルに指を一本立てて「しー」と合図を送る。


次の瞬間──茂みを割って、黒い毛並みの巨大な獣が現れた。


「う、うわっ……!」


その異様な迫力に、思わず後ずさるカイル。


(まさか……このサイズの魔獣がまだ残ってたなんて!)


「カイル、落ち着いて。深呼吸して」


ユウは静かに、しかし確かな声で告げた。


その声に導かれるように、カイルは拳を握り直す。


「よし……やるしかない!」


だが──。


「ふふっ。お姉さん、ちょっと張り切っちゃうね?」


ユウが指を鳴らした瞬間、空気が一変した。


彼女の目がわずかに細まり、口元が真っ直ぐに引き締まる。


そして──。


「《灼けよ、古の陽》」


その声と共に、空が割れたような閃光が放たれ、巨大な火球が獣を呑み込んだ。

熱と光が一瞬のうちに周囲を焼き尽くし、やがて、静寂だけが残った。


ぽかんと見上げるカイルの横で、ユウはマントを払いながら、いつもの調子で肩をすくめた。


「やれやれ……髪、焦げてないかしら」



依頼は、無事達成となった。

帰り道、夕暮れの森を抜けながら、カイルは意を決して尋ねる。


「ユウさんって……どうしてそんなに強いんですか?」


ユウは一瞬だけ、歩みを止めた。

風に髪が揺れる。

振り返った彼女は、どこか寂しそうな笑みを浮かべた。


「それはね……お姉さんの、秘密♡」


それだけを言って、彼女はまた軽やかに歩き出す。

その背中は、いつもより遠く感じられた。



ギルドに戻ったカイルは、受付嬢に何気なく聞いた。


「ユウさんって、どのランクなんですか?」


彼女は一瞬だけ考えて、首を傾げる。


「ユウさん? あの人の記録……ギルドにないのよ。不思議でしょ?」


カイルは言葉を失った。


あの強さ、あの知識。けれど、存在しない記録。

何者だったんだ──彼女は。

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