第2話

 そうこうしている中。

「こんにちはー」と部屋にまた誰かが来た。

 三白眼で短く切り揃えた髪の塩顔青年。身長は蘭丸先輩よりもちょっとだけ高く、肩幅もがっちりしている。私と同じくベータの特待生として天元学園に入学することとなった幼馴染の集真藍一しゅうまあいいち……あいくんだ。


「ああ、石竹いしたけ先輩。そこで寝っ転がってたら邪魔っすよ!」

「んー……でも今日は理事長の無茶振りはまだないし……」

「これから召集されるかもわかんないじゃないっすかあ」

「やめて集真。そういうのフラグって言うんだよ」


 あいくんにどやされ、ようやっと蘭丸先輩は起き上がった。少し癖の付いた髪が重力で真っ直ぐに伸びる。これだけ端正な顔つきなのに、この人アルファじゃないんだよなと思ったものの、なんとなくこの部屋にいる間はベータの連帯感のためか、互いの悪口は言い合わないようにおのずとなっている。

 元々ベータのスポーツ特待が決まっていたはずのあいくんがなんで天元学園の推薦に乗ったのか私は知らないし、私も父の蒸発を周りに吹聴してないから言ってない。顔のいい蘭丸先輩がどうしてアルファじゃないのかなんて、当然ながら口には出せないし。それに。

 こちらの扉がまた控えめに開いた。


「……こんにちはぁ」

「ああ、いらっしゃい。かおるちゃん」

「えへへ、お邪魔します」


 私の顔を見た途端にほっとした顔でとことこ走ってきたのは、制服があからさまに体のラインに合っておらず、ガバガバな制服を着た女の子だった。ツインテールにまとめた髪といい、庇護欲をそそるような甲高い声といい、小柄で華奢な体つきといい。

 彼女は初めて見たとき、「オメガ?」と初めて思ったものの、周りから好奇の目にさらされているのを見て、気付いてしまった。

 ……彼女はオメガに見えなくもないベータだ。

 あまりにも庇護欲を覚えてしまうような小動物的な言動も、発展途上な体躯も、保健体育で習ったオメガの特徴と一致してしまっている。そのせいで彼女がさんざんいじめられてきたのは目に見えた。

 何度違うと言っても、ベータではアルファのことも、オメガのことも理解には及ばない。だからいくらでもレッテルを貼れてしまう。

 そうなったら、オメガの出すとされているフェロモンに当てられない限り絶対に発情しないアルファだらけの天元学園にいるほうがそりゃ身の安全は保証されるから入るはずなんだ。

 ……あくまで推測であり、当然ながら直接そのことを薫ちゃんに聞いたことはない。ただ天元学園において数少ないベータの女友達なんだから、この居心地のいい関係を維持してたいと思うのは当然だった。

 私に薫ちゃんがギューッと抱き着くのを、あいくんは微笑ましげに見ていた。


「仲いいな」

「まあ、そうだな……ああ、残念だな春海。理事長だ」

「えっ」


 蘭丸先輩の不吉な言葉に、私たちは強張る。

 薫ちゃんが通った扉は叩かれ「失礼しますよ」と少しユーモラスな雰囲気の声を上げて、その人は現れた。

 仕立てのいいスーツを着ている、髪をワックスで不思議な髪型……大昔のロックバンドみたいな髪型を教育関係者がしていいのかは、私は知らない……をした人。これが私たちベータをこの学園に召喚し、なおかつこの部屋……探偵室にベータを放り込んだ張本人だった。「単刀直入に言います。皆さんにはこれから、死体を診てもらいます」


「またですか」

「ええ、またですよ」


 私たちは心底うんざりした顔で、理事長の顔を見た。

 理事長は「私悪いことしてません」という潔癖そうな表情に、人を食ってそうな笑みが滲み出ていて、ときどきものすごく殴りたくなる。

 私たちが探偵室にいるのは、他でもない。

 アルファ同士の諍いの調査と調停が、私たちベータが三年間学費ただで天元学院にいる条件だからだ。


   ****


 基本的にこの世はアルファの思い通りにできている。法律をつくっている人の大半はアルファなのだから、当然ながら法律方面でもアルファが有利にできている。

 だからアルファが番をつくりたいと願って野生を爆発させてトラブルが起こったとしても、法律上アルファは守られているため、なかったことになってしまうのだ。

 弁護士も裁判官もそのほとんどがアルファに浸食されてしまっているし、なによりもベータより何倍も金を持っているのがアルファで、ベータに優しい弁護士だって金や権力で買収脅迫されてしまったら、それで終わりなのだ。

 でも、アルファにとって有利なこの世界でも、アルファも万能ではない。

 アルファ同士の諍い。それはもう狂暴で凶悪過ぎる上、代々アルファを輩出しているような家柄は大概権力を持ち過ぎているため、血で血を洗う争いにまで発展しかねない。

 特に顕著なのは、アルファが番をつくろうとする思春期だ。

 オメガというアルファにとっての運命の番は、ある日を境に忽然と姿を見せなくなってしまった。そうなったら当然ながらアルファは番をつくれなくなってしまったのだが、落とし穴が存在する。

 アルファはアルファとメンチを切り合って、負けたほうをオメガにできるなんていう、凶悪な生存戦略を打ち立ててしまったのだ。たしかに野生動物でも、負けたほうの性別が変質してしまうというのは存在する。中には合体して一匹の生き物になってしまうっていうのも。

 でもベータの生態とは大きくかけ離れ過ぎていて、私たちではどういうことなのか、なんにもわからないんだけれど。

 アルファは番をつくろうとするとき、強力なフェロモンを垂れ流すらしい。どちらが上か、どちらが下かのマウントを取るために。そのフェロモンに当てられたアルファは、大概は様子がおかしくなってしまうらしい。本来の番であるオメガを呼び寄せるためのフェロモンは、時を重ねてアルファ同士の性別を変えるマウント合戦のためのものへと変質してしまった。

 そして、そのマウント合戦は、野生に返り過ぎた思春期のときに、稀に相手を殺してしまうことがある。

 アルファ同士の様子のおかしくなるフェロモンの中は、当然ながらアルファは立ち入ることができない。そして法律上においても、アルファが番をつくろうとして行ったマウント合戦で相手が死んだとしても「事故」とみなされて、法律上ではお咎めなしとなってしまう。

 そこで、私たち探偵部の出番となるのだ。


「どうか犯人の特定と、退学の説得をしてくださいね」

「……はーい」


 理事長もアルファだから、当然ながら現場に入ることができない上に、被害者の親に根回しをしないといけない。子供がひとりマウント合戦のせいで死なれてしまった以上、加害者を特定したら、法的には無罪だとしても社会的に加害者一家を壊しかねないのだから。アルファ同士の争いになったら、本当に周りに迷惑がかかる。その被害を最小限にでも抑えないといけない。

 フェロモンのせいで体調を崩した生徒たちが続々出たため、生徒は私たちベータ以外は寮に戻って待機となった。ベータの講師陣は急いで現場の封鎖に動いている。私たちは現場へと出かけていった。


「これって普通、警察の役目ですよねえ? なんで私たちがいつも行かなきゃ駄目なんですか」

「そんなもん決まってるだろ。アルファの家に警察が勝てるのかって話だよ」


 超のつく大金持ちになったら、司法さえも融通を利かせてしまう。うちの学校にいるアルファは大概はすごい富豪ばかりになる。


「でもそれ、被害者の親もじゃないですかぁ」

「だからだろ。被害者親と加害者親がぶつかったら……本当に大変なことになる」


 それに私はうんざりした。

 会社ひとつが乗っ取られるくらいだったら、まだギリギリ大丈夫だろうけれど。会社がひとつ潰れたら、そこの会社で働いていたベータたちにまでとばっちりがいく。

 アルファ同士の諍いで株価が乱気流になってしまった話は一度や二度でなく、それの調停に動かなきゃいけないのは大概はベータなのだ。私たちのように扱き使われているベータのおかげで、世の中なんとか機能している。

 つまりは。アルファの家系同士の潰し合いに発展する前に真相を突き止めて、それを上に投げる。あとは犯人に自主退学を促せば私たちの役割は終わりという話になる。

 探偵小説じゃないから。探偵だって探偵事務所に依頼が来たから仕事をしているけれど、私たちは進路を人質に取られて行動してるから。

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