ハッピーエンドには程遠い。。。

のののなの!

第0話 おとこの娘だけど、レンカノの件

 そもそも、僕が被写体となってしまったのは、やはり貧乏なことが主な要因であったと言える。


 僕らの親が他界したのは、僕が小学生を卒業した日の帰りであった。

 同じ会社に勤めていた両親が、信号無視したトラックに正面衝突したから、子供だけが残される事になった。


 親戚付き合いは、ほぼなく、僕らを引き取る親戚もいなかった。唯一の希望は、母の妹が多少は援助してくれたことで、僕らの生活は軌道に乗った。

 海ねぇが雑誌の読者モデルになり、少年誌のグラビアとかで多少の稼ぎを貰えるようになり、僕らは自立の道に舵を切った。


 また、従姉妹には、男の子はおらず、僕にも海にお下がりの洋服や制服を与えられた。


 そんな環境に文句なんて言えるはずもない。


 ズボンがスカートになっただけのこと。。。


 外に出なければ、誰にも分からない。


 だから、僕はこの服装を身に纏ってからは、髪を伸ばした。


 男子であることを捨て、スカートをある履いていても誰からも笑われない。後ろ指を刺されないように自分のことをワザとミステークした。


 僕らは兄妹3人で行動することが多い中、その3人のうち、僕だけが髪の毛や眼の色が違うため、とても目立ってしまった。


 色々な女子のみならず、男子からもスマホで撮られていたのは、とても怖くて不快な気持ちだった。

 僕より、よほど女の子らしい海と凪には視線を送るだけで撮られるのは僕だけだった。


 何故だろうと疑問に思っていたが、碧眼のプラチナブロンドの華奢な女子という姿は絶好の被写体のようだ。

 この真実を知り得たのに好機を逃すのはとてももったいない。

 だから、自分なりに自撮りを研究した。


 そんな理由から、僕は早くからアルバイトをするよう気持ちを固めていた。


 洋服と共に、化粧道具も譲って貰えたから、早めに化粧を覚えて、インスタに投稿もしていたが、元々男であるため、限界というか壁が立ちはだかった。


 音楽を流しながらのメイクとかは全然大丈夫なのだけど、声を出さないと説明できないこともしばしばあり、姉に相談して、画用紙に書き込むことでかわすことにした。たまに、海ねぇがナレーションをしてくれたり、凪がしてくれたり、僕のサポートにまわってくれた。


 この時、既に3万人程はフォロワーがいて、多少の稼ぎは出てきた時に動画の依頼がきた訳だ。


 最初の投稿は、動画ではなく、カラフルな画像の中、僕の外人的な見た目を活用して、外人の女の子が日本を遊び倒すものであった。


 だが、投稿頻度は低くても画像のインパクトを求めたから、コアなファンからフォローして貰えたらしく、動画と海ねぇの仕事で僕らは生活をしている。


 そんな中、残酷ながら高校の制服は、学ランであり、それも古着屋で買う事になった。

 髪色を黒色に染め上げ、黒いカラコンに伊達メガネで大柄の学ランに袖を通して、華奢な体型を見られないように気をつけた。


 僕の気持ち的には、学ランは素直に嬉しかったけど、僕のことに貴重な姉の稼いだお金を使って欲しくも無かった。


 こんな中、動画も沢山撮れるわけでもないため、僕らは決断を迫られた。


 食べるために!


 ⭐︎


 心地よい春の陽射しが、アンティークなカフェの窓から差し込む。カチ、カチ……。振り子時計の音が響きそうな静かな空間で、僕は目の前の男性と向き合っていた。カップに残る紅茶の香りが、少しだけ心を落ち着かせてくれる。


「修一さん、そろそろお時間です」


 僕の細い手首に巻かれた古びた腕時計を示すと、彼は「えっ、もうそんな時間?」と、いつものように目を丸くして狼狽えた。


 ああ、この人もまた、時間を忘れるほど自分の世界に没頭してしまう人なんだな。


 彼の話す内容は、極めて狭い世界のものだった。それでも、なぜか僕は共感してしまう。適当な相槌で済ませることがほとんどなのに、今日は珍しく、つい耳を傾けてしまった。


 それは、僕自身が彼と同類だと感じたからだろうか。自分の本心を半分も知らない、自分の世界に閉じこもりがちな男。

 

 彼女を作るには、まだ何もかも足りない人。そんな彼に、僕はかつての自分を重ねていた。


 修一さんと別れ、次の約束の場所へ向かう。待ち合わせの駅に着くと、すでに一人の男性が僕を待っていた。

 先週も指名してくれた、常連のお客様だ。


「本日はどういたしましょうか?」


 僕が笑顔で尋ねると、彼はいつものように肩をすくめた。


「いや、もう決まっているよ。今日は君の好きなところに行こう」


 今回もノーアイデアか。レンタル彼女とはいえ、デートプランを女の子任せにするのはどうかと思う。一瞬、顔に出そうになるのをぐっと堪える。いけない、お仕事中だ。


「……そ、それじゃあ、まずはこちらから提案させていただけますか?」


 僕は表情を崩さず、デートの選択肢をいくつか提案する。ショッピングモールで映画、ウィンドウショッピング、ボーリング、カラオケ……。


「んー、映画は時間的にぴったりかも知れないですね。でも、せっかくのデートイベントですから、もう少しワクワクできるものをお願いします」


 ……あんた、無茶振りすぎだよ。


 服はファッション雑誌から出てきたような、小綺麗で整ったスタイル。なのに、背中に背負ったリュックだけは完全に浮いている。デートにそんな荷物、いるだろうか。


 このアルバイトを始める前、僕は双子の姉である海ねぇに、徹底的に「女の子」としての振る舞いを仕込まれた。やっと合格をもらえたけれど、まったく嬉しくない。僕がこの地獄に放り込まれたのは生活のため。


 ちなみに僕、空(そら)の名は、姉の名前と対になるように名付けられた。キラキラネームの姉弟、両親のセンスには時々疑問符がつく。


 今日の仕事は午後から2件。


「お姉ちゃん、じっとしてて」


 ふいに、妹の凪が僕の顔を覗き込む。いつものメイクのチェックだ。


「いや、待て、こそばゆい。それに、ねーちゃんじゃねー」


 その途端、額にペンでグリグリと痛みが走った。目の前で星が踊る。


「空、往生際が悪い。それに、『おねーちゃん』って言われて怒らないの!」


 姉の海ねぇがニヤニヤと笑いながら見ている。海ねぇは整った顔立ちに、白糸のような薄い金髪を持つ憧れの的。僕も同じ顔立ちのはずなのに、この状況はなんだか複雑だ。


 僕がこのバイトを続ける理由は、他でもない。元気いっぱいの姉、海と色素の薄い白い肌が際立つ凪に、虫がつくのを防ぐためだ。


 特にまだ幼さが残る彼女の容姿が、他の男どもの目に晒されるのは耐えられない。


 デートの清算を終え、手を繋ぐオプション代がスマホに振り込まれたのを確認する。僕は立ち上がり、お客様に笑顔で別れを告げ、駅に向かって足早に歩き始めた。


 お客様がストーカーになるのを防ぐため、早く姿を消すのがルールだ。


 駅地下の多目的トイレで、凪と合流する。人目を忍びながら、慣れた手つきで化粧を軽く落とし、パーカーとジーパンに着替える。


「ねぇ、空ちゃん。アイス食べたくない?」

 楓が満面の笑みで、僕の目の前のサーティーセブンアイスクリームを指差す。早くここから離れたいのに、上目遣いで訴えかける凪の瞳に、僕は抗うことができない。


「凪ちゃん、早く食べる?」


 僕が囁くと、彼女は満面の笑みで頷く。この笑顔には、海ねぇも僕も逆らえない。


 店に入ると、そこに見知った顔がいた。身を隠そうと、こっそり店員に注文するが、凪はふらふらと知り合いのほうへ歩いていく。


「あっ、やば……!」


 僕は慌てて凪の背後に忍び寄り、耳元で囁いた。「すぐ帰るからね」


 凪はくるりと振り返り、「ごめんなさい」と悲しそうな顔をした。その愛くるしい表情に、僕はすべてを許さざるを得なかった。



「凪行こう」


 僕が彼女の手を引いて店を出ようとすると、彼女は何かを言いかけて口を閉じる。その様子を見て、僕は少しだけ心配になった。


「凪、どうした?」


「…ううん、なんでもない」


 そう言って、楓は僕の手にぎゅっと力を込める。彼女の体温が、僕の心を温めてくれる。


 僕は、この「おとこの娘」のバイトを続けることで、大切な姉妹を守ることができる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る