第7話 図書館の声、廊下の気配
火曜日の放課後。
空はまだ明るく、廊下の窓からは西陽が教室の隅を照らしていた。
チャイムが鳴ったあとも、誰も急いで帰ろうとはしない。
試験でもイベントでもない、ただの日常の夕方。
でも、野上成哉にとっては、ちょっとだけ特別な放課後だった。
今日も──図書館に、彼女が来ていた。
「……あのラストの、一枚の写真。あれ、すごいよな。何も語らないのに、“これから”が見える感じがして」
「うん、私も……鳥肌たった。
あの構図、監督のこだわりなのかな。実は原作には、あの場面ないんだよ?」
「マジで?」
「うん。小説だと、もっと淡々と終わるんだけど、映画は……あの余韻があるだけで、全然違って見えた」
成哉としおりは、机を挟んで並んで座っていた。
昨日話していた通り、あの監督の別作品をふたりとも観ていて、
自然と、感想を言い合うようになっていた。
声を潜めてはいるものの、映画トークは止まらない。
「じゃあさ、この前のシーンのカット割りも、演出の工夫ってことか……」
「うん、多分──」
「……ちょっと、静かにしてください」
背後から、ぴしゃりと声が飛んだ。
振り返ると、カウンターの司書の先生が眉をしかめてこちらを見ていた。
「図書館では、静かにお願いします。話すなら、廊下で」
「……す、すみません……」
二人そろって立ち上がり、軽く頭を下げる。
そしてそそくさと、図書館のドアを押して外へ出た。
廊下は夕方の光に満ちていた。
誰もいないはずだった──成哉はそう思っていた。
「図書館、今日混んでたからさ、つい……」
「うん。怒られたの、初めてかも」
しおりが苦笑する。
成哉もつられて笑ってしまう。
(……なんか、こんなの、いいな)
誰かと映画の話をして、怒られて、
でもそれがちょっと楽しくて、また明日も話したくなる。
こんな日が、あと何回あるんだろう──
そんなことを考えていたときだった。
──視界の先、曲がり角の影に、見覚えのある姿が立っていた。
三浦美月。
手にプリントを持ち、成哉としおりのやり取りを見ていた。
一瞬、視線がぶつかる。
でも美月は、何も言わずにそのまま通り過ぎた。
笑うわけでも、睨むわけでもなく。
ただ、成哉の目をまっすぐ見て──そのまま、何も言わずに。
(……見られた)
一気に胸の奥がざわついた。
別に、やましいことなんてしてない。
ただ、映画の話をしていただけ。
だけど、心のどこかが勝手に“後ろめたさ”を覚えていた。
◇
帰り道。
下駄箱で靴を履いていると、隣に美月が来た。
「ねぇ、さっき──図書館で、何の話してたの?」
「え?」
「杉浦さんと。……楽しそうだったけど」
声色はいつもと変わらない。
明るく、笑っているように聞こえる。
だけど、その目は笑っていなかった。
「……ああ、ちょっと、本の話。たまたま、読んでたやつが一緒で」
ごまかすように、成哉は靴ひもを引き締めた。
視線を合わせるのが、怖かった。
「ふーん……そうなんだ」
それだけ言って、美月は軽やかに歩き出す。
彼女の背中が、夕焼けに染まっていった。
心のどこかが、ちくりと痛んだ。
“誰にも言えなかった”ことが、
“誰かに見られた”ことで、色を変え始めていた。
それが何の感情なのか、成哉はまだ気づいていなかった。
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