第4話 重なった指先、同じ一冊

昼休み。

廊下のざわめきが遠のいていく。

生徒たちがパンや弁当を手に教室に戻るなか、成哉はひとり、校舎の端にある図書館へと足を向けていた。


(……あるかな)


静かにドアを開けると、カウンターの奥で司書の先生が雑誌の整理をしている。

気づかれないように足音を殺して、本棚の並ぶ奥のほうへと進む。


目的は一冊──

昨日観たばかりの映画『名前のない午後』の原作小説。


(読んでみたいって思ったの、初めてかもな)


映画の余韻がまだ胸の奥に残っていて、

それを少しでも確かめたくて、本に触れたくなった。


──文学書棚のB列、海外翻訳小説のコーナー。


背表紙を辿っていく指先が、目当ての一冊を見つけた瞬間。


「あっ……」


小さな声が、重なった。


同じタイミングで、その本に指を伸ばした誰かがいた。

思わず手を引っ込めた成哉は、遅れて相手の顔を見上げる。


──杉浦、しおり。


(……っ)


黒髪に、黒縁の眼鏡。

制服の襟元が少し緩んでいて、静かな目がこちらを見つめていた。


「……ごめん。先に、どうぞ」


成哉が声をかけると、しおりは目を瞬かせた。


「いえ……どうぞ、野上くんが」


驚いたような、でもどこか嬉しそうな声だった。


成哉は一瞬迷ったあと、手を伸ばして本を取り、

けれどそのまま渡した。


「じゃあ……代わりに、話、聞かせて」


「え?」


「その本。映画の原作でしょ。昨日、観たんだ。……杉浦も、あの日、観てたよね」


しおりの表情が、ほんの少し固まる。

けれど、すぐに目を伏せて、ゆっくりと頷いた。


「……うん。私、あの映画、すごく好き」


そう言って、本を両手で受け取ると、しおりは少しだけ笑った。

昨日、ミニシアターのガラス越しに見た、あの笑顔。


「……あのラスト、どう思った?」


ふと、成哉が口にすると、しおりはまた目を瞬かせる。


「悲しいのに、やさしいっていうか……ちゃんと、愛してたんだなって思った。言葉じゃなくても、わかることってあるんだなって……」


その言葉に、成哉の胸の奥が震える。


そう。

そうなんだ。

誰にも伝えられなかった、自分の感じたこと。

彼女は、同じように感じていた。


「……杉浦って、すごいな。ちゃんと、言葉にできるんだな」


「そんなこと、ないよ。ただ、好きだから、ずっと考えてただけ……」


しおりはそう言って、ほんの少しだけ、視線を上げた。


「……野上くんも、あの映画、好き?」


その問いかけに、成哉は初めて迷わず、はっきりと頷いた。


「──うん。めっちゃ、好き」


たったそれだけのやりとりなのに、

昼休みの喧騒から離れた図書館の片隅は、まるで別の世界だった。


(……こんなに、話してて落ち着くの、初めてかもしれない)


誰にも言えなかった“好き”が、いま、誰かと繋がった。


放課後でも、放課後の約束でもない。

ただ、偶然に重なった指先と、一冊の本。


それが、ふたりの秘密の始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る