東北地方のとある《湖》について

風丘 春稀

第一章【1969年『K湖死体遺棄事件』】

1〈湖から遺体発見〉


 以前、読書の皆様にとある怪異についての情報提供を募った『引き込まれないようご注意ください』を公開したが、後日また新たに情報が寄せられてきたのでご紹介したい。


 私は現在、例の貼り紙の謎を巡って、その流れで東北地方のとある湖で頻発しているという謎の現象を調査している。


 どうやらその湖では、訪れた人が行方不明になる、急に湖に飛び込み、捜索しても何故か遺体が上がらない、などといった奇妙な出来事が相次いでおり、巷では『冥界への扉』と呼ばれ、恐れられていたそうだ。


 その湖(仮にK湖とする)は、N町とN山が隣接しており、そのN町でも恐ろしい怪談が出回っていた。


 ある一定の時刻になると、K湖の水面から上半身だけを出した男が現れる。その男は、ランダムに見つけた人間を指差し「来る、来る……」と何度も同じことを呟いて、しばらくしたら沈んでいく。指をさされた者は、例外なしに三ヶ月以内に行方不明になるか死亡する。大まかそんな話だ。


 私は、この怪談の出所を調べるために、N町、およびK湖周辺で起きた事件、事故を軒並み探してみた。この手の話は、だいたい過去に起きた出来事が元になっていることがある。現実に起きた出来事が誇張され、怪談として広まっていく。あらゆる心霊スポットの噂というのは、ほとんどが根も葉もない創作で、稀に悪意のあるものも存在する。


 噂が広まり始めたのは、1970年代初頭。K湖に向かう途中で出会った現地人に話を聞いた。


「ああ、覚えているよ。確か50年以上昔の話だ。何故か分からんが、今までそんなことはなかったのに、事故が起きるようになってね。そこで何人も溺れ死んでるんだよ。何が発端となったのか分からないけど、ひとつだけ印象深かった事件があってね。そこで人の死体が見つかったって。そこからじゃないかなぁ……『いろんな人が訪れては、引き込まれていく。あそこにはもう近づいてはいけない』……友達がそう言っていたよ」


 どうやらそこでは約50年前、遺体が引き上げられる事件があったらしい。その詳細を見つけられないかと現地の図書館へ足を運び、過去の新聞記事を調べていた。そしたら、こんな記事が見つかった。



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1969年 2月9日 

【極寒の湖から男性の水死体発見】


 午後三時頃、遊覧船の乗客が水面に浮かぶ人のようなものを発見し、警察に通報。遺体の身元は不明だが、死後数日は経過していると思われる。男性で、年齢は20代前半。警察は、事故と他殺の両方の可能性を視野に入れ、捜査を進めている。


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 見つかったのはこの記事だけで、その後の新聞記事や雑誌等を探しても同様の事件を扱っているものはなかったが、地元民にとっては衝撃を受ける出来事であるに違いない。奇妙なことに、失踪事件は数件あったが、それまでここで人が死亡する事故は一切起きていなかったのだ。


 つまり、この事件を皮切りに、数珠繋ぎのように人が亡くなる事故が湖ピンポイントで多発していることになる。これは偶然なのであろうか。


 私がこの記事を見つけてから、およそ2週間が経った頃だった。


 私は学生時代から某ネット掲示板を愛用しており、例の事件に関するスレを立て、他のユーザーから情報を集めていた。


 すると、とあるユーザーからこんな投稿が寄せられた。



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0026. 名無しさんのお怪談 2025/3/20 19:25:25 ID tgf27qrt3


その湖で死んだっていう男、親父の知り合いかもしれん。

遺体が見つかるまで、行方不明で探されていたらしい。


もう20年以上昔の話になるが、俺の親父から同じような話を聞いたことがある。

確か、その話を聞いたのは小学生の夏頃、心霊特番を親父と見てたんだよ。その時、親父が自分にも怖い話があると言って聞かせてくれたことがあるんだ。


親父が言うには、精神的な病気を抱えてた人だったとか。子供の頃、彼が近所の駄菓子屋のおばちゃんから、お菓子や余り物のおかずを恵んでもらっていたのを見かけたらしい。親父と彼は特別仲良かったわけじゃなかったが、その店で度々会うことがあった。その都度、タッパーに入ったおかずとお菓子をセットで持って帰ってた。


その人、ろくに喋れなかったらしいんだよ。話しかけても黙ったまま頷くか、首を振るだけで喋ったところを見たことなかったらしい。だから精神的な病気って思われたんだろうな。 



0027. 名無しさんのお怪談 2025/3/20 19:32:63 ID tgf27qrt3


親父が中学生ぐらいになると、ぱたりと店に顔を出さなくなった。

 

だが、ある日友達と学校から帰っていて、知らない男と彼が一緒に歩いていたのを見たんだって。しばらく会わないうちに喋るようになっていたようで、「黒い人、来る」って、親父の後ろにいた友達を指さして、「来る、来る」ってずっと言ってたらしい。


隣にいた男の人が、慌てて彼の口を塞いだ。それにびっくりしたのか彼が急に泣き喚いたもんだから、気味悪くなって親父たちは逃げたらしい。


ここからの話が特にヤバかった。例の指をさされた友達は、それから一月もしないで交通事故に巻き込まれて亡くなったらしい。それと「来る」が関係あるのかどうかは分からん。にしても、気持ち悪い話だった。


親父はN町の出身で、釣りが趣味で、良く湖へ釣りに行っていた。湖から遺体が上がったという事件は、スレ主が説明した通り、今から50数年前に確かに起きたらしくて、親父は当日も釣りに来てたみたいだよ。


突然、遊覧船辺りからギャーギャー叫ぶ声が聞こえて、しばらくしたら警察が来て、事情を聞いたら水死体が発見されたと……


周辺は治安もさほど悪くはなく、住民も愛想良い人ばかりで本当に平和だったらしいが、それ以降、度々変な噂を聞くようになったとか。湖の中から、スレ主が言う「来る」という言葉を連呼する男の霊が現れるっていう噂が。


いまだに、一緒にいた男の人が何者だったのか、彼が言う「来る」とはどういう意味だったのか分からないらしい。



0028. 名無しさんのお怪談 2025/3/20 19:42:14 ID stu278rq


>>27

嘘松。

水死体がその男だっていう証拠はどこにもない。

男の身元、結局分かってないんだろ?



0029. 名無しさんのお怪談 2025/3/20 19:49:37 ID tgf27qrt3


>>28

いや、随分後だったが、しっかり身元が分かってる。まだ話の続きがあるんだ。


その事件から間も無くした頃、親父は地元の幼馴染と飲みに行くことになって、偶々その事件の話題になったらしい。どうやら彼は、地元では有名な子だったらしくて(多分悪い意味で……)、事件が発覚する数日前から行方不明で捜索されていたらしい。


彼と一緒にいた男も、ようやくその時に正体が分かった。


幼馴染は、彼の家の近所に住んでいて、実は両親が離婚していて、一度苗字が変わっているらしい。母親らしき人が出てくるのは見ていたが、いつの日か彼を見かけなくなったらしいんだよ。度胸がある幼馴染だったようで、母親本人に聞いてみたところ、経済的にきつくて一時的に児童養護施設に預けていたことが分かった。その時親父たちが見た男は、その施設の職員だったんだ。


さらに、あの駄菓子屋のおばちゃんは、彼女の姉だったんだ。気軽におかずを恵んでもらえていた理由が分かった。


彼が成人して、亡くなるまでどのような人生を送っていたのかは誰も分からないそうだ。だが、あの時失踪して、湖で遺体となって発見されたのは紛れもなく彼だったって言ってるよ。


親父が30ぐらいになるまでおばちゃんは店をやってた。久々に行ってあの時のことを少し聞いてみたらしい。そこで初めて、「湖で死んだのは自分の甥だ」と話したらしいよ。


もう50年も経ってるし、本人はすでに死亡して、おそらくおばちゃんも、彼の両親ももうこの世にはいないだろうから、本名を載せる。


《にき こうすけ》


漢字が分からないから平仮名でスマソ。


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 送られてきた投稿を要約すると、投稿主の父親が、当時見つかった遺体の身元を知る唯一の人物であったという。


 その人物の名前は『にき こうすけ』。


 恐らく苗字は、《仁木》だと思われる。名前に関しては、沢山の書き方があるため断定はできない。


 1969年の彼の死を発端に、その後12件の怪死事件がこの湖で起きていた。後々、この事件が、あの奇妙な貼り紙『引き込まれないようご注意ください』が誕生に関与していることが分かったのだ。


 1969年の事件から半年後、湖畔で不審な人物が発見されることになる。


 あのメッセージは一体どういう意味なのか、調べて判明したことを順を追って説明する。ただし、諸事情により一部時系列を反転して解説することがあるため、読む順番を変えても構わない。その際はタイトルの前に「※」が付いている。

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