第24話
その日の夜、ジャスティスがみんなの前で話してくれた。
俺は本当は十五歳で死ぬくらい、もろい体だった事から順番に。
ババアが作っていた薬は、命を引き延ばすためのものだった事。ピアスもあの吐き気のする注射も、悪魔や魔物に狙われないように必要だった事。薬を作るのに時間がかかって、部屋にこもりきりだったんだって。
親父はそんな俺達を連れて、旅が出来なかったんだ。強かったババアと俺達をあんな村に置いていくしかなかった。たまにしか戻る事が出来なくて、本当はすごくすごくかなしかったんだって。
そして誕生日のあの日、村を出てから二人が俺達を探していた事。そのためにあの狼男達の集落で仕事をした事。ピアノが上手い真っ白な双子がいるって、噂で聞いて追ってきたんだって事も。あの誕生日の日から、俺はいつ死んだっておかしくないほど、弱ってたんだって事も。
そんな状態で狼男達にたくさん血をあげてしまったから、今、こうして寿命が来てる。
ジャスティスはずっと鼻水をぐずぐず言わせながら、ゆっくりゆっくり話した。いつになく弱々しい声で、ときどき言葉に詰まりながら、それでも全部、きちんと話してくれた。バカで、弱っちくって、泣き虫の、俺がよく知ってる弟だけど、ずっとずっと大きく見える。だって、俺の知ってるジャスティスだったら、きっと怖くて逃げ出してたから。ジャスティス、強くなったんだな。
俺は黙って聞いた。
ジャスティスはなんにも間違ってないから。
ババアは話が終わると、俺に薬を持たせた。
いつもみたいに、無理矢理飲ませようとはしない。飲みたくなければ、無理に飲めとは言わない。気休めだけど、少しは楽になるからって。
ジャスティスが持っていたのと同じ、細長いビンだ。今度は透明だった。
ババアが持ってきた薬はめちゃくちゃ不味かったけど、でも少し落ち着いた。落ち着いたから、話も少しは出来るようになった。だるいけど、そこまで痛くない。苦しいのも少し楽になった。
でもジャスティスの悲しそうな声のせいで、俺まで泣きそうになって返事なんて出来なかった。
「黙ってて、ごめんね」
ジャスティスは話の最後にそう言った。
俺は不思議で、ジャスティスの顔を見上げた。
「なんで? ジャスティスは何も悪くないのに」
「だってオレがあの時、腕を切れていたら、クライブは倒れてなかった」
おもしれーやつ。鼻水出てる。
「俺はジャスティスが腕を切らなくてよかった」
「どうして?」
「だって切ってたら、せっかく守ってやったのに、傷が残ってただろ?」
「オレだって、クライブほどじゃないかもしれないけど、怪我くらいいっぱいしてるよ」
ジャスティスはほらと包丁で切った、てのひらの傷を見せつけてくる。思ってたよりいっぱいあるからちょっと驚いた。てっきりつるつるの手をしてると思ったのに、ジャスティスは俺なんかより荒れたガサガサで傷だらけの手をしていた。包丁で切った傷がいっぱいあった。
そうか、こんなに傷を作りながら、毎日ご飯を作ってくれてたんだ。美味しいお菓子も、美味しいご飯も、キノコだらけのポトフもコンソメを使い過ぎのポタージュも、三日くらいかけて食べる誕生日のホールケーキも、なにもかも。
ジャスティスが俺の事を知らなかったように、俺もジャスティスの事を全然知らなかったんだ。十四年も一緒にいたっていうのに。
「でも、自分で切って痛いと思うのは、俺だけで十分だろ?」
笑える。俺が言える立場なんかじゃないのに。
ジャスティスがまた泣き出した。
そんなに泣かなくたっていいのに。だってジャスティスはもう、俺がいなくたって大丈夫なんだから。そう言ったのはジャスティスなのに。
俺はジャスティスの手を借りて、上半身をなんとか起こすと、ふっかふかの枕を背中に置いた。もたれてれば、起きててもそんなにしんどくない。
「ジャスティス、代わりに手紙書いてくれよ」
「なんで?」
「俺、メルディに伝えたい事があるんだ。でも明日、起きないかもしれないから」
ジャスティスはポケットからメモ帳を出して、いいよと言った。鉛筆を握って、うなづく。
俺はゆっくり考えた。
伝えたい事がたくさんあるんだ。何から書いてもらったらいいかな?
そうだ、崖の下で死ぬのを待ってた俺を、無理矢理連れて帰って、手当してくれた事からにしよう。それからそれから、俺が死にたいって言った時に泣いてくれた事。俺を生かしてくれた事、一緒にいてくれた事、そばにいて笑ってくれた事。ピアノを聞いて笑ってくれて、好きって言ってくれた事も……。
あんなにうれしかった事、一度だってなかったよって。
ピアノだったら、どんな曲だって弾けるのに。音色に乗せれば、どんな思いも言葉にしなくたって伝えられた。きっと伝わると思うんだ。でももう鍵盤を叩けるほど指も自由に動かないな。
俺はバカだから、自分じゃ手紙も書けないけど、せめてサインは自分でしたいな。
あ、でも俺、自分の名前も書けないや。
「なあ、ジャスティス。俺の名前ってどう書くの?」
「クライブってバカだよね」
「ジャスティスばっかり、学校行きやがって。ずるい」
俺は笑った。なんか楽しくて。
ジャスティスはまず鉛筆の持ち方からはじめた。
力が上手く入らないけど、なんとか握れる。
白いメモの隅に、俺の名前を書いて見せるのが面白い。
そういや、二人でこんなふうに笑ったの、何年ぶりだろう? 学校に行く前は、こうやって二人で遊んでた。絵を描いて、木に登って、木刀を振り回して遊んだ。よくケンカもした。いつもジャスティスが先に泣いたっけ?
きっとメルディに会う前だったら、字なんて覚えたくなかった。だって俺は俺が大嫌いだったから。名前も髪も目も、この腕の傷跡も、全部大嫌いだった。
なのに今は自分の名前をなんとか紙に書こうとして、ジャスティスに笑われるのが楽しい。キラキラしてるんだ。
長い長い手紙の最後に、俺は自分で自分の名前を書いた。『CRYVE』ってたったこれだけなのにすごく難しい。ジャスティスのきれいな字の隣りに並ぶと、なんだか少し変だ。ガタガタで、ゆがんでて、ジャスティスの字には程遠い。でも満足だった。伝えたかった事はもう全部、手紙にジャスティスが書いてくれたから。きっと顔を見て言えなかった事だって、手紙にちゃんと残したから。もう平気。眠るのも怖くなんかない。
俺はジャスティスに明日もちゃんと起こせよって、笑ってから眠った。
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