第21話

人を好きになるのって難しい。

 『こい』なんて、まだよく分からない。

 『あい』だってメルディは言ってたけど、それもよく分からない。

 ただそれが、特別な好きなんだって事はなんとなく分かった。すごくすごく特別な好きだって。

 メルディが俺に教えてくれた。苦しくて痛いなら、泣いてもいいって。何時間でも一緒にいて、泣き止むまで離れないって。それでもダメなら、どうしたらいいか考えようって。

 もしかしたら、怖かったのかもしれない。メルディに突き放されたらって……。

 本当に三時間も一緒にいてくれたから、ぎゅっとされるのも、もう怖くない。温かくて、うれしくて、俺はずっとメルディの肩にしがみついて泣いていた。

 涙が止まって、少し落ち着いたらすっきりした。

 俺はメルディの肩から顔を上げて、ベッドにちゃんと座った。

 メルディもこっちを向いて座りなおす。

「落ち着いたかい?」

「もう大丈夫」

 俺はそう返して、メルディに尋ねた。

「さっきの、なんて言うの?」

「どれ?」

「ぎゅってするやつ」

 メルディは笑った。

「笑わないって言ったじゃん」

「ごめんごめん」

 メルディの手が好きだ。

 ゆっくり何度も頭を撫でてくれる。だから簡単に許せちゃうのかもしれない。

「あたいとしては、可愛いから教えたくないんだけど」

「またジャスティスに笑われるから嫌だ」

 俺はメルディを真っ直ぐ見つめた。

「だって、なんて言ったらしてくれるのか分かんないじゃん」

 メルディは真っ赤な顔をして、俺から目をそらす。笑ってるんじゃなくて、照れてるんだって、やっと分かった。

「やっぱり教えない」

 メルディはそうそっぽを向いて、すごくうれしそうに笑った。なんだかその顔が好きで、そんな事どうでもよくなった。

「じゃあいい」

 俺は笑った。

 メルディの背中は、小さいけど温かい。そこにほっぺたをくっつけてるだけでうれしいんだ。ドキドキするけど、もうそんなに嫌じゃなかった。

「落ち着いたんなら、夕飯食べに行こうか」

 メルディが俺に言った。

「行く。でもその前にもう一回ぎゅってして」

「やっぱりクライブには絶対教えない」

 メルディはそう言って、こっちを向くとぎゅっとしてくれた。

 目を閉じると、すごく落ち着いた。もっとこうしてたいな。でも腹は減ったし、いつでもしてくれるんだって思ったらうれしかった。

「うれしいよりうれしいのってなんて言うの?」

 俺は尋ねた。

「幸せかな」

「じゃあ俺、今しあわせだ」

 嘘じゃない。本当にすごくすごくうれしかったんだ。これがしあわせなんだったら、俺は今、すごくしあわせだと思う。どんなごちそうよりうれしいんだから。

「それなら今まではしあわせじゃなかったのかい?」

「うん。苦しかった」

「きっと悲しかったんだね」

「じゃあ、かなしかったんだと思う」

 ベッドから降りて、俺はメルディの手を握る。柔らかくて温かい。

「ピアノ、弾かなくちゃ」

 俺はそう言って、ドアを開けた。

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