第6話

 目が覚めると燭台のろうそくが消えていた。廊下から差し込む光りだけが部屋を照らしている。

 体を起こしたら、やっぱり腹が鳴った。

 変なの。死にたいのに、一丁前に腹だけはへるんだ。

 仕方がないから、俺は裸足で部屋を出た。石造りの床は冷たいけど、ブーツを履くのは面倒臭い。何か食べ物を取ってきたら、戻ってくりゃいいや。俺はゆっくり廊下を歩いて、階段を上がる。

 ろうそくがいくつか消えていたから、長い間メルディはここに来ていないみたいだ。

 いつもカギがかかっていたドアは簡単に開いた。きしむ音が響く。

 なんとなくドアをちゃんと閉めると、俺は灯りに向かって歩いた。

 大きな玄関ホールの窓からは半端に欠けた月が見えて、シャンデリアが明るく辺りを照らしていた。ぼんやり辺りを見回しながら歩いていたら椅子にぶつかってこけた。地味に痛い。

 大きな音がして広い玄関ホール中に響く。

 結構デカい音がした筈なのに、誰も出て来ない。ジャスティスもメルディもいないみたいだ。寝てるのかもしれない。

 俺はそのまま大きな扉に向かって歩いた。

 来た時、入ってきた大きな両開きの扉だ。開けようとして押したら、思った以上に重くて体重をかけなくちゃ開かなかった。メルディもあの魔女も、よくこんな所から出入りしてるよな。魔法が使えたら大した問題じゃないのかもしれないけど。

 外は寒かった。俺はローブを忘れていて、半そでの白いシャツに麻のズボン一枚で、靴下も履いてない裸足だ。部屋が暖かかったから今が秋だって事をすっかり忘れてた。冷たい夜風に思わず身震いする。

「大丈夫?」

 腹が立つほど能天気な声が、どこか上の方から降ってきた。

 俺は顔を上げて辺りを見回すと、すぐ真後ろに真っ黒けな男を見つけた。

 俺だって出てきたばかりでドアの前だ。そりゃめちゃくちゃ驚いた。しりもちをつくくらいには驚いた。

 真っ黒けな男は、別に肌が黒いとかじゃない。

 髪は確かに真っ黒だし、目も黒い。きれいなしわ一つない黒のおしゃれなシャツに、黒のスラックスなんて、真っ黒づくしだったから、真っ黒けって思った。それにそいつはメルディと同じように、真っ黒な翼をバサバサさせて、少し浮いてたからきっと悪魔だ。

 男はすごく腹の立つ声と顔をしていた。

 これはアレだ。多分、ジャスティスと同じタイプなんだよ。無意識で人をイラつかせられる才能の持ち主で、一緒にいるとぶん殴りたくなっちゃうんだ。でも、俺やジャスティスと比べたらこの男は相当年上って感じがするけど。

「そんな薄着じゃ風邪ひいちゃうよ」

 男はそう言って俺の前にふんわり降り立った。

「ここに住んでんの?」

 俺は男に尋ねた。

 男はニコニコしながら答えた。

「違うよ、友達に会いに来たんだ」

 俺を引っ張り起こすと、男はまた腹の立つ顔でにっこりと笑った。

「いや~メルディは好みじゃないけど、君はかわいいね」

 男はいたって真顔で俺の肩をぽんぽんと叩く。なんか勘違いしてるみたいだ。

 俺は少しむっとして男から離れた。でも起こしてくれたから、一応お礼は言っておく。

 メルディの知り合いって事はきっとロクでもない知り合いなんだろうな。あんまり関わらないでおこう。

 俺はそのまま男を無視して、辺りを見回した。

 高い塀は城を囲むようにそびえていて、庭もかなり広そうだ。玄関ホールの倍くらいの庭が広がっている。そこの隅っこのビニールハウスは、小さいながらもいろいろ育ってるみたいで、若々しい緑の葉っぱがたくさん見える。その横にポツンと立っている青リンゴの木はたわわに実をつけていた。

 決めた。あの青リンゴをいくつかもらって行こう。ちょうど食べ頃みたいだ。

 俺は真っ直ぐ木に向かって行くと、一番近くにあった青リンゴを一つもぎ取った。甘酸っぱい匂いがする。俺、青リンゴが好きなんだ。赤より青がいい。

 男が追っかけてくる。

「で、メルディは?」

 俺は短く知らないと答えると、その実を服で軽く拭ってからかぶりつく。

 美味しい。果汁たっぷりの、いい感じに熟れた実だ。

 もう何個か持って行こうと背伸びしたら、男が取ってくれた。飛べるって便利だな。木登りする必要もないじゃん。高いところにある実だって、食べ頃に収穫できる。

「う~ん、ここに居るって聞いたんだけどなぁ」

 男はそう呟きながら、俺に実を三つ渡すと、自分も一つかじり始めた。

 俺はくるりと城のドアに向かって歩き始めた。

 男は急に俺の前を遮った。ちょっと鬱陶しい。

「ねえ、その腕どうしたの?」

 リンゴを抱えた左腕を指さしている事に気がついて、俺は目をそらして、別に何でもないと答えて、男を避ける。こんな知らねぇ奴に見られたくらいなんだよ、平気だ。

 男は俺の前をやっぱり遮った。

「君、ダンピールでしょ? その傷、消してあげるから血をくれる?」

 悪魔ってみんな、なんで俺を変な呼び方するんだろう。

 俺は男を見上げて、少し考えた。

 コイツはメルディと違って良い奴なのかもしれない。リンゴ、取ってくれたから。悪魔に良い奴なんているのか知らないけど。

「いいけど、代わりに殺してくれよ」

 俺はそう答えた。ダメならダメでもいい。

 男は少し不安そうな顔をして、俺の肩を引き寄せた。大きな肩に顔が埋もれて息苦しい。暴れようにも力で負けて、どうにもならない。そもそも体格差がありすぎるんだよ。この男、メルディよりデカいんだから。

「どうして死にたいのかは分からないけど、きっと良い事もあるよ」

 そして俺の手からリンゴをどけると、それをひとつずつ空中に浮かせていく。ふわふわと漂うリンゴが月明りを受けてキラキラするのがきれいだった。思わず見とれるくらい。

 男は俺の左手を軽く撫でた。

 痛くないのに、俺の小指の指先から血がぽたぽたとあふれてきて、それを男は小指の爪くらいの小ビンに詰めた。そして今度はそのまま腕の内側を何度か撫でた。

 手首を見たら、傷跡はもうなくなっていた。

「ねえ、もしメルディに嫌な事されてるんだったら、オレから言ってあげようか?」

 男はぼうっとしていた俺に言った。

 でもすぐに男が消えた。同時にリンゴがぱっと地面に落ちた。

 はっと隣りを見ると、メルディが立っていた。握り拳を突き出したカッコで、当たり前みたいな顔をして立ってたんだ。

「大丈夫かい? 何にもされてない?」

 男は殴られたらしい。頬を赤くしながら、少し離れたところに転がっていた。ざまぁって思ったけど、口には出さなかった。

「痛いんですけど、メルディ」

「ベンが悪いんだろ」

 二人は本当に仲がいいのか悪いのか、口喧嘩を始めた。

 面倒だったから、俺は落っこちたリンゴを拾い集めると戻る事にした。寒いし、二人の話は長引きそうだったから、放っておこう。付き合ってたら凍えそうだ。

 どうしてだろ。

 こんなに寒いのに、胸が暖かいんだ。俺、また熱でも出したのかな?

 ドアを引っ張って開けると、最後に後ろを振り向いて、ベンにお礼を言った。

「ありがとう」


 ろうそくを二本使い切った頃になって、魔女とベンが部屋に来た。

 俺はベッドの上でゴロゴロしながら、リンゴを並べているところだった。正直恥ずかしかったので、布団でリンゴの山を隠した。多分見られてたと思うけど。

 魔女が言った。

「ジャスティスのお兄さんでしょ?」

 俺はどうしていいか分からなくて、起き上がった。そのままベッドに座って、二人の様子をうかがう。なんて答えていいか分からなかったんだ。

「ベンに聞いたよ。メルディの事を気にしてるんだったら、私が話しておくから」

 本当に不思議だった。だって、あんなに退屈していたのに、ここから出て行きたくなかったから。だから俺はなんて答えるべきか悩んだ。

 もし、メルディがもう血なんていらないって言うんだったら、俺はどこへ行けばいいんだろう。どこへだって行けるけど、何もしたい事なんてない。いてもいいんだったら、俺はここにいて、血が目当てなんだとしても必要とされていた方がいいんじゃないかな。

 俺は顔を上げた。

「ここでいい」

「でも窓もないんだよ? せめて客間の方においでよ」

 魔女は必死そうだったけど、それでもなんとなく俺はここに居たかったんだ。

「本当に、ここでいいんだ」

 俺はそう繰り返すと、左腕の傷跡があった辺りを撫でた。

 ずっとずっと昔に戻ったみたいだ。つるつる。まるでジャスティスの手みたいだった。

 魔女とベンが不思議そうな顔をしていると、ドアが開いて今度はメルディが入ってきた。

「全く。あたいは保護してるんだってば」

 飽きれたような声だったけど、その声が聞こえただけで、また体温が上がったんじゃないかってくらい、胸が熱くなった。でも気分が悪くなったりなんてしないんだ。おかしな感覚。でも嫌じゃないんだ。

「クライブがもう何もしないって言うんだったら、あたいはここから出してもいいと思ってるよ」

 メルディは俺の前まで歩いてきた。

 かつんかつんと音がする。

 顔を上げる事は出来なかった。

「もう、腕を切ったりしないって約束しとくれよ」

 メルディはそう言って、俺の前にしゃがんで、こっちを見上げてくる。

 貫いてくるような緑色の宝石みたいな目。暖かい太陽の光りみたいなのに、その視線は強くて鋭い。怖くなんかない、でも嫌だ。視線が痛い。

「約束出来るかい?」

 俺はびっくりして、顔を背けた。答えなんて言いたくなかった。

 もし切ったりしないって答えたら? 俺はもういらなくなってしまう。また居場所がなくなってしまう。必要とされるならここにいたい。いらないって言われたら嫌だ。

 ベンが急に言った。

「あれ、メルディじゃないの?」

「失礼だね、あたいだって傷跡なんか残さずに血を取る事くらい出来るよ」

 今度はベンがベッドに腰かけてきた。

「一つ聞きたいんだけどさ、クライブはどうしたいの?」

 相変わらず能天気な声。でも嫌いじゃないのはなんでなんだろう。左肩に感じる、暖かい体温が心地いいんだ。きっとそれのせい。

「さっきもここがいいって言ってたじゃん。なんで?」

 耳元で綿みたいに柔らかい低い声がする。メルディみたいに強い言葉を使わないからなのかもしれない。なんだか、自然と答えられた。

「他にどこにも行くところなんてないから」

 ベンが俺の頭をゆっくりと撫でると、暖かい手で俺の左腕を捕まえる。不思議と嫌じゃないのはきっとジャスティスに似てるからだ。きっとそうだ。

「行くところがないなら、うちに来る? メルディなんか目じゃないくらい、良くしてあげるよ」

 メルディと魔女がベンを冷たい視線で見つめる。

「ベン、さっきも言ったけど、その子は男だよ」

 魔女が冷たく言った。

 でもベンは全く気にもしてない様子で俺の頭を撫でる。そして肩に腕を回して引き寄せてくる。

「いいだろ別に。オレ、一人っ子だから弟ほしかったんだよね」

「かわいいから分かるよ、ジャスティスにそっくりだし」

 魔女が今度は楽しそうに話し始めた。

 ジャスティスの横顔がどうとか、銀髪がきれいだとか。あとはほとんど料理の話だったけど。仕方がないよな、あいつ、料理以外にいいところってないし。

 メルディがリンゴを乱暴にどけると、ベンとは逆側に座った。魔女を無視して、ベンから引きはがすように、俺の肩を引き寄せてくる。肩に当たる体温が温かかった。

「なんでもいいけど、見つけたのはあたいだよ」

 どうして俺なんかを取り合いするんだろう。

 俺はメルディの顔をちらっと見た。

 強い視線はベンを貫くように向けられていて、ぱらぱらと流れる若草色の髪が顔を覆っていく。もったいないなって思うくらい、その顔はすごくきれいだと思った。

 ベンは俺の手を捕まえたまま、メルディに言った。

「だったらもう十分血はもらったんだろ? 優秀なこのオレに譲れよ」

「ヤダね。まだそんなにもらってないもん」

 どうしてなのかはやっぱり分からなかったけど、胸が苦しくなった。痛いんだ。じくじくと、膿んできたピアスの時みたいな鈍い痛みだ。俺はあいてる右手で胸を押さえた。シャツがくしゃっと潰れる。

「どうかしたかい?」

 俺は首を横に振った。

 メルディが俺の額に触れたけど、余計に胸が痛くなった。冷たい手のひらに、火傷しそうなくらい額が熱くなる。

 メルディは俺の顎を掴むと、ぐいっと動かした。

 宝石みたいな目と、目が合う。

 心臓が爆発しそうって、きっとこういう事を言うんだと思う。口からなんか出てきそうな、嫌な感じがした。怖い。でも、押さえつけられてるから目をそらせないんだ。

「もう、傷作ったりしないって約束しな」

 メルディは強くて低い声で言った。

 俺は答えられなくて、ただ黙って目を閉じた。間抜けだったと思う。でも、その視線が、剣みたいに突き刺さってくるって思ったら、なんだか視線から逃げたくなったんだ。メルディは村の連中みたいな視線を向けてきてる訳じゃないのに。

 俺は考えた。

 死にたいのに、どうしてこんなに悪魔は俺の事を死なせたがらないのか。血が必要なら、俺には双子の弟がいるんだ。脅しには超がつくほど弱いジャスティスの方が、簡単に血を奪える筈じゃねぇか。俺みたいに体の弱い方より、頑丈なジャスティスからもらった方がいいに決まってる。なのに、二人は俺からって言うし、魔女も俺を逃がそうとする。

「どうして?」

 俺は尋ねた。ゆっくり目を開ける。

「ジャスティスがいるのに、どうして?」

 メルディは目を吊り上げてこっちを見ていた。

「言っただろ? あたいは悪魔だ。死にたがりを殺してなんてやらないって」

 そして俺の右腕を掴むと引っ張った。

 気付くと、俺はメルディの腕の中にいた。意外と華奢な肩に少し驚いた。でも暖かい。

 小さい頃、ジャスティスはよくいじめられるとこうやって俺にしがみついてきたっけ? あの時と違うのは、メルディの腕がガラス細工でも扱うみたいに俺に触れてくる事だ。

「死なせないよ」

 メルディはそう言った。


 地下室から出ると、外はもう明るかった。

 魔女とベンは先に行ってしまったから、俺の手を引いているのはメルディだ。華奢な背中に翼はなくて、髪が揺れるだけ。

 玄関ホールの椅子にはジャスティスと魔女がいて、こっちに気付くと走ってきた。

「クライブ、心配したんだよ?」

 ジャスティスはいつも通り、そう言った。

 俺は相手にするのも面倒で、うなづくだけうなづいて無視した。

 魔女の女と仲良さそうにしているけど、どうでもよかった。

「メルディ、どうして話してくれなかったの?」

 ジャスティスがメルディに言った。

「ちょっとね」

 メルディはそう笑って誤魔化す。

 俺から手を放してくれないのは、俺が何をしでかすか分からないからかな。でも今はこのまま、メルディの柔らかい手に触れていたい。

 ベンが少し離れたドアを開けて、準備出来てるぞと呼んでいた。

「話があるんだ」

 メルディが低い声でジャスティスに言った。そして俺の腕を引っ張る。

「クライブもだよ、いいね?」

 最近気づいた事だけど、メルディは確認するようにいつも聞いてくるけど、嫌とは言わせない。そんな強い目をしてこっちを見てるんだ。だから、俺にイエス以外の答えはない。

 俺は大人しくしていた。出て行けって言われたくなかったから。

 メルディに引っ張られたら、手綱を引かれた馬みたいに大人しくついていく。家畜みたいだけど、今はそれでいいと思った。必要とされるのなら。

 ベンが呼んでいた部屋は広くて豪華な装飾の長いダイニングテーブルのある部屋だった。きっと何十人もここで食事してたんだろうけど、最近使われた形跡があるのはドアから離れた端の方のいくつかだけ。他は白い布をかけられていた。

 メルディは有無を言わさず、ジャスティスと俺を端っこに座らせる。

 当たり前みたいな顔をした魔女はジャスティスの隣りに座った。

 メルディとベンは、並んで俺の前に座る。

 テーブルにはおそろいの空色のティーカップが人数分並んでいて、ティーカップと同じデザインのポットもあった。メルディと俺の間には苺のタルトがホールのまま置かれていて、俺がプレゼントしたあの包丁も一緒に皿の上に置いてあった。

 ベンがティーカップに紅茶を注いで、それを順番に配っていく。

 ケーキを切り分けようとするジャスティスを止めて、いつもと違う強い声でメルディが言った。

「アンタら双子は、親から一切何も聞いてないんだね?」

 ジャスティスが隣りでそうですと静かに答えるから、俺もうなづいた。

 いつもと違ってしっかりしているように見えるけど、何かあったんだろうか。頼りなさそうな声しか聞いた事がなかったから驚いた。

 メルディとベンは顔を見合わせると、考えているような視線をこっちに向けてきた。刺すような、鋭い視線だ。視線がなんか嫌で、俺は手元のティーカップに向けると、両手でそれを持ち上げた。

 いい匂い。多分ローズティーだ。

 レイチェルが砂糖に手を伸ばすと、山盛り三回砂糖を入れた。絶対入れすぎだと思う。

「じゃあ、二人とも、血を狙われた事もないんだね?」

 メルディがジャスティスの顔を見た。

「はい」

 ジャスティスはしっかりメルディを見て、答えた。

 俺は黙ってうなづいて、ホカホカのローズティーに息を吹きかけた。

「多分だけど、親父さんはヴァンパイアじゃないかい?」

「そういう話は聞いた事がないけど、確かにあの人は年取ってないよ」

 ジャスティスがしっかりと答える。

「じゃあお袋さんが魔女だね?」

「はい」

 メルディは紅茶をすすった。いつもと違う真面目な顔をするから、なんか居心地が悪い。俺、ここに居たくないな。

「アンタらはダンピールっていう、特殊な存在だよ」

「それって何?」

 ジャスティスは身を乗り出して尋ねた。

「本来は人間とヴァンパイアの両方の血を受け継いだ者だよ。人間より体力もあって頑丈、大抵はその能力を生かしてハンターや魔物狩人になったりする」

 俺が聞く前にジャスティスが言った。

「でも、オレ達そんなに頑丈じゃないよ」

 メルディがうなづく。

「アンタらはちょっと違う」

「どんなふうに?」

「少なくとも、狩人の血と魔女の血も持ってるんだよ」

 黙ってたベンが口を開く。

「特にクライブはそれを色濃く継いでるみたいだ。ジャスティスみたいに人間の血は濃くないんだと思う」

 メルディが俺を見つめる。

「ダンピールの血を飲んだ魔物や悪魔は、強い力を手に入れる事が出来るから、本当ならその年まで無事じゃいられないんだよ」

 それ以上、聞きたくなかった。

 あんなにいろんな事をしてくれたのも、やっぱり血が目当てだったって言われてるんだから。それでも、ただ必要だって言ってくれるんだったら、それでよかったのに。なんだか出て行けって言われてるみたいで嫌だ。

 ティーカップを皿に置いて、俺は尋ねた。

「じゃあどうして、俺の血をもっと飲まなかったんだよ?」

 顔を上げる事は出来なかった。手が震えている。胸がズキズキと痛む。脈を打つ度に、ズキズキするんだ。すごく苦しい。

「アンタは特殊だって言ってるだろ?」

 メルディは言った。

 俺は立ち上がった。もう何にも聞きたくない。そのまま真っ直ぐドアに向かう。

「クライブ、待ちな」

 メルディが低い声で言ったけど、俺は首を横に振ってそのまま歩いた。

 ドアから、カチャンとカギのかかる音が聞こえた。

「ちゃんと聞きな」

「いいや、聞きたくない」

 俺は立ち止まって、メルディを見た。

 メルディは俺を強い目で見ていた。

「言ったじゃねぇか。俺は死にたいんだ、生きてたくないんだ」

 俺は怒鳴った。

「生きてきて、良かった事なんかなかった。もう疲れたんだよ、どうして俺の命なのに自由にできないんだよ?」

 顔を上げると、ジャスティスが泣いていた。

 メルディはそれを無視して言った。

「だったらこれから先を良かったと思えるようにすればいいだろ」

 俺は足元を見た。

 胸は爆発しそうなほど痛むのに、息も出来ないくらい苦しいのに、どうして止まってくれないんだよ? メルディは俺に死ぬだけの覚悟がないと思って、あんな事を言ってるってのに。

 テーブルには銀色のナイフとフォークが置いてあった。

 俺はナイフを掴むと、左腕を切りつけた。痛くはない。でも切れ味は思ったほど良くないみたいで、あんまりちゃんと切れてない。うっすら血がにじんで、床に落ちた。

「これがほしいだけなんだろ? こんなもん、ほしいんなら全部くれてやる」

 ナイフを両手で握ると、それを真っ直ぐ腹に向けた。思い切り力を入れて、それを腹に刺すと、また血がこぼれた。少し痛いけど、俺はそのままナイフを引き抜いた。

 知ってる。この程度じゃ死なないんだ。

 ナイフを握る手が血で滑る。でもまだ意識ははっきりしていたから、ぐっと力を入れてナイフを握りなおすとまた刺した。何度か刺していたら、視界が白くかすんできた。やっとかなと思いながら、俺は床に座り込んだ。

 刺さっていたナイフを引き抜くと、ジャスティスにひったくられた。

「どうして?」

 掠れたジャスティスの声が聞こえた。

 俺は目を閉じて、冷たくなってく自分の体にほっとしていた。

 手足の先から感覚がなくなっていくんだ。こんな感覚は初めてだったから、今度こそ上手くいったんだと思った。痛いけど、胸の痛みに比べたらどうって事なかった。もっと痛かった事だってたくさんあったんだ。

 声がだんだん遠くなっていく。

 メルディの手かな? 温かくて柔らかい手が頬を撫でるのを感じた。

 どうしてだろう。一番最後が、この手でよかったと思う自分がいた。

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