24話
朝起きると平蔵くんが胸の上で寝ていた。
寝苦しいと思ったら君か。大して柔らかくもなかろうに。ほっぺをつついたらちょっと目を開けたけどすぐにまた寝た。かわいい。
……夏休みが始まってもう1週間か。昨日ちょっと遅くまで頑張って宿題を全部終わらせたので、まだ少し眠い。テキスト関連はしーちゃんと3日で終わらせたので、厄介な論文系を片付けてたのだ。
とはいえ、生活リズムを崩したくないので起きようね。平蔵くんをどかしてベッドの上に置き直す。しばらくはあったかいから大丈夫だろう。
まとめていた髪を解いて軽く梳かしてからクリップでまとめ直し、洗面所で顔を洗って口をゆすいでキッチンに戻る。
フライパンをあっためながらコーヒーメーカーで二人分のコーヒーを淹れ、トースターでパンを焼く。ついでに牛乳を取り出して水分補給。
我ながら1年ちょっとでルーティンワークにも慣れたもんだ。
そうこうしてる間にお姉が起きてきた。
……夏だからってキャミとぱんつだけは乙女としてどうかと思うよ。
「おはよう」
「おはよー。卵どうする?」
「パズーにして」
「りょ」
それだけ言うとお姉は欠伸しながら洗面所へ向かった。
ちなみにパズーとは某国民的アニメ映画の主人公が序盤でヒロインにごちそうしてたアレを模したものである。
塩胡椒で味付けすると美味しいのだ。映画では卵だけペロッと食べてたけどね。
フライパンに卵をふたつ落として塩胡椒をパラパラしてから少し水を入れ、蓋をして3分焼く。
コーヒーをマグカップに移して冷蔵庫から昨日作り置きしておいたサラダを出し、トースターからパンを取り出して焼き上がったベースドエッグを乗せ、お皿に移せば朝ごはんの準備は完了だ。
朝ごはんはいつもこんな感じである。たまにトーストがロールパンになったり、卵がスクランブルエッグになったりはするけど。
リビングのテーブルに並べてるうちにお姉が戻ってきたので、BGMがわりにテレビをつけてソファに座る。
「いつもありがとうね。いただきます」
「ん、いただきます」
ごはんの準備は同棲するにあたって自分からやるって言い出したことなので、改めてお礼を言われるのはちょっと照れくさい。悪い気はしないけども。
食べてる間に平蔵くんが起きてきてごはんをねだってきたので猫缶をあげた。
テレビのニュースをネタにしたり、平蔵くんを愛でながらごはんを食べる。
休みでも平日でも、うちの朝はいつもだいたいこんな感じだ。
★
洗い物と歯磨きを終えてリビングに戻ると、お姉がいつのまにか持ってきてたタブレットとにらめっこしていた。朝の格好のままで。
……タブレット取りに行ったついでになんか着ればいいのに。いやまぁ私もまだパジャマなんだけども。
なんとなく気になったので、隣に座って肩に顔をのっけて覗き込む。
「んー? 何?」
「なに見てるのかなって」
「税理士に提出する書類よ」
肩は邪魔だったのか、ぽすんと太ももに頭を誘導された。
下半身パンイチのひとに膝枕されるって妙な気分だな……。
売上とか経費とかに関連する書類らしい。
詳しい見方はわからないけど、なんか結構な額の数字が並んでるように見える。
「VTuberって儲かるの?」
「んーうちは儲かってるかな」
「どのぐらい?」
「あたしの去年の年収が最終的な手取りでこのぐらいね」
「え、そんなに?」
帳簿(?)らしきものには凄い額が書かれていた。めちゃくちゃ儲かってるじゃん。普通に企業勤めだったら、この年齢でこの年収って相当なエリートだと思うんだけど…。
「にこぷれの場合はレオナや先輩たちの知名度でかなりの初動ブーストがあるからね。宣伝活動費が抑えられたのが大きいわね」
「そのへんは自腹なんだ」
「個人事業主だからね」
機材とか交通費なんかの諸経費も基本自己負担らしい。経費で落とすらしいけど。
「あとここにエンジニアの仕事の収入もあるから、最終的にはこれぐらい」
「そっちもまだ続けてるんだ」
合計すると凄い額だな。20代でこれだけ稼げてるひともそうそういないんじゃないだろうか。
「VTuberの人気なんて水物だからね。今は沢山の人に応援してもらえてるけど、何かしらあって人気が落ちたり、あとは単純にVTuberそのものが飽きられたりする可能性もあるから」
「あるの?」
「完全になくなりはしないだろうけどね。どんなコンテンツだって長く続いて数も飽和してくれば飽きられるものよ」
それはまぁ、そうか。ライトノベルだっていっときのブームそのものはなくなったけど毎月刊行されてるし、ソシャゲのリリースラッシュも途絶えはしてないけど数そのものは減って、長く続いてるタイトルはほんの僅かだ。
ムーブメントなんてそんなものかもしれない。
極論、YooTubeがクリエイターサポートをやめちゃったら業界そのものが終わっちゃうしね。
「エンジニアの仕事も日進月歩で技術が進歩していくからね。スキルは常に磨いておかないと」
やっぱり、お姉はすごい人だなあ。
私の一番身近にいて、一番の憧れ、人生のロールモデルはやっぱりお姉なんだ。
「で、VTuberをこれからも続けていくために、かわいい妹の助けが欲しいんだけど?」
「はいはい、手伝いますとも……ぐっふぅ!?」
平蔵くんが「仲間外れにすんな」とでも言いたげにお腹に飛び乗ってきた。
君、今日は私の上に乗るの好きだね……というかお姉もげらげら笑ってないで助けてくれ。
★
墓場お焚き上げ配信。
凄いタイトルだけど別にホラーや肝試し的なものではなく、人に言えない(言える友だちとかがいない含む)日頃溜まっている愚痴や鬱憤、ストレス要素を墓場に送り(マシュマロで募集し)ライバーやリスナーで共感しながらネタにして昇華する(批判や議論は禁止)居酒屋トーク的な配信らしい。
特に女性リスナーに好評な企画らしく、毎週誰かしらが企画していてマシュマロも結構な量が来るそうで。
現代人はストレスと戦ってるんだなあ……。
【職場の飲み会で、上司の寒いギャグを延々と聞かされるのクソすぎる。誰も笑ってないの気づけや】
「わかる」
『わかる』
『わかる』
『わかる』
『ほんそれ』
『なんでなくならないんだろうなアレ』
「凄い意思統一されてる……」
まあ、目上の人に延々寒いギャグ聞かされるのを想像すると、気持ちはなんとなくわからないでもないけども。
『妹ちゃんもいずれ洗練を浴びるやで』
『嫌いな上司ならいっそ割り切れるんだけどな』
『あーわかる。普段シゴデキな上司だと居た堪れない』
「おじさんなりに若い子とコミュニケーション取ろうとしてるんだろうけどねぇ…」
「おじさんの悲しい現実…」
「ま、そういうのもお酒と一緒に流しちゃいましょう。はいお焚ーきー上げー」
「お焚ーきー上げー」
『お焚ーきー上げー』
『お焚ーきー上げー』
『お焚ーきー上げー』
「では次。女子会なのに彼氏や旦那の悪口で盛り上がってばかりで、独り身な私は居場所がありません」
『きっつ』
『泣いちゃう』
『わかるマン』
『女子会こえー』
『ギクッ…』
『マヌケは釣れたようだな』
「うーん、これはねー。キツイね」
「大人の女子会ってそうなの?」
処女だからわかんないや。
『まぁ心当たりは…なくもないというか…』
『気をつけます…』
『吐き出す場が欲しいんやろな』
『気持ちはわかんなくもないけど配慮には欠けるね』
『独り身いるのにそういう話題ばっかはちょっと』
『俺明日から嫁に優しくするわ…』
『俺も』
『独り身ワイ、涙目で後方腕組み』
「せっかくの女子会なんだから、美味しいもの食べて楽しい会にしたいわよねえ」
「今パートナーいない人も、将来見つかるかもしれないから覚えておいて損はないと思いますよ」
『妹ちゃん優しい…結婚しよ…』
「ごめんなさい」
『(´;ω;`)ウッ…』
『南無ー』
『なぜいけると思った』
「じゃあ未成年に言い寄る不届き者も一緒にね、お焚ーきー上げー」
「お焚ーきー上げー」
『お焚ーきー上げー』
『お焚ーきー上げー』
『お焚ーきー上げー』
『サラサラ…(´・ω:;.:...』
『成仏しなっせ』
「では次。えー…旦那が浮気してます。もう証拠も抑えてあるんですが、いざ離婚と考えると子どもがかわいそうで…もうどうすればいいのか」
「潰そう」
『ヒエッ…』
『マジトーンだ』
『ないはずの器官がヒュンってなった』
『あるはずの器官が無くなったかと思った』
「浮気、ダメ、絶対」
「わかったからちょっと落ち着きなさい」
「だって!」
「あんたの気持ちもわかるし、あたしも同じ気持ちだから、とりあえず落ち着いて」
「がるるる…」
『どうどう…』
『ちゅ〜る食うか? ん?』
『なるほどこれが妹ちゃんの地雷か』
『でも難しいよなこれ』
『旦那だけならともかく、子どものことを考えるとね』
『気持ち的には妹ちゃんと同意』
『まーね』
『こんなやつがいるからさっきの女子会みたいなのが絶えねえんだ』
「辛いと思うけど…お子さんのことを第一に考えて話し合ってね」
「マロ主さんも無理せずに、周りの人に頼ってくださいね。ひとりで考えすぎちゃ駄目ですよ」
「そうね、お子さんと、自分自身の心を守ることを最優先で」
『なんもできんが応援してるで』
『支えてくれる人はきっといるから』
『あんまり思い詰めないようにな』
『頑張れ』
『マロ主です。皆さんありがとう(/_;)子どものためにも頑張ります!』
「またいつでも来てくれていいからね。じゃあ浮気野郎の末路になぞらえてお焚ーきー上げー」
「お焚ーきー上げー」
『お焚ーきー上げー』
『お焚ーきー上げー』
『お焚ーきー上げー』
『燃えろクソ旦那!』
『ひとつ逞しくなったようで何より』
世の中とんでもないやつが絶えないなあ。浮気話しは身につまされるよ……。
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